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プロメテウスの少女 ⑨

 ノゾミの父親だと名乗ったアジサイの言葉を、コウキは頭の中で反芻した。


 ――こんな体で子供の世話が出来るのか。確かに機械工学を教えるのは得意そうだ。ノゾミは普段、パパと呼ぶのか。まさか母親や祖父も無機物なのか。あの写真は俺が持っていることを父親に話すべきか。


 コウキはヘルメットを押さえつけて、砂埃に塗れた床を見つめ思考の坩堝に嵌っていく。

 アジサイがコウキの様子を見て1つ目だけで頷いた。


「ふむ、大分混乱させてしまっているようだな?」


 自警団の門番たちが相槌を重ねる。


「そりゃあな、こっちだってビックリだ」

「塔にはあんたらみたいな、高度なロボットが沢山いるのか? 一体欲しいぞ」

「ウワキノキキ」


 セントリーガンは普段より高めの発音をするが、持ち主の方は気にしない。


「塔内部での単純な肉体労働は基本的に我々だ。そして、アクシデントが全く起きない訳では無い」


 アジサイの腕に止まる「ギンちゃん」が申し訳なさそうに羽を下げた。砕けた窓ガラスの外から、微かだが乱雑な足音が近づいてくる。


 コウキが取りまとめの無い思考を中断した。

 アジサイは音が漏れてくる窓へ体ごと向ける。


「ゆっくりと話をしたいが――そう言う訳にも行かないな。君たちは戦えるか?」


 古ぼけた小型のマシンガンを持った自警団が付けていたマシンガンのセーフティを外す。


「粘るのは得意だ。バンダのやつら、アンタの手にも終えなかったのか?」

「いや、兵としての個々の練度は低く、連携もそこまで密ではない。典型的な無法者の武装集団だが……束ねる者はそうはいかないようだ」


 アジサイが店内のカウンター横にある階段を指差す。


「君たちは上階に立て籠もってくれ、私が表で暴れよう」

「ノゾミの親父さんだけだと手こずってたんだろ? 俺も協力する」


 コウキがショットガンを携えてアジサイの横に立つ。

 ソードオフを肩にかける自警団員が溜め息を盛大に吐いた。


「まあ、待てよ。いったん皆で立て籠もるぞ、戦わなくちゃいけねぇなら、作戦会議だ」

「――了承した」


 渋る素振りを示しながらアジサイが1つ目で頷くと、3人と2機は店内の上階へ駆け込んだ。


 2階は戦前に繁盛をしていたであろうイスとテーブルの山が野放しにされたままで、アジサイが最後に上階の階段を登り切ると鋼鉄の両腕を振るい回せてイスとテーブルを使い階段を塞ぎ始める。


 迅速な判断と寸分を狂わせない動きによって、イスとテーブルの脚を噛み合わせで築かれる即席のバリケードは人力で崩すには容易では無さそうだった。


 ソードオフを持った自警団員がバリケードの隙間から銃身を試しに差し込みながら口笛を吹く。


「やるな、日曜でも家庭大工で大活躍だったろ?」

「やったことはない。専門の者たちがいたからな――作戦を練ろう」


 アジサイがコウキたちの足元へ視線を落とすと、1つ目が発光し黄緑色の光源が埃だらけの床に注がれる。

 埃が舞う床の上で、実体の無い崩壊した街のミニチュアが薄っすらと浮き上がり、アジサイの1つ目の動きに合わせて視認し易い濃さに調節された。


「ホログラムか。爺さん達が知ったら懐かしさで感激するかもな」

「ノスタルジックに浸り過ぎて弱れたら困るぞ」


 自警団の2人組みの落ち着いた様子とは相対に、コウキは食い入るようにミニチュアに顔を近づけ指で突いてみたが、水面の様に波紋し直ぐに治まる。


「ほろぐらむっていうのか、これ? もしかして俺達が今いる場所なの?」


 訝しむコウキの頭頂部に「ギンちゃん」が留まり、ノゾミが威厳のない咳払いをコウキの耳元で行った。


「大戦前に、記録した地形や天候情報を表示する技術よ。最初はもっぱら軍用に使われてて、後になって民間に娯楽利用されるようになったみたい。……遊びに使えてた時間、短かったらしいけど」

「寂しい話しだね、それ」

「うん……寂しい」


 コウキの耳元でノゾミが頷くと、ホログラムのミニチュアの中で一軒の建築物が赤色に変色した。

 アジサイが赤色に変色した現在地から通りを三つ程進んだ交差点のガソリンスタンドを指差し、その箇所を黄色に変える。


「今出しているのが私が集めた周囲の地形データだ。赤いのが我々のいる所。そして、私が一度バンダ達を追い詰めて交戦したのがここだ――ノゾミの居場所を大まかに教えてくれるか?」


 バンダの襲撃にあった物資の降下された場所と、アジサイがバンダ達を追い詰めたガソリンスタンドへの交戦経路が一直線に繋がる。コウキはアジサイに促されて展開されたミニチュアからノゾミを隠して来た地下室の方角へ見当をつけ、アジサイの1つ目に示す。


「この通りの外れから進んで、丁度ホログラムが切れそうになっている所。民家があってぶ厚くて頑丈そうな地下室に、フウタと一緒に隠れて貰ってる。それと、俺の名前はコウキ」

「了解した、コウキ。通りから外れていて安心した。……ガソリンスタンドまでバンダを追い込めるのは順調だったのだが、後方で控えていた連中の指揮と本隊がいてな。流石に多勢に無勢だった」

