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プロメテウスの少女 ①

 

 明けの空を苛烈な流れ星が切り裂いていた。


 ――プロメテウスの火みたいだ。


 コウキは朝へと移った早春の空を墜ちていく、炎上した戦闘機を見上げながら人の文明の始まりを連想していた。


 ――火を手に入れて、この世界か。


 双眼鏡を降ろして目に映る倒壊しきった街並みを、野営地代わりにした廃墟の一室から見おろす。

 終わってしまった人の社会。その終焉を謳歌する様に、植物が文化の残骸を侵蝕している。その葉を口で毟り取っていた鹿と窓を隔てて目が合うが、狩りをする気が無い事を悟っているのか、コウキの姿を意に介さず咀嚼を続ける。


 建物として正常なのは、朝焼けの影となって無貌にそびえる巨大な塔だけだ。それがかえって異常さを際立たせる。

 その異形な塔から逃れるように、燃え盛る戦闘機は高度を下げていく。


「なあ、フウタ。あの飛行機、何時ものと違うよな?」

「ハフ」


 マスク越しで墜落していく戦闘機を見つめるコウキの背後で、綿の飛び出したクッションに寝転がる犬が気だるげに応える。こんがりとした焦げ茶の尾が惰眠を貪る様にふわりと揺れた。


「だよなあ、それにこの時間から飛んでくる事なんて今までなかったし……」

「ウーゥ」

「俺だってまだ眠いけどさ、物資は何時も通り早い者勝ちだよ。早起きは三文の得――親父の国だったか」


 コウキが室内から装備と荷物を纏めて出発の用意を整えると、フウタは欠伸をしながらも彼の傍に寄り立つ。ドアノブを掴もうと手を伸ばすと、背後で空気を打ち鳴らす轟音が破裂した。


 背後から襲ってくる風圧爆弾にコウキは、一夜のベットとして使用したソファの背後に身を屈め、ついでにフウタの襟首を掴んで引っ張り身を抱き寄せる。


「思ったより近くに墜ちて来たな」

「アウ」

「うん、次からはちゃんと目測立てよう」


 突風の衝撃と共に飛び散ってくる砂礫やガラス片をヘルメットの頭に積らせながら、コウキはこの廃ホテルが崩れ切らない事を願う。


 ――次からは空からの落下物も考慮して野宿を決めるべきかな。


 倒壊の音が弱まるのを確認すると、1人と1匹はソファの背から頭を出す。

 先ほどまで在った窓ガラスは破砕され、墜落した戦闘機の衝撃で廃墟は更に細かく破壊されていた。鹿はとっくに逃げ出したようだ。もしくは瓦礫の下か。


 気付けば炎上して黒煙を上げていく戦闘機の墜落現場への道が、ドミノ倒しになった建築物の隙間という形でコウキたちの前に現れた。


「おお、なんか壮観だな」

「ウー」


 グローブに包まれた手で降りかかった砂礫を払い落としながら、何事も無かったかのように、コウキとフウタは新しく出来た出口から一晩の宿を後にする。もうもうと煙が上がり続ける墜落現場への足取りは軽い。


「美味い缶詰見つかるといいな。それか、イートシステムの部品とか」

「ワォウ」

「確かに、缶詰パンは外せないな」


 折り重なったビルの隙間を進みながら、コウキはまだ観ぬお宝に胸を弾ませる。廃墟の天井から編み目になって注がれる太陽の光を、鳥の影が横切った。


 次第に隙間の道が本来の通りに変化していくと熱い風が吹き抜けて、フウタが警戒の尾を立てた。

 コウキは身を屈め、フウタと共に車体の下に草が生い茂った廃車の影に潜り込む。


 視線の先には燻りとなった炎上を続ける戦闘機と、群がる3人の男たちがいた。


無法者(バンダ)たちに先を越されちゃったか」


 コウキのマスクには顔や筋肉で盛り上がっている二の腕に、同一のタトゥーを掘り込んだ徒党が映り込む。

 フウタは潜むコウキの声を耳で聴きながらも、顔は戦闘機の方へ向けたまま動かない。


 徒党を組んでいる男たちの中で、タトゥーを顔に掘り込んだハゲ頭の男が墜落した戦闘機に近寄り、火の粉と煙に咽ながらもコクピットらしき箇所を探り始めている。他の2人は護衛の為か、両手に同じ型のライフルを携えていた。


