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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
若子の姿にて目覚める ──久寿二年(1155)卯月
5/67

四話

この回には流血に関する記述がございます。

表現に配慮しておりますが、苦手な方はご注意ください。




 それから数日後のことも思い出した。ただし、あちらでの最期の日だったが。



   ✽ ✽ ✽



 脳裏にスクリーンが現れ、映画のように再生される。


 ──あの日は、桐箱だけではいずれ光で劣化してしまうだろうと、遮光布を買いに出た。

 階段を降りながら幸せに浸っていた私は、下から四段目で足を──


 ……これ以上は止めておけと何かが警告している……だが、気になるので続きを再生してみよう。


 ──踏み外したまま上体が傾き、お尻と後頭部を別の段に交互にぶつけた。


(……あれは、痛そうだ)


 自分の感覚として残っていないのが幸いだ。表情を見るに、相当な衝撃に違いない。

 その動きを繰り返し、最下段でようやく止まった。同時に息の音も。

 なぜか、梯子をカタカタ降りる絡繰り玩具を連想してしまった。


 アパートの住人や近隣の方々も、さぞ驚かれただろう。白昼の階段下で倒れている女と数段に渡る血痕など、何があったか一目瞭然だ。

 だが、まだ雪の残る時期でよかった。「雪で足を取られたことによる転倒」くらいで収まるのではないだろうか。


 直接の要因が「浮かれすぎ」などと、私の尊厳にかけて一生胸にしまっておかねばならない機密事項である。



   ✽ ✽ ✽



 新生児の知識は、前世の私のものだったのだろう。疑問が解けてすっきりはしたが……人生最高の幸せからの、あっけない幕切れだった。

 人は幸・不幸をのバランスをどこかで取ると言われてはいるが、いくらなんでも急転直下すぎないだろうか。


 思い出してしまった今、あの書が手元にないことが辛い。そして──


(……なぜ間違えた……っ!)


 平安時代に生まれ変わるのなら、あと200年ほど早ければ、行成卿と同じ時代を生きられたものを……!

 たかが200年、されど200年。


 〝うっかり〟では済まされない大きな凡ミスだ。……前世の私らしいといえば私らしいのだが、とてつもなく悔しい。


 ギリギリと歯を噛んでいたが、無意識に衾を握っていた手が思ったより小さいことに、ふと気づく。


(……そういえば、この体は……)


 現代の自己紹介風に言うならば、「源義朝の三男、鬼武者です。9歳です。清和源氏の系統です」という感じだろうか。

 つまり、後の〝源頼朝公〟だ。


(……こんな大物に生まれ変わるとか……)


 誰にも聞いていないし、頼んでもいない。

 だが、正室の長男(嫡男)として生まれたからには、よほどの障りがない限り、世継ぎは私となってしまう。

 しかし、この家を継ぐことも、ましてや〝頼朝公〟のように征夷大将軍になることも、まったく考えていない。



 我が家お抱えの薬師殿の話では、この体は筋肉がつきにくいとのことだ。ということは、力業では勝てない。


 いざとなれば母上たちの盾になれるくらいには鍛えねばと思うが、15歳にして筋骨隆々の肉体を持つ義平義兄上のような体つきには、おそらくならないだろう。

 さらに、母上似のこの顔は大層な美形に育つ気がする。

 となれば、荒事では甘く見られるだろうが、(まつりごと)では多少なりとも役に立つのではないだろうか。


 いずれにせよ、この体が〝ムキムキ〟していると考えるのは私の精神衛生上よろしくないので、女房さんたちが褒めてくれる〝光の君〟を維持すべく努力しよう。


 では、私ができそうなことで、家族のためになりそうなこと……詩歌管弦はどうだろう。


 玄斎(せんせい)には「筋が良い」との御言葉を頂き、師から報告を受けられた父上にもお褒めの御言葉を頂いた。

 嫡男への気遣いとお世辞が多大に含まれているのだろうが、それで励もうと思う私が単純なのか。



 世代交代の際、父上が武士として栄えることを望まれた場合、世継ぎは義平義兄上が適任だと思う。

 また、今の情勢ではありえないが、父上が貴族として栄えることを望まれた際には、朝長義兄上が世継ぎとなられるのが最適だろう。私は後方支援の立場を貫けばなんとかなる……と思いたい。



   ✽ ✽ ✽



 かなり大まかな人生設計を立てたところで完全に目は覚めてしまったが、夜明けまではだいぶ時間がある。あまり早く起きても女房さんたちに迷惑だろう。


 お付き(私専属)女房さん(近江さん)から声がかかるまで、布団の中でおとなしくしていることにした。


詩歌管弦:『詩』は漢詩、『歌』は和歌。『管弦』は管楽器と弦楽器。また、音楽を演奏すること。

女房:平安時代から江戸時代頃まで、朝廷や貴族の邸宅で個々に仕えた身分の高い女性使用人。女房が〝妻〟という意味を持つようになったのは、1800年代以降と言われています。



お読み頂きありがとうございます。


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