適正試験終了後
適正試験終了
コクピットの椅子に深く凭れ、疲れ果てた俺は深い溜息を付いた。今はクッションの感覚が心地良かった。果たして試験は合格したのだろうか?
試験が終了後、少ししてコクピットのハッチに掛けられていたロックが解除される音がした。ガチャリと音を立てた後、真っ暗なコクピット内部に一筋の光が差し込んだ。
「おつかれさまです」
差し込む光のせいで少しばかり目をやられたが、直に環境に慣れると声の主は顔を現した。
何て事は無い。声の主は俺をこの閉鎖空間へと閉じ込めた主、技術者だ!
「以上で試験は終了です。試験結果が後程伝えられると思いますので、それまで宿舎で待機していてください」
技術者の声に耳を傾ける。そして一通りの話しの内容を聞き終えると、軽く会釈をしてから席を立とうとした。
コクピット内のソファーから立ちヨタヨタと立ち上がると、急に目の前が暗くなって行くのを感じた。
この非日常的な環境と、それが与える極度の緊張感に長く居すぎたせいで、今更になって付けが回ってきたのだろう。俺は少しばかり立ち上がると、急に力が抜け、そのままの勢いでまたでソファーに座り込んでしまった。
そんな俺の姿を見て、技術者が心配そうに俺を見つめて言った。
「大丈夫ですか? 手を貸しましょうか?」
「ええ、すみません。少し立ち眩みがしたもので」
その後、技術者に担がれる様にして外へと出た俺は、数十分ぶりに自分の足で地面に立った。
少し懐かしい感覚だ。
未だにフラフラと覚束無い足の膝は、面白い程に笑っていた。全てが終わった今ですら、その実感がまるで無いかの様で……。
「本当に大丈夫ですか? 保健室へ案内した方が良いのでは?」
「問題無いです。直治まりますから……」
「何かあったら言ってくださいね、係りの者が対応しますから」
その一言を言い終えた後、技術者は演習施設の奥へと姿を消していった。演習施設の奥には乱雑に置かれた機器がある。その機器の脇にはモニターやら複数のスイッチが付いた配列板やらが置かれてあり、今回の徴兵が如何に緊急であったかが良くわかる。
俺がコクピットの脇で膝を抱えて立ち竦んでいると、脇から聞いた事のある声が聞こえてきた。
その声は良く聞いた事のある物のどうにも相手の顔が浮かんでこなかった。
ぎこちない関西弁に混ざり話相手は弱々しく敬語を使っている。そして、コクピットの脇から出てきた彼らは俺の姿を見つけると、軽く手を翳し俺の方へと挨拶をした。
「おったで〜、あんさんが大将やろ?」
「大将じゃわからないですって? 川辺さん」
全くもって事態を飲み込めない俺は、二人の姿を見て目を丸くした。が、特徴的な関西弁は今まで飛んでいた俺の意識を呼び覚ます結果となった。
――あぁ、こいつ四号機のパイロットだ……。という事は隣に居る若干丸いメガネを掛けている奴が例の三号機のパイロットって事になるのか?
多分そうなのだろう、彼らが俺らと一緒に戦った、短い時間の戦友! そんな彼らは今少し揉めていた。
「駄目ですよ、先に自己紹介しなきゃ! 自分から先に名乗らないといけないって親に教わらなかったんですか?」
「そない言うんやったら、あんさんから名乗ったらええやないか」
少し、の間が流れた。そして、丸いメガネを掛けた小柄の男性は俺の方を振り向くと少しばかり頭を下げて言った。
「僕の名前は萩原晃助です。今回は度々迷惑を掛けてすみませんでした」
それは、気持の良い程の挨拶で。口調も弱々しいながらも歯切れが良くとても聞きやすかった。が、ここまでの挨拶が必要なのかと言えば少し疑問ではある……。
「えっと、俺は正道進一です。萩原さんは三号機を操縦していた人ですよね」
「……本当にすみません、足を引っ張って……」
「そんな事ないよ、今回は君の力がなければあそこまで戦う事ができなかったんだから」
「あんさんは良くやった、今回の働きには本当に感謝しとるんよ。皆」
「紹介が、遅くなったな。ワイの名前は川辺や、宜しくな」
川辺という陽気な関西人が名前を名乗った事で一通りの自己紹介は終了した。それと同時に、演習施設のドアが開いた。一同一斉にドアへと視線を移すと、その先には自衛官の姿があった。
ここは大規模実験施設だと言うのに、今だ迷彩服を着たままの彼らは、一目で自衛官である事がわかる。
そして、ある程度俺達の居る所へ近づいて来ると、俺の方を向いて大きな声で言った。
「諸君お疲れ様、私は榊准尉だ。君達の戦いは見せてもらった」
その顔を忘れるはずもない。その声も。間違え無い、今朝大学宿舎の玄関まで俺を迎えに来た自衛官だ!
「私見だが、諸君は良く戦ったと思う、圧倒的劣性を物ともせず勇敢に戦った。その事は上にちゃんと報告しておこう」
「なんやと、もともと無茶な組み合わせ、せんかったら良かったんやろーが」
「落ち着け、川辺。ここで問題起こしても何の利益も無いぞ」
俺の言葉を聞いて、川辺は軽く舌打ちをした。
「さて、話が御済の様で。諸君には試験結果が出るまでの間別室で待機してもらう事になっている。係りの者が案内するので付いて行くように」
その後案内された部屋は無駄に広く、ホテルの一室といった具合にベッドが二つ並べてあった。本来ならこの部屋で陰気な黒フードの二号機パイロットと一緒に待機する羽目になったのだろうが。当の本人はと言うと、試験不参加という事で早々に駐屯地送りだそうだ。
それにしても広い、そして何もやる事が無い……。試験結果っていつ発表されるんだよー。