プロメテウスの少女 ⑦
コウキはヘルメットの頭頂部に「ギンちゃん」を乗せたまま、地下鉄の自警団と漁り屋が篭城していたバリケードの内部に連れ込まれた。彼らの中心には巨大なコンテナが口を大きく開けており、中から無防備に晒される物資の宝が眠っている。投下用に取り付けられていた落下傘は、既にスクラッパー達が貴重な資材として回収し始めていた。
コンテナの中には保存食と長期保存が可能な飲み水がたっぷりと入ったボトルの山、イートシステムの浄水フィルターの予備と地下鉄の栽培に使える肥料と種、栄養補助のサプリメントから医療品である解熱剤と抗生物質まで揃っていた。コウキでも目が眩む財宝だった。
「お前ら! 俺達を助けてくれたタフガイの凱旋だぞ」
「オダイカンサマノ オトオリダ」
八つ脚のサントリーガンと、サブマシンガンを持った自警団員が自分の事の用に、声を上げる。
怪我人の手当や話し合いをしていた者達がコウキの方へ振り向き、セミオートライフルを両手にしていた継ぎ接ぎだらけの警官服を着た壮年の男性が代表で前に出た。
「そのマスクとコート、ドック爺さんのとこに例の娘を連れ込んだって言うヤツだな。その格好は伊達じゃないようだな」
感謝を示す言葉としては圧のある態度では在ったが、大声で笑う壮年の吊り上げられた頬皺の笑窪は深い。
コウキは男の振る舞いと手にしている武器から、この壮年が自警団を取り仕切っている人物だと予想した。
「おじさんが自警団の偉い人? ドックっていうのは、もしかしてノゾミを見てくれたお医者さんの事かな」
「――思ったより若い声だな。その疑問は当たりだぜ、ドックがここの地下鉄で、皆を纏めてついでに健康も仕切ってくれてる。俺はまあ、ドックが頭脳労働以外をしないで済む様に外で働く男衆を率いているのさ。くたくたに煮込んだ美味いスープと、いくらかの危険を天秤にしてな。名前はエイデンだ」
エイデンと名乗った自警団の長はコウキに向って皮が厚くなった大手を差し出す。
コウキがグローブ越しで握手に応じると、コウキの手を力強く振るった。
「重ねて礼を言う。その若さでてーしたもんだ。お前さんが助けに来てくれたタイミングといい、さっきの事といい、今日は運に恵まれてるな」
「さっきの事?」
意味深なエイデンの言葉に、コウキは逃げ出したバンダ達の捨て台詞を思いだす。
――確か、ブリキがどうのと言ってたな。
エイデンが首を傾げるコウキに頷いて、親指で後方にある開けっ放しの長方形の白箱を示した。成人男性1人なら余裕を持って入れるスペースの中は、収納物を守るために歪な人型でくり抜かれたスポンジがあるだけで、肝心の収納物は既に無い。
「俺たちが最初に物質を確保して荷を開けたら、この中に1機だけ軍用人形が入っててな、いきなり動き出してこの写真を渡して質問してきたんだよ『娘を探している』ってな」
差し出された写真をエイデンはコウキに手渡すと、ヘルメットの頭頂部に止まっていた「ギンちゃん」が前のめりに動いた。
写真にはコウキに向かって照れを含んだ笑顔と両手のピースを向けているノゾミの姿が写っている。
「私だこれ!?」
コウキの耳に悲鳴になりかけたノゾミの叫びが響く。
「……耳が」
「どうした若いの?」
通信機を着けたコウキにしか聞こえない叫びを周囲は気づかず顔をしかめる。コウキは片手を上げて気にするなと伝えた。
「ご、ごめんなさい」
高音が僅かに鳴る耳元でノゾミが謝罪するが、周囲を不安にさせるのも不味いとコウキは軍用人形へと話を戻すことにした。
「その軍用人形の事をもう少し聴かせてよ、写真の女の子は俺が拾った子とそっくりなんだ」
「ほう、やはりか」
エイデンがコウキの後ろで控えていた門番の自警団員2人組を一瞥し、頷く。
白髪混じりの頭を掻き始めたエイデンの姿を観て、コウキはやっかい事の雰囲気を感じた。
ソードオフショットガンを背負う自警団員が、コウキへの説明を取り次ぐ為にコウキとエイデンの間に割り込む。
「写真を見せてきた軍用人形に、俺がレンジャー装備の男と一緒に墜落した戦闘機へ行った事を伝えたんだ。んで、その直後にバンダの襲撃」
「女の子の情報を教えてくれた礼に、道中で奴らを蹴散らしておくと言って、軍用人形のやつが飛び出した訳だ……それなりのバンダが、こっちに来ちまったけどな」
結論を付け加えたエイデンが思案する為に自分の顎髭を撫でる。
「つまり、おじさん達は物資を取りに来たら、積荷に紛れて入ってた軍用人形にノゾミの事を尋ねられて、もののついでにバンダを追い払うのを助けて貰った訳だ。でも、最初は追い払ったバンダの何人かが結局戻って来たから不安が残ってると」
「そういう事だ。正直な所、確認に行きたいがリスクを計りかねてる」
――あー……この流れは……。
「……コウキ」
縋るようなノゾミの声にコウキは仕方なしと、息を吐く。
「解った、俺が軍用人形の様子を観てくるよ」
「そいつは有り難い」
観念しながらも肯定するコウキにエイデンは破顔する。
部下の自警団員に目配せをすると、部下がコウキにショットガンの散弾がみっちりと納まった紙箱を渡した。
コウキは口元に微かな笑みを浮かべると上機嫌で弾薬ホルダーに詰め込む。
「そっちの自働拳銃の弾も補充するか?」
「くれるなら」
「もってけもってけ、俺が当てられなかった分も連中に撃ち込んでくれ。ダチの足の仇だ」
「わ、マガジンごと」
コウキが空いていた装備のポーチにマガジンと弾を収めていく横で、門番の2人組みがエイデンと目配せをして頷く。
2人組みの足元にいた八脚のセントリーガンが士気を示すように左右の前脚を上げる。
「お前らも一緒について行け、危険を感じたら必ず戻って来い――勇み足は踏むなよ」
「身の程なら弁えてますよ、おやっさん」
「我が身が可愛いので無茶はしないっすよ」
「オレタチニ アスハナイ」
「なんで今のタイミングで不吉な事を言うんだお前は!?」
「チャメッケー」
セントリーガンと小型のマシンガンを持った自警団員が何時かの鬼ごっこを再開する。
エイデンが眉間を押さえ顔を背くとコウキ達に見せない様に、雲一つ無い快晴の元で神話の世界樹の様にそびえる『塔』を思案顔で見上げる。
――……一体、何が起きている? いや、起きようとしている?
エイデンは言いようの無い予感を旧職の知覚で肌に感じるが、同時に衰えた自分では力が及ばない底知れなさを自覚する。
「……世界がこうなっちまったってのに、俺達はピンピンしてるよなあ」
誰に聴かせるでもなく、年老いた男の溜め息混じりの言葉は宙に消えた。