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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
光に内包する闇 ──保元二年(1157)如月~神無月

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六話




 10月8日に大内裏が完成し、吉日に『遷御の儀』が執り行われた。


 当日、内裏で一番広い南庭に舞台が置かれた。大内裏に勤務する、より多くの方が観覧できるようにというご配慮らしい。


 雅楽寮の方々のために、何としても成功させるのだという使命感に燃えていた私たち。

 御上や皇族の方々に御臨席賜る紫宸殿(ししんでん)に面した高舞台(たかぶたい)を見ても、臆する者はいなかった。



   ✽ ✽ ✽



 高舞台の正面奥に設置された楽屋(がくや)から、雅楽寮の方々が出手(でるて)の楽を奏される。


 白粉を塗り、化粧をした左方の舞童が、舞台後ろの階段から順に上がっていく。

 朱色の高欄(こうらん)が階段から舞台までを縁取り、特別な空間を演出している。


 中央に敷かれた萌黄色の敷舞台。そのやや真ん中よりの四方が、最初の立ち位置となった。



 『めでたく舞うもの』が始まった。

 歌の中盤までは、四人が分身したかのように動きを合わせる。


「〽よくよくめでたく舞うものは」


 雅楽寮の方々の伴奏と謡いに合わせて、ゆったりと朱色の袖を閃かせる。


 指先まで揃えられた手の位置。

 ひとつ開いた舞扇の角度。


 その一糸乱れぬ舞に、観客から「ほぉ……!」という感嘆の声が上がった。


(……掴みは完璧……!)


 右方の控え処から見ていた私は、さすが鶴千代殿たちだと、拳を握りしめた。


 童舞を子どものお遊戯と侮っていたであろう方々は、早くも三間(約5.4m)四方の別世界を、食い入るように見つめている。


「〽(こうなぎ) 小楢葉(こならは) 車の(どう)とかや」


 右手は扇を顔の斜め前に翳し、左手は構えの姿勢を保ったまま、自身の範囲で右回りに少し大きく回る。

 二度目の回転は四人で輪を作り、回りながら敷舞台の後ろの縁に添って並んでいく。



 ──よくよくめでたく舞う(回る)ものは 巫女の神楽舞 落葉する小楢の葉 車輪の軸受(じくうけ)などや──



(……ここからだ)


 私は拳を固く握りしめる。

 今までにない試み。個々の見せ場を作った。


 鶴千代殿ともう一人、背格好の似た二人が揃って、構えの姿勢で進み出た。


「〽八千独楽」


 右手の舞扇、手のひらを上にした左手を、ゆっくりと交互に、半円を描いて斜め前に差し出す。


「……これは、独楽師を表しておるのか……?」


 観客の一人が呟いた。


 今度は二人の扇が右、左と交互に大きく動く。


「なんと優雅な独楽師よ」


 鶴千代殿たちの愛らしさが表れ、かつ気品のある舞に、観客の表情が緩む。


 八千独楽のくだりが終わると、二人はしずしずと縁まで戻り、入れ替わりで一人が中央に進み出た。


「〽蟾舞(ひきまい)


 腕は構えの姿勢のまま、屈伸と足さばきで蛙の動きを真似る。


「ははは。今度は(ひきがえる)か」

「ずいぶんと見映えの良い蟾もいたものよな」


 真剣な顔でゆっくりと動く姿が、より滑稽に見えるらしい。狙いどおりだ。


 蟾舞のくだりが終わり、最後の一人と入れ替わる。


「〽手傀儡」


 勇気を持って挙手してくれただけのことはある。動作の途中で止まる仕草は、操り人形そのものだった。


「よう表しておる」


 観客も感心しきりだ。


 個々の見せ場が終わり、再び四人は最初の立ち位置に戻った。


「〽花の園には」


 正面に向かって舞扇を開き、要を握って扇面の縁を腕に添わせた。

 屈伸してその場で回転し、中央を向く。


「〽蝶小鳥」


 四枚の扇が中央で山を作り、その延長線上に伸ばした左手がある。

 その形を保ちながら、右回りに一周していく。

 それから、少しずつ輪を解きながら、立ち位置に戻った。



 ──八千独楽 道化役(ヒキガエル)の猿楽 操り人形 花の園では蝶小鳥──



「なんと愛らしい蝶や小鳥だ」

「統制された動きが素晴らしい」


 讃美の声が次々に上がる中、入手(いるて)の楽に合わせて、四人は退場していった。



   ✽ ✽ ✽



「初めて見た童舞の形だが、良いではないか」

「童の良さが、よう出ておったわ」


 観客の反応は上々のようだ。

 鶴千代殿たちが作ってくれた、良い流れを生かせるよう精一杯舞いましょうと、私たち右方は頷きあった。


紫宸殿:内裏の南側中央に位置するので南殿とも。天皇が公務や朝廷の儀式などを行った公の建物。

高舞台:約90センチの高さがある舞台。通常は前後に階段がつき、舞人の通り道以外を高欄で囲います。

楽屋:雅楽の演奏家が楽を奏する場所。

出手(でるて):左方が舞台へ入場すること。

高欄:擬宝珠(ぎぼうし)をつけた木製の欄干。

擬宝珠:橋や寺社の階段などに設置されている装飾。

入手:舞台から退場すること。


舞について:本来、左方も右方も曲は楽器のみの演奏です。謡いがつく伴奏は、本作上の演出としております。



お読み頂きありがとうございます。


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