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【5万pv】ありあけの月 小話集【感謝申し上げます】  作者: 香居
穏やかな光満つ ──久寿二年(1155)卯月
12/67

七話




 未の中刻(午後2時40分)頃。庭師さんのもとへ赴き、朝のお礼がてら、お見舞いのために桜草を少々分けてもらった。


 一端、近江さんに預け、今度は(くりや)へ向かう。

 広い屋敷の南から癸丑(北北東)への移動は、それなりの距離がある。食後の運動には良いかもしれない。



 厨では、主厨(しゅちゅう)さんが小豆と南瓜の薬膳料理を作っているところだった。

 その近くでは、葛湯がなめらかになるよう、厨司(ちゅうし)さんがひと手間を加えていた。

 その他は各々の仕事をしているようだ。


 甘い匂いが、空気の流れに乗って厨の中を移動する。

 厨丁(ちゅうてい)になったばかりの少年が、匂いにつられて芋を剥く手が止まっていると、主厨長(しゅちゅうちょう)さんに叱られていた。


 私が訪問を告げる前に、主厨長さんが気づいてこちらに参った。

 あの目配りの仕方は、見習わなければ。


「若様、ようこそお越しで。……いかがなさいました?」


 30歳半ばの野性味のある大男が、きょとんとする。

 ……これが、〝ギャップ萌え〟というものだろうか。


「若様?」

「……あぁ、そなたの目端の利き様に感心していた」

「お褒めに預り恐縮にございます」


 主厨長さんは、照れくさそうに笑った。


「主厨長。薬膳ができました」

「葛湯もです」

「わかった」


 厨人(くりやびと)たちから声がかかり、主厨長さんは顔を引き締めた。


温石(おんじゃく)もできておりますので、少々お待ちを」


 私に断りを入れて、厨の中へ入っていく。

 相変わらず仕事のできる人だ。



 事前に、常盤の義母上の容態と、午後お見舞いに参る旨を言づけておいたところ、この時間に間に合うよう手筈を整えてくれた。

 機転が利く主厨長さんだからこその采配といえよう。

 

 主厨長さんの最終点検を終えた料理は、頃合いを見てそれぞれのお椀に上品に盛りつけられる。

 女房さんたちが受け取りに参るのも、対屋まで運ぶ時間を計算してのこと。


 私たちが温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいまま口にできるのは、彼らの見事な連携のおかげである。



「温石をお持ちしました」


 布に包まれた温石を、主厨長さんから手渡された。落とさぬよう胸に抱く。

 布越しにじんわり伝わってくる温かさに、ほっとした。

 早く義母上に届けて差し上げなくては。


「手間をかけた」

「とんでもない。若様が常盤の方様をお思いになってのことと、理解しておりますから。ここの連中も若様の優しさを称賛する者ばかりで、誰も面倒だなんて思ってやしませんよ」


 小豆の薬膳料理は、御相伴に(あずか)らせて頂きますと笑う主厨長さん。

 つまり、彼らを含め、今日の我が家のおやつになるということか。ゆえに気にするなと。


「だが、皆の仕事を増やしてしまったのは事実ゆえ。『ご苦労であった』と伝えてくれ」

「連中は耳が良いですから、もう聞こえていると思いますがね」


 苦笑する主厨長さん越しに、厨人たちが頷いている。


 普通の声量で話していた上に、最も遠い者で5メートルほど離れているのだが……影の者か?

 思わず主厨長さんの顔を見てしまうと、いたずらっ子のようにニヤリと笑った。


「内緒ですよ?」


 声をひそめるいたずらっ子(主厨長さん)の目の奥は真剣だったので。


「うむ」


 私は神妙な面持ちで頷いた。


厨:厨房。

主厨:主厨長の監督のもとに、調理をする人。ここでは、第一料理人としております。

厨司:主厨長の監督のもとに、調理をする人。ここでは、第二料理人としております。

厨丁:厨の雑務をする人。

主厨長:料理長。

厨人:料理人。

温石:軽石などを熱して布に包んだもの。懐に入れるなどして、体を温めます。


忍者の表記について:ここでは『影 (の者)』または『忍び (の者)』という表記を致します。



お読み頂きありがとうございます。


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