「軍用人形でも数の理には勝てない?」


 コウキの質問にアジサイが胴で頷き肯定する。


「それもある。やっかいな事に、バンダの指揮を行っている者は合同軍の装備を持っていてな。『ゴライアス』という乗り込み式の強化外骨格を装備している」

「ゴライアスって言うのはそんなに危険なの?」

「私の今の機体では単純な力押しでは負ける。ノゾミの捜索に持ち出した銃と弾薬もバンダを振り払うのに使い切ってしまった」

「それ、俺達だけでどうにか出来る?」

「この人数なら手が無いわけでもない――これを」


 アジサイの横腹の部分が空気が抜ける音と共に開き、格納スペースが展開される。

 格納スペースはドリンクホルダーが3っつ連なった形になっており、円筒状の水色に塗装された手榴弾が1つだけ格納されていた。アジサイはそれをコウキに手渡す。


「使い捨ての小型EMP兵器だ。これでゴリアテの電子機器を破壊し、行動不能にする事が出来る――直撃させられればだが。使い方は解るか?」

「親父に投げる振りなら仕込まれたよ。ハイテクがどんどん出てくるね……」

「塔にはもっと素敵な道具がある。私がゴリアテの注意を引く隙に、君が投げてくれ」


 下の階からガラスを踏みしだく乱雑な足音が侵入して来た。

 ろれつの回らない怒声が階段のバリケードから木霊する。


 ソードオフショットガンを持った自警団員が乾いた頬を吊り上げ、顎で全面がガラス張りの窓を示した。


「丁度いいなアジサイさんよ、こっちのバンダは俺達が引き受けるから、タフガイ連れて親玉をとっちめてくれよ。アンタなら人間1人背負って、ここから飛びおれるだろ?」

「面倒を押しつけてすまない、武運を」


 かしこまったアジサイの頷きに自警団の2人組が気さくに笑う。


「兵隊じゃないんだから、縁起でもないことは止めてくれ。早めに済ませてくれると助かる」

「ウデノミセドコロ レモネード タクサンアゲマス」


 セントリーガンが意気込みを示す横でコウキはショットガンを負い紐で背負い、アジサイの背に回り掴むのに丁度よいメンテナンス用の固定フックを両手で握った。


「なるべく急ぐけど、おじさん達も簡単にやられないでくれよ」

「伊達に門番やってねえよ、それと俺らはまだ30代だボケ」


 バリケードがバンダ達の体当たりで揺れ始める。

 アジサイがコウキを背負ったまま、窓の方へ手足を屈めてクラウチングスタートの姿勢をとる。


「コウキ、ロデオをやった事はあるか?」

「親父のせいで熊相手なら」

「ならば問題は無いな」

「用意は出来たか!? 行くぞ!」


 ソードオフショットガンを持った自警団員が頭を下げたまま、バリケードの正面下に転がり、銃身をバリケードの隙間に差し込みバンダ達の足へ突きつけた。


「よーい、ドン!」


 言葉と共に放たれた銃撃の音でアジサイがスタートを切る。

 足を近距離の散弾で吹き飛ばされたバンダの叫びが木霊し、アジサイが引き搾られたバリスタの弩砲の様に窓へ突進を開始する。


 コウキは自分の周囲の空気が唸る様を感じ、体に掛かる重力に息を飲んだ。


「飛び出すぞ!」


 コウキが固定フック掴む腕に力を入れるタイミングでアジサイが腕を交差させて窓から飛び出す。コウキは先程までアジサイの体越しに感じていた足場の安定感が途端に消失し、未知の浮遊感に鳥肌を立たせ体が震えた。叫びそうになった口を奥歯で食いしばり閉じる。


 アジサイが重く風を切る音で地面に綺麗に着地し、コウキは体の芯を下から揺さぶる衝撃に耐える。しがみ付くコウキを乗せたまま、背後の物音に気付いて店外へ振り返ったバンダの集団をアジサイは無視し、疾走した。


「ブリキ人形が逃げたぞ! 追え!!」


 足を抱えて喚く仲間を解放していたバンダの1人が他の者達に追跡を命じ、バリケードを壊そうと躍起になっている3人を残して一斉に振り返る。その中で一番行動の早かった日焼けして黒光りしているバンダが、年季が入りつつも手入れの行き届いた狩猟用のスナイパーライフルを構え、体に染み付いた立射姿勢でトリガーに指を添える。


 遠くなっていくアジサイの背後でしがみ付いてるコウキのヘルメットに照準を合わせて、舌なめずりをした。


「やっちまえ!」

「へへ、任せな! ちんけなヘルメットを頭ごと吹き飛ばして」


 ごしゃ、と、アジサイ達に続いて何かが上から飛び降りて日焼けしたバンダを押し潰した。

 急に振って来た鉄塊の正体を、バンダ達は回るガトリングの砲身で気付く。


 反射的に射撃しようとしたバンダの体をガトリング砲が小銃用大口径弾を浴びせ、沈黙させた。


 八つ脚の脚部が下敷きにしたバンダの上で体を固定し、後方についている赤いセンサーカメラがバンダの群れをエネミー()として視認している。バンダの1人が悲鳴を抑えて振り向くと、バリケードの隙間から2つの銃口が突きつけられていた。


「……な、なあ、許してくれよ」


 懇願するバンダの哀れで軽薄な愛想笑いに、2人組みの自警団員たちの線が切れた。


「お前らが俺達を襲って来たのはなんかの冗談だったのか? やるぞ、セントリー」

「レモネード アゲマス」


 自働歩行セントリーガンは主と共にバンダの群れへ掃射を開始した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「伊達に門番やってねえよ、それと俺らはまだ30代だボケ」 「レモネードあげます」 門番のオッサン達とセントリーが意外なまでに存在感(非モブ感)があります。 [一言] 主人公に大目標がなく…
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