壇上の二人-2
暫くして、檀上から足音がした。鳴り方からして一人ではない、複数の足音だ。だからといって大人数でもない、何と言うか少人数、多分二人だ。
足音が徐々に大きくなっていく。
案の定姿を現した二人の足音は特徴的で、地を蹴って音を響かせる皮靴に変わり、ペタペタと惚気た音を出しながらサンダルが後を着けて行く。
そして、足音に皆も気がついたのだろう。今まで周辺から聞こえてきた話声は一斉に止み、一点から聞こえてくる足音を直視していた。
その集約された視線の先に姿を現したのは、皺一つ無い軍服を華麗に靡かせながら、颯爽と姿を現した褐色の肌の軍人だ。その後を小柄の男性が付いてくる、サンダルの弱々しい足音はこの人のものだったのだろう。ボサボサした天然パーマに皺くちゃな白衣を靡かせながら軍人の後ろに構えて止まった。
皆、両極端に構える二人を息を飲んで見守っていた。
きっと彼らが、俺達を施設へ運んだ経緯を詳しく説明してくれるのだろう……。
「諸君、おはよう。初めましてと言うべきか。私の名前はマーキス! マーキス中将だ」
気が付けば褐色の肌の軍人は、演台に設けられているマイクを手に取り、高々と自分の名前を呼びあげた。
その声たるや、マイクを前にしても手加減する気配を見せない大きな声のせいで、俺は自分の耳を慌てて両手で塞ぐ羽目になった。
「マーキス、マイクを使ってるんだ、そんなに強い口調にしたくても良いと思うんだがね」
「ああ、すまない」
「見てみろ、君が大声を上げるものだから、対反の学生は顔を顰めてるじゃないか」
後で構える白衣の男性に半ば怒られながらマーキスという男はまたマイクを手にとった。
マーキス中将が多分アメリカの御偉いさんなのだろう、大声で披露した悠長な日本語のトーンを少しばかり落とすと、また喋り始めた。
先程あった出来事に詫びを入れる二人、それ程若くはない。二人の年齢は大体五十代といった所。小柄な科学者風の男性なんか髪の毛の半分以上が白髪にやられているじゃないか。
「さて、ようこそメルトダウンへ。まず初めに言っておく、ここは軍の最重要機密施設だ、君達がいくら外で口外しようとも全てかき消される――」
さて、どうして俺みたいな一般学生が、こんな軍の秘密施設に案内されたのか、俺の心の不安は募るばかりだ。
「諸君は日本国家に売られ、ココに運ばれて来た事を肝に銘じてもらいたい」
トーンを落としたせいか、先ほどより聞きやすくなった、マーキスの断定口調がヒシヒシと突き刺さってくる。俺達の動揺を誘っているとしか思えない一言でさえ顔色一つ変えずに言い退けた。
「この国は腐敗しきっている。国会なき国家に、汚職を何とも思わない政治家達。我が崇高なる国家が資金を投じればこの通り、つまり君達は自国に売られたのだよ」
ざわめき返るホール内の空気を感じ取っても直、マーキスの演説が止まる事はなかった。
「私を怨まないでくれよ、私を怨むのは御門違いも良い所! 恨むのならば自国の政治家達を怨みたまえ。金に目が眩んだ愚か者をな」
マーキスと名乗る軍人がい日本を罵倒していたとき、ホール内の何所かから、声が上がった。
結構大きな声だ。
「好き勝手言うな!」
当たり前と言えば、当たり前。
この状況下で今まで野次が出なかった事がおかしいくらいだ。武力による抑止力があるとは言え、それは時に儚く崩れさる事がある。人は常に自由に向かって走る生き物なのだから。
ただ、本心は違う……。
皆、銃器を構える兵隊達が少し騒いだだけで射撃をして来るとは誰一人思っていないのだ。
いやはや、平和ボケとは怖いものである。
「お前達がやっている事はれっきとした犯罪だ!」
「人権侵害って言葉を知らないのか!」
一度膨れ上がれば、決壊するダムの様に、少しの隙間から飛び出た野次は瞬く間に周りを巻き込み、気が付けば収拾がつかなくなっていた。
出入り口付近で慌てふためく兵隊達を余所に、檀上に立つマーキスは毅然とした態度で、事態の行く末を見守っていた。
暫く自衛官達が事態をどう収集付けるのか伺ったものの。深く溜息をついたマーキスは、自分の腰に腕を回した。
