徴兵開始!−2
そして上官と部下の会話を眺めながら、横目で刳り貫かれたお隣さんの家を確認する。
確かこの部屋には女性が住んでいたはずだ、日陰暮らしの俺に面識が有る訳ではないが、大学で少し見かけた事がある、だから俺は覚えている。
俺のお隣さんは確か女性のはずだ
やはり女性には今回の徴兵令は堪えたのだろう、昨日の夜はどんな思いで過ごしていたのだろうか?
色々な思いが俺の頭の中を過ぎ去って行く……。
半ば護送される囚人の様な俺へ、上官が話しかけてきた。
「時に正道、家族への連絡は済ましてあるかね?」
土壇場で変な事を聞くものだと思いながら俺はその質問へと返事を返した。
「ええ一応、昨日の夜に連絡は済ましてありますが……何か?」
こういう不足の場面では親の方がアタフタするもので、昨日の夜だって夢遊ライフを楽しんでいた俺を電話で起こしてくれたんだ。
そして、電話に出た途端に質問の嵐。気がつけば音信普通、俺が質問したいっちゅうねん。
「まあこんな事を言うのもアレですが。一度戦争が起きれば前線に出ている兵士の身の安全は保障されませんからな。連絡は出来る時に済ませておかないと」
「戦争するんですか?」
上官の不意な言葉へ自然と返していた。
それに驚いているのは俺だけじゃない、上官の隣にいる部下も同じく目を丸くしていた。
「うむ、失礼。それも一つの可能性だという話だ」
「脅かさないでくださいよー」
部下が溜息交じりに呟いた。
俺も少し胸を撫で下ろしていた。だが先ほどの言葉はやはり引っかかる、こんな場面で可能性の話をするなんて。
それに可能性も確立の問題になってくる、この状況で話をするという事はやはり確立は高いのだろうか?
正直戦争なんてあまり考えたくない。
俺の日常なんて、ネットゲームをやって飯食って、好きなロボアニメが見れればそれで十分だったのに。いきなり徴兵、更に戦争なんて事になったら絶望だ……。
宿舎を少し出た道路には一台のバスが待機していた。
そのバスを取り囲むように無数の装甲車が駐車している。
そして、俺はというと自衛官に誘導されるがまま今バスの乗車口に居た。
中を覗いて唖然とした。結構知っている顔も居る中、女性の姿も確認する事ができたからだ。
やはり今回の徴兵令には特別な何かがあるんじゃないのか? 戦場で女性がどれほど活躍できるっていうんだ。
グチャグチャの思考でこの先の事を考えていると、俺の後ろ、道路の方から先ほどの隊員の喋り声が聞こえて来た。
「ここでの徴兵活動は以上であります」
「うむ、ご苦労。お前は先に戻っていろ」
先程までおどけていた部下だというのに、ビシッと決まった敬礼を上官の前で見せていた。
その敬礼へ返すように上官も負けず劣らず綺麗な姿勢で敬礼をしていた。
上官は部下が装甲車へと乗り込むのを見送ると。バスの方へと小走りでやって来くるなり、バスに飛び乗ると。
まだ乗車口付近に俺が居るというのに、御構い無しといった具合に演説を開始した。
「私は航空自衛隊……。軍の榊生准尉だ、第一特殊部隊に所属している。今後縁のある者は度々面識が出てくるだろう。今回は君達の様な若きホープに出会えて光栄に思っている。この中から少しでも特殊部隊へ入隊する兵が出てくる事を祈るばかりだ」
急に始まった榊という自衛官の演説にみんな目を丸くしていた。
それに言っている事も少し変だ。俺たちはこのバスに乗っている時点で特殊部隊に入隊している事になっているんじゃないのか?
陸上自衛軍の召集のはずなのに航空自衛軍が関与してくるんだ……。いや今自衛隊と言ったか?全く謎だらけだ。
「おい、ちょっと待てよ。いきなり何吹いてやがんだ? 勝手に人の日程、目茶苦茶にしやがって。シャバであったらただじゃおかねーぞ」
榊の言葉を退ける様に座席奥からも下劣な叫びが飛んできた。見るからにヤンキーだ。あんな奴、俺の大学にいたのか?
そして、そんなヤンキーの発言を皮切りに四方八方から榊准尉目掛けてブーイングが飛び込んできた。
次第にコールは大きくなっていく。
「おい、帰れよ!」
「お願い、私を連れて行かないで」
「今日はデートの約束があったんだぞ、どうしてくれるんだ」
混沌としたバス内で今までじっと堪えていた榊が大きな声を張り上げた
「以上で私からの激励は仕舞いだ、諸君の検討を祈る」
その後榊はバスの運転手の肩に軽く手を置いてから一言
「私が降りたら扉を閉めてくれ」と言うと、何事も無かったかの様にバスを降りていった。
降りて行ったのは構わない。でもこの状況をどうしてくれるんだ? 一人座席にも座らずに榊の隣で唖然と立っていた俺はどうなる? まるで榊に媚を売っていたみたいじゃないか。
その証拠に他の学生の目が異様に痛い。
そんな俺へ追い討ちを掛ける様にバスの運転手が言った。
「きみ〜、早く座ってくれないと困るよ〜。先頭の車に置いてかれちゃうよー」
俺はバスの運転手に言われて慌てて席を探した。そして一番奥の方へ歩いて行くと適当な席を見つけて座った。
俺が座った直後、後ろの方で先程榊へと吹っかけたヤンキーの舌打ちが聞こえた。さらに冷たい視線が俺へと浴びせられ、俺は自分の座席で小さくなる事しかできなかった。
バスの運転手は俺が座ったのを確認してから喋り始めた
「施設までの道のりは二時間くらいを想定しています、途中パーキングエリアなどには立ち寄らないので悪しからず」
呑気な運転手の低い声がバス内を包み込み、やがてバスは走り出した。
道路は装甲車に占拠され、物々しい光景が当たり一面に広がっていた。
目的地を告げずに出発したバスは俺達の絶望を乗せ永遠とも思える運行を開始した。