表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
初春に祈りを捧げる ──保元二年(1157)睦月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/67

二話




 波動となった声が音叉のように広がり、次第に消えていくのを感じながら、私は拝礼していた姿勢を戻した。

 最後に柏手を打ち、目を開ける。


 空気がおおよそ清浄になったのを確認し、小さく息を吐いた。

 ……熱田の祖父上のように、一度にすべてを祓えるようになるには、まだまだ精進が足りない。


「儀が終わりました。どうぞ、お楽になさってください」


 皆に言葉をかけると、一様に息をついた。簡素であっても、儀式は気を張るようだ。


「……澄んでおるな」


 空気が変わったことで、父上は広間が淀みかけていたことに気づかれたらしい。


「一度に浄化……というわけにはいかぬようですが」

「いや。そなたの歳ならば、充分であろう」


 自嘲気味に申し上げると、父上は庇ってくださった。


「心身の改まったところで、舞を頼む」

「承知致しました」


 私たちの会話を聞いた弟妹、異母弟たちは、それぞれの母上たちと、「舞が見られるのですか?」「ええ。楽しみですね」と小声で会話をしている。

 その様子に心が温かくなるのを感じながら、懐から舞扇を出した。


 左手は腿に置いたまま、右手で体の正面、一咫半(ひとあたはん)先に扇を置く。


 ──舞の師が、指導の際に「扇は現世と幻世の境界線」と仰っていた。

 扇の内側に入ることで身を清め、幽玄の世界を体感することができるのだと。


 扇と自らの間に両手をハの字に揃えて置き、背筋を伸ばして、額から床までが約30センチとなるように礼をする。


 見てくださる方々に、そして、舞わせてくれるこの場に感謝を──


 ──~♪


 義兄上たちが、前奏を奏で始める。


 一小節過ぎた辺りで姿勢を戻しながら、左手を腿に戻し、右手の指で、扇の骨を持ち上げるようにして取る。


 こくり……と、弟たちが喉を小さく鳴らすのが聞こえた。


 ──~♪──


 前奏が終わると同時に、立ち上がった。

 左手は左腿に添え、右手の扇は閉じたまま、右腿に添える。どちらの腕も、肘を少し張ったままの形だ。



「〽春風」


 自ら謡いながら、摺り足で右回りにゆったりと真円を描く。

 同時に、袖口から左手を袖の中に入れ、腰に手をあてて肘を張る。

 扇は、一周する間に顔の高さまで徐々に上げていく。


 正面で止まり、膝を少し曲げたまま、爪先を開いて両足の踵をつける。



「〽()(ひら)く」


 顔の前にかざした扇を一ヶ所開く。

 パチ──と清澄な音が小さく響いて、扇面の薄紅がちらりと見えた。



「〽苑中の梅」


 右前へ大きく弧を描きながら、肩・腕・扇が一直線になるところで留める。



 ──春風はまず、宮中の庭園の梅を開花させ──



「〽櫻杏 桃梨」

 

 扇の親骨((一番外側の竹芯))に人差し指を乗せて上に向ける。

 ひとつずつ木を確かめるように、扇を右から左へ4回、指し示す仕草する。

 右足は、扇と同じ箇所で爪先を床につけていき、4回目は、左足に交差して斜め前に置く。



「〽次第に」


 袖からするりと出した左手を扇の下に添えて、右手で開いていく。

 同時に、爪先の角度はそのまま、右足に重心を移しながら斜め後ろへと擦り足で引き、肩幅ほどで留める。


 扇面が床と平行になるように、少し深く曲げた右膝と右肘が垂直になる位置で留める。



「〽開く」


 手のひらを下にした左手で、袖に触れつつ扇の下に固定する。

 扇の要を押さえた右手首を返して、扇面をふわりと見せた。



 ──ゆすらうめ・あんず・桃・梨と次第に開花させる──


 

「わぁ……っ」


 綺麗な色が見えたことで妹が思わず声を上げ、慌てて小さな両手で口を押さえていた。

 母上がひそやかに「綺麗ですね」と微笑まれ、妹も頷きながらほっとしたようだった。



「〽薺花(せいか) 楡莢(ゆきょう) 深村の(うち)


 ──山深い里では、なずなの花を咲かせ、楡のさやにも吹きわたる──



「〽(また)()う 春風我が(ため)(きた)ると」


 ──それから言うのだ。春風が私のために来てくれたのだと──



 ──~♪──


 曲が終わり、余韻を残しながら、開いていた扇を閉じる。

 扇を一度懐にしまい、その場で静かに腰を降ろして正座をする。


 懐から取り出した扇を体の正面に置き、手を床につけて礼をした。


一咫ひとあた半:親指と人差し指を90度に開き、直線で結んだ長さの1.5倍。

〽:庵点。和歌などを歌謡する際、歌詞の始めに置く記号。


舞の最初と最後の礼について:流派によって異なります。頭を下げた際に首が見えるのは、無作法とされます。背筋の延長線上に頭頂部があるのが良しとされています。



お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