一話
気がかりだった常盤の義母上のご容態は安定し、無事に出産なさった。
乙若丸と名づけられた義弟は2歳となり、今は北対でお昼寝中だ。
〝乙若〟とは、(常盤の義母上の)2番目の男児という意味である。
ここだけの話だが、この子の顔を見ていると〝乙女〟の〝乙〟ではないかと思ってしまう。
大きな目を縁どる睫毛は長く、色白の肌に映える小さな唇は、血色よく艶もある。
骨格も、今若丸が2歳だった頃より華奢な印象がある。
元服より裳着が似合いそうな風貌だ。
「おとわか、ねてる」
私の隣で、今若丸がのぞきこんだ。
「うむ。今若丸も昼寝を致すか」
「ねむくない」
先ほどから動作が緩慢になってきた今若丸が、目をこすりながら「おきてる」と主張する。
「乙若丸を見守っておるのか」
「まもる」
4歳になった今若丸は己より小さな子を見て、本能で「これは守るもの」だと理解しているようだ。
「偉いな、今若丸。立派な兄ではないか」
「いまわかは、あにうえになる」
兄上のようになる、と言いたいらしい。
「義平義兄上か」
「ちがう」
「では、朝長義兄上か」
「ちがうー」
私が正解を導けないので、頬を膨らませる。
「あにうえは、あにうえ」
「……もしや、私のことか」
「ん」
今若丸は、性格的には義平義兄上に近いと思うのだが。私のようにとは、いかなることか。
「おとわか、〝いいこいいこ〟する」
確かに、事あるごとに今若丸の頭を撫でてはいるが、それは──
私は普段の接し方を振り返り、今若丸の思考に繋がる優しい答えに、頬を緩めた。
「うむ。たくさん褒めてやるとよい。きっと、今若丸のように、優しく賢い子になるだろう」
「ん!」
今若丸は、得意げに大きく頷いた。
「ならば、乙若丸が起きたら、何と褒める」
「うーん……」
一人前に腕を組み、首を傾げる。少しして「あっ」と顔を上げ、私を見た。
「『いっぱいねた』、ほめる」
「それは良きことだ。『寝る童は育つ』と申すゆえ、今若丸も昼寝を致せば、さらに大きくなろうぞ」
「あにうえと、いっしょ?」
「私よりも、大きくなるやもしれぬな」
「ねる!」
私に乗せられた今若丸は、お付きの女房さんに布団の催促をする。「敷きましてございます」と手で示された布団を見て、「ほぉお!」と目を輝かせた。
手品のように思うのだろう。
今若丸には明かさぬが、私たちの会話はこの部屋にいる者すべてに聞こえている。
仕事のできる女房さんは、お昼寝をする流れになるであろうことを読みとり、布団を敷いてくれていた。
今若丸は意気揚々と布団に入った。
だが、気合いが入りすぎて、眠気が飛んでしまったらしい。
「……あにうえ……」
「うむ」
困り顔を向けてくる今若丸の傍に腰をおろした。
「子守唄を歌うか」
「ん!」
「ならば、目を瞑るがよい」
嬉しそうな表情になった今若丸の頭に手をあて、そのまま額をすべらせて目に影がかかるようにする。
素直に目を瞑った可愛い義弟の頭を数回そっと撫で、その手を静かに衾の上に移動した。
「♪ねんねんころり ねんころり」
今様節で、ひたすらゆっくりと歌う。
幼児用の衾越しに、とん……とん……と、手のひらでリズムを軽く伝える。
「♪坊やのまぶたは 仲良しぞ」
子守唄を歌う利点は、必ず眠ってくれることだ。難点は、大人まで眠くなるらしいことか。
女房さんたちが口元に袖を添え、あくびを我慢している。
今若丸が眠ったら歌うのをやめるので、しばらくおつきあい願いたい。
「♪ゆらりと夢の 訪いに」
今若丸の呼吸が深くなってきた。少しずつ眠りの世界に入っているようだ。
「♪まかせば心地の よかろうぞ」
2度ほど繰り返す間に、しっかりと寝入ったらしい。「……ふすー……」と可愛い寝息をたてている。
ほほえましさに目尻をさげつつ、今若丸を起こさぬよう、徐々に手を離していく。
膝に手を戻した辺りで空気に温かさを感じ、顔を上げた。女房さんたちも、私と同じような表情をしていた。
子守唄の今様節について:〝越天楽今様〟を参考にしております。
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