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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
蜘蛛の毒は侵食す ──保元元年(1156)文月

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七話




 政権交代に除目(じもく)はつきものだ。

 除目とは、前官を除いて新官を任命する儀式のことであり、また、任官した者を記した目録のことでもある。

 政権を握る者にとって、自らの派閥を広げることのできる都合の良い方法だ。

 だが、此度は異例だった。


 朝廷は合戦当日に勝利の報告を受けるやいなや、「武勲を立てた恩賞」として、後白河方の武士らを新たな官職に据えたのだ。

 諸々の処分が決まる前の除目に首を傾げる者もいたが、一刻も早く、一人でも多く自陣の配下で周囲を固めたいという、信西殿の目論見だったのだろう。

 現に、御子息方も朝廷の最高機関である太政官などの要職に就かせたとのことだ。

 

 清盛公は播磨守(はりまのかみ)補任(ぶにん)され、父上と義康殿はともに内昇殿を認められた。

 後白河天皇陛下がおわす清涼殿の、殿上(てんじょう)の間に昇ることを許されたのである。

 「武士は屋根の外で警護するもの」という偏見がなくならない限り、貴族と肩を並べることはないだろうが、書類上では同等の扱いとなった。


 また、父上は右馬権頭(うまごんのかみ)を賜った。従五位下(じゅごいのげ)・右馬助からの昇進である。現代ならば、主幹から課長補佐へといったところか。


 この当時、武官として帯剣を許された左馬寮・右馬寮の職に憧れた武士は多い。よって政権の視点からいえば、「羨望の的となる職で昇進させておけば、やすやすと裏切るまい」ということだろう。


 本来〝(すけ)〟からの昇進ならば〝(かみ)〟だが、どちらも定員が決まっており、空席になることはほとんどない。

 ゆえに今回のように任官が急遽決まる際や、名家(めいか)の者が初任官される際、ほぼすべての部署・官位において、定員枠がない〝権〟という仮の官職が与えられる。

 ただし除目という形式を踏めば、首をすげ替えることもできる。


 今回は父上の手柄と祖父上の裏切りを秤にかけられ、「〝頭〟にするほどではない」と判断されて〝権〟になったようだ。


 名家については、親や親族が高位高官であれば、その子孫の任官は本人の実力とは関係なく忖度される。

 6歳にして、父上より高位の正五位下に任ぜられた方もいらっしゃる。この方の場合は、藤原氏であること、父君が最高位の太上大臣でいらしたことなどの諸事情を勘案した上での位階授与だろう。




 小助の情報によれば、「武士へ任官など、助長の種になるのではないか」との考えが根強いらしい。それはどの身分でも同じだと思うが、「武士は野蛮なもの」と頭から決めつけている者どもには、危惧すべきことなのだろう。

 だが、


「とりあえずそれらしい〝権〟を与えておけばよかろう」

「左様ですな。あ奴らは脳筋ゆえ、官位を与えられたというだけで諸手を挙げて喜ぶに違いありませぬ」

「〝権〟の字も、一見すると猛々しく見えまするゆえ、図に乗るのではありませんか」

「奴らは誠〝猛々しい(図々しい)〟ですからな」

「「「ははははは」」」


 という会話には、「大概に致せよ」と一喝したい。




 地位がすべてのこの時代。一家繁栄のために、「いかに高位に就くか」に全力を尽くすのだから、日々水面下で足の引っ張りあいになるのも無理はないと思うが……。

 地位に固執した方々の末路はあまり芳しくないことを考えると、私は家族が平穏無事に過ごせる道を選びたい。


播磨:現在の兵庫県南西部。

補任:官職などを任命すること。

名家:由緒ある家柄や血筋。本作では、主に摂関家と、その縁者を指しています。



お読みいただき、ありがとうございます。

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