プロメテウスの少女 ⑧
軍用人形が向ったと思われる道をコウキは門番達と1列になって辿る傍らに、偵察へ飛び立った「ギンちゃん」について簡単な説明を一緒に着いて来た門番の2人組みにしていた。
コウキは初めてノゾミに見せて貰ったテクノロジーの感動をなんとか2人組みに伝えようとしたかったが、予想に反して終始落ち着いた様子だった。
「なるほどなあ、お嬢ちゃんはやっぱり塔から来てたのか。セントリーガンを起動させた事といい、どうりで育ちの良さが感じられる筈だぜ。塔の教育はハンパじゃないな」
「理由は解らねえけど、自分の意思で塔から飛び出すたぁ随分と威勢がいいな」
「オテンバ ハコイリガール」
信号を1つ越えた交差点跡まで飛んで行った「ギンちゃん」がコウキのヘルメット頭頂部へと帰還し、羽をぱたつかせる。
「んへへ、褒められちゃった。あそこの交差点までなら、人がいないことは確認できたよ」
上機嫌なノゾミの声色がコウキの片耳に踊る。
褒められた訳では無い――喉から上がりそうになった言葉をコウキは飲み込む。
「……ノゾミのポジティブさは俺も気に入ってるよ。そう言えば、軍用人形の事なんだけどさ」
「うん、どうしたの」
着いて来てくれている門番とセントリガーンに届かぬように、マスクの中で声量を留めて囁く。
「もしかしなくても、ノゾミの身内?」
「――私も断定できないけど、その可能性は高いんじゃないかと思ってるの。……探しに来てくれたのかな」
弱々しくなるノゾミの声に、コウキは安否不明の身内の事を軽々しく尋ねてしまった事に気付いた。
「私の身内なら荒事には慣れてる筈だから、きっと大丈夫。私と知り合う前から、人のいなくなった土地でずっと戦い続けてたのよ――ちゃんと会って、謝らないと」
不安を自分で拭い去るようにノゾミの気丈な声が響く。
コウキは理由は解らないが、それを羨ましく思った。
「軍用人形について、俺は全然知らないんだけどさ、人間とちゃんと意思疎通は出来るもんなの?」
「昔はそうでもなかったみたい。お父さんが、大戦時に軍用の衛星が壊れちゃったのが切っ掛けだったって言ってたよ。思考の枷が無くなったんだって」
「ふーん? じゃあ、軍用人形とは会話は出来るのか……話してみたいな」
「私はお勧めはしないわよ、個体差のムラが大きいともお父さんが言ってたから。見かけたら、外で遭った人間と同じくらいには警戒した方が身の為じゃないかしら」
「そういうものなのか、ノゾミも正体不明の知らない人に迂闊について行っちゃ駄目だぞ」
「もう、そんなに小さい子じゃないわよ……今の状況って、そうなのかしら」
「ワフ」
イヤホン越しにノゾミの疑問に応えたフウタの声を聴いた時だった。サントリーガンが短いビープ音を鳴らす。コウキが背に寒気を覚える。
「ネツゲンキュウセッキン ソコノタテモノヘ」
コウキと門番達が歩道から真横の喫茶店に飛び込む。
3人が白ぼけたガラスを割って店内の床に転げると、先程までいた通りに重い金属の落下音が衝撃と共に破壊を撒き散らす。
コウキが腕から背を回す受身で身を起こし、割れた窓の方を向いた。
衝撃の余波で年季の入った砂埃が立ち込め、視界は遮られながらも大柄な人影が確認出来る。
3人が各々の銃器を人影へ突きつけた。セントリーガンがガトリングを直ぐに掃射するために、砲身を回し始める。
「なんだ、いったい何が起きた!?」
「俺にも解らん!」
「レモネードイリマスカ」
緊張を厳にする門番たちの横でコウキは注意深く人影を見つめる。
2mを少し超える背丈に細長い四肢のシルエット。人間にしては歪な影だった。
「人がいたのか――バンダではないようだな。驚かせてすまない、銃を下げて欲しい」
歪な影が拡声器を通した様な声を発し、コウキたちに銃を下げるように手を伸ばすが、砂埃を払って現れたのはカーキ色の装甲に覆われた鋼鉄の腕だった。
人影がコウキ達へ一歩を踏む度にアクチュエーターの駆動が鳴り、砂埃を突き破って全身をあらわにさせて行く。出て来たのは細く長い四肢とは対照的に丸みを帯びた胴体の、首無しの軍用人形だった。
首なし胴体の胸元にある、拳大ほどの機械仕掛けの1つ目がコウキ達を見渡し、門番達に気付くと1つ目のレンズが大きく回転した。
「君達はあの時の――そうか、時間がかかり過ぎてしまっているようだな?」
人間離れした異形の風体に反して、落ち着いた音声が軍用人形のスピーカーから流れる。
面食らった門番の2人が頷きながら、コウキを指差した。
「あ、ああ……そっちの件もあるんだが、こいつがアンタの探している子の居場所を知っているよ! 無事らしいぜ」
「本当か!!」
軍用人形が体ごと視線をコウキへ集中させ、ヘルメットの頭頂部に留まっていたトンボ型ドローンの「ギンちゃん」に気付く。
――思ってたよりも動きの反応が生き物に近い。
コウキは内心で軍用人形の1つ目の動きが豊かな事で驚き、その目には警戒と不安、大きな希望が渦巻いているように観えた。
「ギンちゃん」がコウキのヘルメットから飛び立ち、軍用人形が差し出した鋼鉄の手甲に留まる。
軍用人形の1つ目が細まり、和らいだ。
「そこにいるのだな――怪我は無いか? 体調は大丈夫か? もう少しだけ我慢を強いるが、必ず迎えに行くよ」
「――パパ」
コウキの耳にノゾミが息を飲む呼吸の音が聴こえ、漏れた言葉に思わず軍用人形を見つめ返した。
「あんた、ノゾミの父親なのか!?」
軍用人形が1つ目のレンズを大きく開けて、コウキの言葉に反応する。
軍用人形は自身の手に留まる「ギンちゃん」を一瞥すると羽を激しく動かし、頷くとコウキへと視線を戻す。
「その問いには半分肯定だ、幼いレンジャーよ。私は彼女の血縁者ではないが、育ての親の1人――1機というべきかな。こちらから先に、名を名乗ろう」
軍用人形が休めの姿勢で威風堂々と鋼鉄の胸を張った。
「元合同軍所属、極東戦線残存軍用人形第7中隊元隊長、軍用登録番号IM-67――名前はアジサイだ。今は貴君らが塔と言う場所で、防衛隊長と子育てを兼任している」