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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
蜘蛛の毒は侵食す ──保元元年(1156)文月

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五話




 この話には、続きがあった。


「……本来は、お耳に入れるようなことではないのですが……」

「構わぬ。申せ」


 ためらう小助を促す。


「若様のお心を乱すだけかと……」

「小助」


 なおもためらう小助を、やや威圧的に呼ぶ。

 10歳の外見では、言動が伴わないことは充分承知している。


「──はっ」


 何かを察したらしい小助が畏まった。


「私も源氏として名を連ねるには、皆に守ってもらうばかりではならぬ。知識がなくば、皆を守ることもできぬ。そなたの報せが、今、私の欲する〝知識〟ぞ」


 あえて尊大に言い放ち、覚悟はあると眼で示す。

 小助は私の視線を受けとめ、腹を決めたのだろう。一度結んだ口を、ゆっくりと開いた。


「……では、──」


 その内容は、確かに普通の童には、絶対に聞かせてはならないものだった。まず、心が耐えられないだろう。

 実年齢以上の心を持つ私ですら、平然とした表情を維持するのに相当な精神力を要した。


 どうにか労いの言葉をかけて小助の退出を許した後、握りしめていた扇の骨がみしりと音を立てたことで、ようやく我に返った。

 非力な私が、重なった竹を軋ませるほどの力を込めずにはいられなかったのだ。



   ✽ ✽ ✽



 小助の報告は、以下の通りだ。


 後白河方から挑発行為を繰り返された崇徳方。

 明らかな劣勢だったにも関わらず、名誉と尊厳を守るため、挙兵する道しかなかった。

 

 9日夜半、崇徳上皇陛下は、少数の側近とともに鳥羽殿を密かにお出になられた。

 行かれた先は、妹宮であらせられる統子(むねこ)内親王殿下のおわす御所だった。


 鳥羽殿への強襲をご案じなさった祖父上が、皇祖神(天照大神)の子孫であらせられる方の血を流してはいけないと、ご提案されたそうだ。



 後白河方へ誓約書を差し出されたはずの祖父上が、なぜ崇徳方の陣営にいらっしゃるのか、疑念を抱いた。

 だが、祖父上のお人柄を思うと、ことさら奇妙なことではないのかもしれない。


 折に触れ便りを交わしていたが、誠に情に厚い方であった。

 ゆえに敵方といえど、一人、二人と減っていく兵を目の当たりにして、おそらく不憫に思われたのではないだろうか。


「家督も嫡孫もおる。老い先短い儂が散ろうとて、憂慮することはあるまいぞ」


 家臣にはこのように仰せられ、希望する者には他邸への勤め口を紹介なさろうとした。

 だが、皆、祖父上についていくことを望んだそうだ。その先には、黄泉路(よみじ)しかないというのに。


 父上は内々に説得なさっていたそうだが、祖父上は「これも御仏の導きよ」と豪快に笑われたらしい。



 そして迎えた11日。両軍が対峙した。


 圧倒的な武力を誇る後白河方に対し、崇徳方は私兵団がほとんど。力の差は歴然だった。

 いうなれば、大学生に〝その道のプロ〟の方々が後ろ楯でつく集団に、小学生がたった数人で喧嘩を売ったようなものだ。


 健闘しながらも、本拠地に火までかけられては、兵も崩れるほかなかった。


「刈る根は少なく、深いほうがよい」


 合戦が始まる際に、信西殿が放った(げん)らしい。


 情勢に移ろう者は、所詮〝長い者に巻かれる者〟即ち、脅威にはなりえないということだ。

 だが、敵となった者を、ここまで徹底的に潰す必要があったのか。


 さらに、この乱の発端であるはずの公卿方で、この戦にお見えになったのは東宮傅(とうぐうのふ)・徳大寺実能(さねよし)卿のみであったとのことだ。

 他の方々は、法皇陛下の服喪を口実に出仕すらせず、後日、内裏にて「野蛮なことよ」と嘲笑っていたのだという。


(命を軽んずる者に、人を統べる資格などない……!)


 自らは高見の見物をしながら、武士は公家のために命を賭するのが当然のような振る舞いに、(はらわた)が煮えくり返るようだった。



   ✽ ✽ ✽



「……おのれ……!」


 喉の奥から絞りだした声は、自らがぞっとするほどの唸り声だった。

 怒りのまま食い縛った歯が、ぎりっと音を立てた。


 灯明の薄暗い火に浮かび上がる私の顔は、夜叉のごとく恐ろしいものだっただろう。




 あのような者たちのために、祖父上を始めとする多くの命が犠牲となったことを、決して忘れてはならないと、私は心に誓った。


扇の骨:扇の芯となる、細長く割いた竹。

黄泉路:あの世への道。

東宮傅:皇太子の教育を司る官位。



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