 2人の男の顔つきは汚れきっており、色彩に欠ける瞳の色にコウキは彼らの行動指針が対話とは程遠い事を察する。


「……諦めるか。向こうの方が数多いし」


 言葉とは裏腹に、コウキは直ぐにその場を去ろうとせずにバンダ達が何を掘り出すのか見守る。

 念の為に背負っていた荷物とショットガンを降ろして、ベルトに下げているヒップホルスターへと手を伸ばし、自動拳銃を直ぐに抜けるようにした。


「おい、まだかー。あっちいんだよ」

「こんな小さいのに食糧やイートシステムが積んでる分けねえだろ」

「うるせえな! こいつはぶっ壊れる前まではちゃんと飛んでた戦闘機なんだ、きっと塔から来たにちげえねえ。きっと、なにか、いいものが……おほっ」


 汗水を流してコクピットを強引に開けていく男の顔が満面に輝くと、より一層食らいつくような手際で見つけたものを引きずり出す。バンダの3人組が掘り出しものに黄色い声を上げて、戦利品を抱え込んだハゲ頭を中心に群がった。


 抱きかかえる煤汚れた武骨な腕に掴まれて、正反対の清潔な細い腕が力なく垂れ下がったまま現れる。薄い金の髪がコウキの目に焼き付いた。


 コウキは目を閉じて、被っているヘルメットを人差し指で浅く叩く。自動拳銃を抜き出し両手で構えると、バンダの三人組へ這いよる。その背中にフウタが満足げに続いた。 


「うわっ何だこいつ!? めっちゃ好い匂いすんぞ」

「ひゃー、髪の毛長くて柔らけー……ひへっ」

「じゃ、これは俺が貰っちまうからな」

「つれないこと言うなよ、ここは皆で仲良くシェアリングしようぜ、キョーダイ」


「おい! そこのお兄さん達!!」


 バンダの3人が呼びかけたコウキの方へ一斉に顔を向けようとする。


 2つの発砲音が鳴り重なるタイミングで、右の男が顔を向けきる前に頬とこめかみに風穴をあけた。

 コウキは火を吹いたばかりの自動拳銃を今度は左の男へと向ける。


「てめっ」


 銃口を向けられた左の男は頭部を護る為にライフルの銃床を顔の前に突き出すと、続け様に銃床の木材が砕け、両腕がライフルを手にしたまま跳ね上がる。男の眼前に牙を剥き出しにしたフウタが飛び込んだ。


 男の太い喉仏を犬歯が喰らいつく。


「や、ぎぼ」


 フウタに喉を食いつかれて地面でもがく男を無視し、コウキは戦利品を抱え込んだまま呆然とする男に5発の弾が残っている自動拳銃を顔へ突きつけた。


「その子を降ろせ、ゆっくりと」


 温度を殺したコウキの声がハゲた男の腹に重く響き、言われた通りに戦利品――気を失った少女を丁寧に地面に置いた。

 自分だけになったバンダの男は両手を上げたまま、ゆっくりと後ろに後ずさり、コウキが少女を背にするまで詰め寄る。


「……見逃してくれるだろ? 無抵抗で丸腰の相手だぜ。ほら、そいつらの持ち物は全部やるからさ」

「そのルール、アンタは今まで何回守った?」


 引き攣っていた男の顔が氷の様に固まると、顔に掘り込まれたタトゥーごと歪に曲げて心からの笑みを浮かべた。


「ハッ、強いやつが弱くてノロマな臆病者を獲物にして何が悪いんだよ! 自分が豊かになる為に、努力して得た力を振るって何がいけない?」

「アンタは立派な、力に溺れた臆病者のケダモノだよ」


 ぱんっと、乾いた空気に音が響くとコウキは自動拳銃をホルスターに仕舞い、地面に寝かされた少女へと屈み込む。背後で肉が強かに地面を打つ音が聴こえるが、弾を回収するのは後回しだ。


