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プロメテウスの少女 ⑥

 

 バンダ達を撒いた直後、ノゾミの思考は未だ襲撃の渦中に囚われていた。

 コウキに手を引かれるままに、自分の両足を必死で動かすのがノゾミなりの状況に対する精一杯の抵抗だった。


 2人と1匹で逃げ延びて辿り着いた住宅街の廃墟地、人々が生活をしていた名残の向こうから散発的な銃撃音が響いていく。建築物の上から滲み出る投下物資の煙がより近く、一層に濃いピンクの色になって澄んだ青空に散っていた。


「少し観てくる、ここに隠れてて」


 コウキはフウタとノゾミを手頃な廃車の中に押し込み、未だに機能していたドアを閉めると、目をつけた一軒家をガレージの勝手口から侵入していく。廃車の密閉空間とノゾミの抱きつきにフウタが息苦しさを感じ始めた頃、解放するように戻って来たコウキが廃車のドアを開放した。


「誰もいなかったよ、一旦あそこへ隠れよう。地下室がある」


 ノゾミが頷くのを確認すると、コウキは再び手を引いて一軒家に連れ込む。

 侵入した勝手口の目の前に在った階段は木材の登り部分こそ崩れていたが、地下へと続く降りのコンクリートは利用できるだけの形を残している。


 先に降りて行くコウキの後ろを、ノゾミは壁を手すりに付いて行く。


「この地下室、扉がぶ厚くて内側からしか開閉できない造りになってたよ」

「そっか……多分、持ち主だった人が戦時末期か、その少し前に造ったんだと思う」

「備えてたって事か、なんにせよ今はありがたい」


 コウキが厚い鋼鉄の扉を体で押し開け、ノゾミとフウタが入るのを確認すると両手で扉を閉める。

 地下室の室内は、物資を置いていたであろう空になった棚だけの空間だったが、コウキが予めに見つけ、点けておいたガソリンランプが温かな光源で寂しさを包んでいた。

 一軒家の地下にしては大袈裟な扉の施錠をコウキが一息で行う。


「これで、ひとまずは安心かな」

「うん」


 両手をはたいてグローブに付いた汚れを落とすコウキの後ろで、ノゾミは荷を降ろして灰色の壁にもたれる。


「さっきの人たち、すごいギラギラしてた……知識では、知ってた積もりだったのに」


 落ちつく為に瞼を閉じようとし、脳裏にちらついた死に際のバンダの表情を思い出して想い留めた。


 笑みや悪意が入り混じり、混沌に染め上げられた刺青の歪む顔。

 銃器だけでなく、本来の用途から人の手によって離れてしまった凶器の数々を自分たちに振るわんとした、バンダの集団はノゾミが知っている人間の姿ではなかった。


 ――ケダモノ。


 冷たい壁に背を預け、定まらない視点で自然とノゾミの口から言葉が零れる。

 フウタが黙ったまま彼女の腕に自分の頭を無遠慮に押し付けた。


「ん……ありがとうね」

「ノゾミはフウタとここに居て、荷物をみててくれ。状況が落ちついたら迎えに来るよ」


 反対側の壁へ立ったまま体重を預けていたコウキが、組んでいた両腕を外して自分の装備を点検する。ヒップホルスターの反対側にベルトへ取り付けた長方形のホルダーからショットガンの弾を取り出し、装填した。