次に彼が、腰に回した腕を見せた時、ホールの天井を付く程にピンと張った手には、黒光りする何かが握られていた。
そして、徐に引き金を引くと、ホール内に雷鳴と見紛う程の轟音を轟かせた。続けざまに二発発砲した為に、轟音に驚いた学生達は、騒ぐのも忘れ、混乱のあまり、自分の座席周辺で放心状態になっていた。
「諸君は自分たちの置かれている立場を分っていない、理解していない。君達が日本国家に売られた時点で君達の命は我々
軍が管理する事になった、戦場で野垂れ死にたくなければ素直に耳を貸す事だ!」
拳銃を発砲してからというもの、誰一人としてマーキスの演説を遮ろうとする勇敢な戦士は出現しなくなった。
それを良い事にマーキスは淡々と日本人を罵倒した揚句、そのまま自分の演説は終わるのだという。
「さて、諸君が静かにしていてくれた御蔭で私から説明する事もこれで終わる事となった、これより先、施設の説明と具体
的に何をやってもらうのかは、高島が説明してくれるだろう」
そう言うと、マーキスは、今まで自分の後ろで微動だにしなかった、白衣の男性を演台へと向かい入れた。
「先程はマーキスが過ぎた事を言った、先に私からお詫びするとしよう。すまなかった」
白衣を着た科学者風の男は、マーキスに向かい入れられるがまま、演台に立つと、自分の声をマイクへと響かせた。丁度良い声量の聞き取りやすい声で、先程過ぎた行動を取ったマーキスに対する謝罪の為に、彼は深々と頭を下げている。
どうやらやっと真面な人間が顔を出して来たみたいだ。今まで張り詰めていた緊張の糸が少しばかり解れて来るのを感じた。
「さて君達はこの施設が何の施設かわかるかな?」
質問したいのは俺達の方だというのに、周辺を煽るような質問は返って逆効果になるのではないか? 俺の不安を余所に、今まで静かにしていた学生達がまた少しばかり騒ぎ始めた。マーキスが演台から離れ、後ろに下がった事も影響しているとは思うが。
「まあ、無理も無い話だね。先日決定したばかりの法案に無理矢理付き合わされて、秘密施設、答えを出せる学生を私は見てみたよ」
「おい、いい加減にしてくれないか?」
「そうよ、さっきからまるで核心に迫ってないじゃない」
科学者風の男は、少しばかり咳込むと、マーキス同様に自分の腰に腕を回した。先ほどの光景に多少なりともトラウマを覚えている学生達は一斉に静まりかえる。その中には銃声を恐れるあまりに、頭を抱え、しゃがみ込む学生の姿も見受けられた。
そして、高島が次に取り上げたのは、黒光りこそしていた物の、拳銃とは明らかに似て非なる物だ。それを自分の口付近まで近付けると、何やら吹き込んでいる様子。
唯、マイクの影響もあり、内容は丸聞こえなのだが……。
「あー、聞こえるかね? 私だ、例の物を動かすから準備をしてくれ」
何やら吹き込み終えた科学者風の男は、続いてマーキスへと支持を出していた
「マーキス、そいつから布を取り払ってくれないか? サイクロプスを動かすからね」
高島に言われるがままマーキスは、今まで檀上の隅っこに置かれていた超物へと近寄った、そして黒い布に手を掛けると、勢い良く布を取り払った。ヒラヒラと木の葉が地面に落ちるように空中を靡く布の合間から、超物の全貌が伺えた。
やがて黒い布は地面へと完全に落ちきると、ホール内のざわめきは一層高まり、その光景を檀上の高島は満足げな笑みを浮かべ見守っていた。
周りが声を上げて驚くのも無理もない。布が落ちた事で俺の目の前に現れた置物は人の形をしていたのだから。不気味な風貌を漂わせ、立ち竦む人型に、皆、幾許かの恐れを感じているのだから。
それに、拳銃の発砲事件の後では無理もない話だ。
俺達を睨みつける様に立つ人型を使って高島はこれから何かをするのだろう。
銀色に輝く骨組だけのスカスカなボディーに無数のゴム製チューブを何本も張り巡らせて作られた人型、頭部には透き通った緑色の大きなレンズが一つだけつけられていた。人とは大きく掛け離れた頭、まさに高島の言った「サイクロプス」という言葉が相応しいだろう。