 コウキは慎重に少女の肩と背に両手を回して寄せ上げる。

 少女の背の薄さと抱える肩の細さに据わりの悪さを感じ、コウキへとうつむいた顔に長髪がかかった。髪は頬を泳ぎながら首筋へと、薄い金の絹が肩までしな垂れていく。


 自分より1つか2つ程には歳下に見え、人形のように眠っていた。


「生きてる、よな?」

「…………ん」

「あ」


 少女は虚ろに赤い瞳を開けると、夢見心地でコウキを見つめ、再び眠りにつく様に瞳を閉じてしまう。

 その仕草を、コウキは少女を抱え込んだまま魅入っていた。


「アウ」

「えっああ、そうだな。運が良い事に外傷は無いみたいだ」


 フウタの視線に棘を覚えながら、コウキは片手のグローブを抜いで少女の手首と首に手を添え、脈を確かめる。母や父との練習以外で触れる人の体温と肌の柔らかさがどうにも慣れなかった。


 正常な脈拍にマスクの中で一息をつくが、少女は未だに目を覚まさない。

 もっとしっかりと様子を調べるべきかとコウキは逡巡するが、これ以上勝手に触れるのはどうにも自分の冷静さを失くしそうで恐かった。


 少女の衣服は墜落の事故で既に煤汚れで至る所が黒ずんでいたが、服の端々には清潔さを感じさせる残滓が残っている。この眠り姫はこことは違う何処かで、大切にされていたのだろう。


「……とりあえず、近くの地下鉄を目指そう。まともな医者がいればいいけど」

「ワーウ」

「うん、先に目ぼしい物は集めておくか……」


 一旦少女を再び地面に寝かせ、お古のコートを隣に敷くと少女をその上に移す。

 自分の血に沈むバンダ達から装備を剥ぎ取り、ざっと目を通していく。


 ライフル2丁に自分の物とは違う拳銃が1丁、続いてメリケンサックとサバイバルナイフを回収する。ライフルの1つは銃床が破損しており、かさばるのも嫌なので弾だけ抜き取り捨てた。

 弾を除けば、地下鉄の市場で缶詰2つと500mlの飲み水にはなるだろう。


「アウアウ」

「仕方ないだろ、初めてなんだよ。同い年くらいの女の子を見るの」


 少女を冷やさぬように彼女に寄り添うフウタの問いに、コウキは自分でもらしくない事を自覚する。今は戦利品の選別を早く終らせたくて仕方が無い。


「お、缶詰パンみっけ」


 血にぬれた好物の缶詰を、廃墟郡を見下ろす快晴にさらした。


 ――2169年 4月 13日

 今日はちょっとだけ特別な事が起きた。

 違和感を感じて何時もより早めに目を覚ますと、飛行機が炎を吐き出しながら墜ちてきてた。


 地下鉄の人に教えて貰ったけど、アレは戦闘機って言う昔の兵器らしい。壊れる前の飛んでる状態を観てみたかったかな。


 いい物が在るんじゃないかと思って、墜ちた戦闘機へ行って見たけど、代わりに女の子を拾った。母さんみたいだ。女の子は空から墜ちるものなんだろうか?


 医者の見立てでは、何事もなければ夜中辺りに起きるかも知れないらしいけど、どうするべきなんだろう。

 少なくとも、あの子は本当に塔から来たのかは知りたい。言葉が通じるといいのだけど。



 今日は生まれて始めて人を撃った。あの子のせいじゃない。自分で決めたんだ。

 それに塔を目指す過程で遅かれ早かれ経験する筈の事だ。


 幼かった頃は親父の戦いにどこか憧れを抱いていたけど、終るたびに親父がくたびれていた理由が少しだけ解った気がする。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >新しく出来た出口から一晩の宿を後にする >温度を殺したコウキの声  フレーズのチョイスがムチャクチャ良いですね。 洒落と写実さが同居している。 [気になる点] 自”働”拳銃の漢字は故意…
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