「こんな状況下で外に行くの!? ……あ、地下鉄の人たちの応援?」

「必要だったらそうする積もり。出来る範囲で、だけど」


 戸惑いを隠せないノゾミを前に、コウキは少しだけ申し訳なさそうな声色で応える。

 ノゾミが立ち上がり、コウキに一歩近づいた。


「危険よって、コウキに護って貰ってる私が止められる事じゃないか…………うん、決めた。出し惜しみする状況じゃないもんね、ちょっと待ってて」


 ノゾミが一度だけ頷くと、自分のリュックへと戻り漁り始める。

 幾つかの私物を取り出し、ノゾミは自分の顔がすっぽりと覆われるバイザー型のスマートグラスをバンドで首に下げてコウキの元へ戻る。


 ノゾミの手には片耳に着けるイヤホンマイクが2つと、金属光沢を発する鋼鉄製のトンボが乗っていた。

 一度も見たことの無い文明の機器にコウキは首を傾げる。


「イヤホンと……これは……なに?」

「私の大切な虫型ドローンのギンちゃんよ。私がこの場所から操作して、コウキを手伝う。イヤホンマイクは5km範囲の通信機として使えるから、片耳にずっと付けておいて」

「……ごめん、想像が上手く働かないんだけど」

「嫌でも解るから、早く」


 真剣なノゾミの勢いに押される形で、コウキは左耳に通信機を取り付ける。被り直したヘルメットマスクの中が窮屈になった。


 ノゾミがコウキと同じ通信機を右耳にかけ、スマートグラスを顔に装着すると、バイザーの箇所が蛍色の光源を発した。そのまま空いていた片手で宙を撫でると、もう片方の手で静止していた虫型の小型ドローンが羽音を僅かに鳴らして飛び立ち、コウキのヘルメットの上で静止する。


「ラジコンなのか」

「私が飛ばしたギンちゃんのカメラから見た、上からの映像をこの場所からコウキに教えて上げる。周囲の知覚外の情報を予め知っていれば、コウキなら私よりずっと上手くやれるよね」


 裏表のないノゾミの信用にコウキは驚きを隠して頷く。

 今度こそ地下から出ようと、コウキがフウタの栗毛の頭部を一撫でする。ノゾミがコウキに隠れて彼のコート端を強く握り、惜しむように離した。


「ちゃんと帰って来てね」

「約束する。フウタ、頼むな」

「ワンッ」


 コウキがぶ厚い扉を再び押し開ける。

 外界の光りが漏れ出た。



 コウキが地上のガレージ跡まで戻ると戦闘の音はより近くになっていた。

 ヘルメットの頭頂部にしがみ付いていたドローンのトンボが飛び立ち、コウキの頭の上をホバリングする。


「もしもし、聴こえる?」


 左耳につけたイヤホンから、機械を通したノゾミの声が直接届く。

 驚くと同時に、ノゾミに真横で囁かれる様な感覚がコウキの背中を一度だけ跳ねさせた。


「聴こえるよ、ノゾミ」

「よかった、感度は大丈夫そうだね。物資の煙が上がっている方を観てくるからちょっと待ってね」


 ――酷いもんみなきゃいいけどなあ。

 廃墟の屋上を目指していくトンボへ言いたい事を言わずにコウキが見送った。


「コウキ、大変よ!」


 案の定という言葉がコウキに横切り、感情の解り易い声がひっきりなしに状況を伝え始める。


「地下鉄の自警団の人達が銃を撃ちながらコンテナの方まで後退してるの! バンダの集団に圧されてるわ!」

「距離と方向は?」

「目の前の長い裏通りから、大きな通りに出るまでずっと真っ直ぐいって! 次の大きな通りで右折すれば、待ち伏せに使えそうな廃墟があるの。上手く行けばバンダの横を突けて助けて上げられるかも。それとも、自警団の人達と先に合流して正面から迎え撃つ?」

「前者で行こう、こっちはついさっき急に襲われたんだ。やり返してやる」


 コウキがショットガンを背負ったまま、体を大きく振って走り始めた。

 軍靴が裏通りの水溜りを弾き飛ばし、撥ねた水滴がレンガに辺り染み込み消える。


「ノゾミ、自警団の人達は俺が到着するまで持ちそう!?」

「皆なんとか踏ん張ってるわ。自警団の人達、後退するにつれて数が増えてる。これって、張ってた防衛線を下げてるのよね?」

「多分地下鉄の人達が先に物資を確保したんだ、バンダを追い払おうとして、今度は逆に圧し返されちゃってるんだと思う」


 叫びのままに裏通りを突っ切ると、見覚えのある通りへと踊り出す。コウキには見覚えのある場所だった。ノゾミが嬉しそうにコウキへと振り返った、地下鉄の出入り口がある通りだ。

 ――地下鉄のこんな近くに落ちて来たのか。


「ノゾミ使えそうな廃墟の場所は」

「そのまま右側の歩道を進んで! 地下鉄から出た時、大通りに崩れてた建物が在ったの覚えてる?」

「覚えてる!」


 コウキが止まらずに目的地へと進んでいくと、銃声の音がいよいよ身近になってくる。


 解錠され物資が剥き出しになっているコンテナの場所を中心に、廃材で築いたバリケードへと足を負傷した仲間の襟首を引っ張り込む漁り屋と、襟首で引かれながらも古ぼけたライフルを引き撃ちしている自警団の者を見つける。彼らの周囲を狙いが外れた弾丸が飛び交い、コウキは思わず飛び出しそうになるが、迂闊に姿を晒すのは強襲の機を逃すだけだと廃墟へと急ぐ。


