入隊式
諸君の様な若い力がこの施設で軍役に付く事を私は誇りに思う――」
その後、無事に開始された入隊式、軍代表としてマーキス中将から激励の言葉で幕を開ける事となった。
つい先日まで、平和なキャンパスライフを送っていたというのに、気が付けば軍人だ。世界は本当に馬鹿げているよ。
「君達にはサイクロプスシステムのスペシャリストとして、これからの日本を支えて行ってもらいたい」
でも今はこれで良いと思っている。生身で戦場に出る事にならなくて良かったのだから。
そう言えば一つだけ気になる事がある、徴兵で引き裂かれたネットゲーム仲間の所在だ。
「この式が終わり、晴れて軍人として活躍して行く事を期待している」
俺は良い。だってこうして軍隊の中でも飛びっきり安全な舞台に配属になったのだから。でも、島根は違うだろう。
「大将、おい大将。人の話聞いとるんか?」
「んっ? あっ?」
椅子に座りこみ考え込む俺に、聞きなれない渾名が耳へと飛び込んできた。こんな渾名で俺を呼ぶ奴は一人くらいしかいない……。
「どうしたんだ? いきなり」
「寝呆けとるんとちゃうか? もう入隊式終わってまったで」
その発言に驚き表を上げると、案の定ホール内には俺と例の二人しか残っていなかった。
「あっ……ごめん……」
「解れば良いんや」
「それより皆さんこれからどうします?」
「そうやなー、昼飯には少し早いが、食堂にでもいってみんか?」
「良いですけど、本当に少し早いですね……」
「大将もそれでええか?」
「んっ! ああ、大丈夫」
「なんや、大将浮かん顔して」
川辺達は相変わらずの調子だった。喜作な川辺に慎重派の萩原、この二人だって連絡を取りたい相手はいるだろう
に……。
「なあ、ちょっと良いかな?」
「なんや?」
「この施設って外に連絡する手段無いだろ? 携帯電話だって没収されてるし……」
「なんや? 家族にでも連絡とりたいんか?」
「家族に連絡取りたいですねー、僕なんて碌に別れの言葉も言えなかったんですから」
「お前には聞いとらんわ」
「手紙を出せば良いんじゃないの?」
この場に似つかわしくない女性の声と共に、俺の頭に衝撃が走った。慌てて振り向くと、白衣を着た女性、手には実験データを収めたファイルが握られていた。
――分厚い…… あのファイルで俺の頭を叩いたのか……。
「おっ、隊長やないか」
「その言い方はやめて。私には鈴木直子というちゃんとした名前があるの」
「相変わらずやな――」
「それより鈴木さん、どうしたんですか?」
「ホールに鍵をかけようと思ったら、まだ人が残ってるじゃない。近づいて様子を見てたのよ」
急に乱入してきた、助手の発言で頭に掛った靄が取り払われた気がした。手紙を出せば良いんだ、何でこんな簡単な事に頭が回らなかったんだろう。
「手紙の出し方は施設事務の人に聞いてね、一階に事務室があるはずだから」
その後、鈴木助手に一言御礼を言った俺達は事務室にへと足を運ぶ事となった。
軍の施設という事もある、無愛想な軍人がお出迎えするのかと思いきや、受付をしていのはいたって普通、スーツ姿の女性だ。
軽く挨拶を済ませると、気持ち良いくらい爽やかな返事が返ってきた。その後、人数分の便箋に縦書様式の用紙と注意書きが書かれたプリントを手渡してくれた。
注意書きには、軍の最重要機密であるサイクロプスについての一切の漏洩を禁止するという旨が書かれていた。当たり前の事なのだが、漏洩防止のために書いた内容を一部始終覗かれるのは良い気持ちではない。
女性の事務員から貰った手紙道具一式を手に持ったまま、事務室を後にした俺達は、その足で食堂まで行く事となった。
「所で正道さんは誰に手紙を書くんですか?」
「ん? ああ。家族関係は勿論だけど、どうしても連絡取りたい奴が居てね」
「なんや、彼女でもおるんか?」
「そんなんじゃねーよ。男だ男……たぶん……。」
「性別もわからん奴に手紙書くんか?」
「ネットで知り合ったゲーム仲間だよ、長い付き合いだけど直接会った事一度も無いんだ」
川辺も萩原も、何か珍奇な物を見るみたいに目を丸くした。
「何だ? 黙りこんで、俺変な事言ったか?」
「いやっ、大将って間抜けだったり急に律儀になったり、変な奴やなと思ってんな」
「同じく!」
食堂までの道程を暫く会話をしながら進んで行く。
笑い話、泣き話が其処ら中から聞こえて来る。
感情をそのまま曝け出したり、笑顔を作って悲しみを堪えたり。
学生が抜けきらないまま軍人となって、これからの二年間をこの施設で過ごすのだ。
そんな俺達に階級はまだ無い。