大統領執務室にて
――同日、午後の事である。
ホワイトハウス内、大統領執務室へと向かう廊下をマーキス中将は、神妙な面持ちで歩いた。顔の表情は幾分固く、笑み一つ零れる事の無い面構えで。
歴史を称えた重圧感のある扉を力任せに二回ほど裏手で叩いた。
執務室で待ち構えるのは一国の主であるが、周囲には人影一つ見当たらない。
本来なら、中将と互角に、体格の整ったシークレットサービスが待ち構えているはずなのだが。
「どうぞ、入ってちょうだい」
ノックの音が響いてから直ぐの事である。
執務室の主が言ったのであろう、突き刺さるような高い声が廊下へと返ってきた。
執務室内に居る主の声を確認し終えると、マーキス中将は扉を開ける事となる。 長い兵役生活で鍛えられたその体躯で重圧感のある扉に手をかけてから「失礼します」と一言吐くと、そっと扉を中へ押した。
大統領執務室へ入ると、部屋の両隅にシークレットサービスの姿を伺う事ができた。シワ一つ無い綺麗に締まった黒のスーツに、カメラの閃光で怯まない為に黒のサングラスをかけていた。
だが、おかしい。
シークレットサービス数が普段より明らかに少ないのだ。
不審に思いながらもマーキス中将は、大統領執務室中央の椅子に腰を掛ける部屋の主へと声を掛けた。
そこには、意外にも還暦を過ぎた女性が座っていた。
「キアリー大統領に報告です。先日、例のシステムが完成しました。翌日にも日本の首都、東京で運用実験を開始する予定であります」
その言葉を聞いても椅子に深く凭れる、大統領は微動打にしなかった。
「あら、思ったよりも早く完成したのね。私が任期を終える前に完成するとは思わなかったわ」
「私としましても実行段階まで持っていけるシステムだとは思ってはおりませんでした」
「それで、演習実験から実戦投入まではどれくらいの時間が掛るのかしら?」
「今月中に、日本全国の自衛軍と共同演習を行い、実戦投入は来年以降になると思われます。」
机の上で両手を組んで構えるキアリー大統領。
マーキス中将の吐いた「来年」と言う言葉を聞いて幾分顔を引きつかせた。
執務室内に重たい空気が立ち込めたが。直ぐに顔の表情を戻した大統領は又喋り始めた。
「そうね、今回のサイクロプス計画には大分期待しているわ」
「それは、私としても同じ意見であります。今回の計画が実行に移れば我軍隊は世界を出し抜き、また一流国家へ返り咲く事が出来るのですから」
「そうよ、先代の大統領はやってくれたわね。環境の事をまるで考えず、自分の任期間近でイラン空爆だなんて。後を任される人の事も考えて欲しかったわ」
気がつけば大統領は女性特有の甲高い声を荒げていた。
マーキス中将は半ば興奮気味の大統領が放つ空気を察し、返答に困る素振りを見せた。
「彼には彼の思惑があったのでしょう」
「この何処が、思惑よ。自分の国を三流に落とす事の何処に思惑があるっていうのよ!」
「落ち着いてください、大統領」
「まあいいわ、どうせあなたに聞いたとしても答えは出ないのだから。予定通りサイクロプスシステムの運用に移ってちょうだい」
マーキス中将は大統領の返答を聞くと、一張羅の軍服をなびかせて、腕を直角に曲げた。その後水平になった掌を額へと付けた。
「ハッ、かしこまりましたキアリー大統領」
その後、軍隊式の敬礼を終えたマーキス中将は、足早に大統領執務室を後にした。