 コウキが背を向けた直後、後方から他の自警団が廃車を数人がかりで押し出し、援護射撃を伴って負傷した仲間を後ろへと引っ張り込む。


 コウキが崩れた大通り角の廃墟を駆け上り、崩れずに残っていた2階のオフィス跡へと侵入する。

 ガラスの無くなった窓越しへ背負ったショットガンを抜き出し銃口を下ろすと、8人からなるバンダの集団を捉えた。


 ――ごめん母さん。やるよ、親父。


 火炎瓶を投げ込もうと先頭のバンダが手を振りぬこうとした瞬間、コウキが散弾を頭部へ叩き込む。

 体に仕込まれたポンプアクションの動作が排莢と装填を行う。頭が飛び散り燃え上がる仲間の骸に、残りの7人が頭上の強襲に気付く。


 今度は目が合った上半身裸のバンダを顎から上に定めて撃ち抜く。

 隣にいた焼けた肌のバンダがコウキの方へと猟銃のダブルバレルを向けるが、握った両腕をコウキは吹き飛ばす。猿の叫び声が木霊した。


 コウキの強襲を街灯の影から逃れていたバンダが草野球のフォームでコウキのいる窓へと、日用品と工具に爆薬を仕込んだお手製の手榴弾を投げ飛ばす。コウキは呼吸を止め、咄嗟に掴んで投げ落とした。


 金属が爆薬によって弾け跳び、仕込まれた釘や鉄球がバンダの集団に突き刺さる。

 2名が足と腹を負傷し地面へのた打ち回る。


「一旦引くぞ!! あのブリキ人形を足止めしてるボスの所まで戻ろうぜ!!」

「くっそ! 後でぶっころして、そのヘルメットと一緒に捻じ切ってやるからな!」

「他人をいきなり襲って恥かしくないのか、テメエッ!!」


 後方で無傷だったバンダ達が尾を巻くように逃げ出しながら、ジェスチャーを交えてコウキへと悪態をぶちまける。コウキは無言で逃げるバンダ達へ、窓から中指をつき立てた。


 バンダが去って行くのを確認すると、コウキが息をマスクの中で吐き出し、腰のホルダーからショットガンの弾を込め直そうとすると、散弾が偏って減っている事に気付く。以前と同じ様に一粒弾のバックショットを薬室に込めた。


 近くを飛び回っていたドローンのトンボが舞い戻り、コウキのヘルメット頭頂部に再びとまる。


「お疲れ様、怪我は無い?」

「ああ、無傷だよ。使った分の弾薬、補給できるといいんだけどね」


 ノゾミの労いを聞いてコウキがオフィスの窓際で膝をつく。

 去り際のバンダの言葉が、アドレナリンの切れ始めた脳で引っ掛かる。


「……そういえば、アイツら逃げる時に気になる事を言ってたな」

「ブリキ人形って言ってたよね何のことか解る?」

「うーん多分、軍用人形の事だと思うけど……」

「軍用人形……戦前の、機械で出来た兵隊さん達……外でもまだ動いていたんだ」


 どこか勝手を知っている様なノゾミの発言をコウキが確認しようとした時、後ろの瓦礫を登って来る複数の足音が耳についた。


「っ」

「待ってくれ! 俺達だよ」


 コウキがヒップホルスターから拳銃を引き抜こうとすると、覚えのある声が待ったをかける。

 突きつけ様とした銃口を天井に向けた。


「お前が助けてくれたんだろ、仲間の命の分も含めて礼を言わせてくれ」


 見慣れたソードオフと小型のマシンガンを持った2人組みだった。

 背後には犬の様に自働歩行のセントリーガンが追従している。


 コウキが応える為に手を上げた。


「安くはないよ、無事でなにより」

「そこら辺は抜かりないさ、お前のお陰で物資と地下鉄も、一旦は護る事が出来たしな……あの女の子と犬はどうした? まさか――」

「大丈夫、安全な場所に隠れてて、ここから見てるよ」


 コウキがヘルメットの頭頂部に留まるトンボのドローンを指差すと、羽をバタつかせて返事をする。


「ハロー ナイスコンバット デシタ」


 飲み込めない自警団の2人組みの後ろで、セントリーガンが前脚を上げて挨拶をした。

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