自宅にて−3
「いやー大変な事になりましたね、古河さん」
「柳川さん、大変な事じゃないんですよ」
黒スーツの男性は古河と言うらしい、皺一つない黒のスーツにギラギラとした赤いネクタイが特徴的だった。多分このニュース番組が徴兵について重要な手掛かりを教えてくれるだろう。そう思うと気がつけば食い入る様にテレビの画面を見つめていた。
「いきなり徴兵制度だなんて日本政府は一体何を考えているのか。私には皆目見当もつきませんな」古賀は少し御立腹な様子で柳川へと話を返した。
「一説にはアメリカからの莫大な資金援助があったという情報が入ってきていますが、それについて何か心当たりはありませんか?」
アナウンサー柳川はフランク姿勢ですらっと質問した。
「ええ伺っていますとも、私の長い軍事ジャーナリスト人生でもこういった事は初めてですよ。アメリカの財政だって相当厳しいはずなのに」
柳川キャスターが古賀の苛立ちを悟ったのだろう。場の空気を必至に伺っていた。
多分この男にとって軍事ジャーナリストとしてのプライドを傷付けられた事が相当応えているのだろう。それとも不足の事態を予測できなかった事で自分が許せなくなっているのか……。
そんな古賀の姿を見て柳川がそっと言った
「古賀さん、少し話を変えましょう」
「ええ、いいですとも。私が答えられる事でしたら何でも」
ここら辺の場の空気を読む力がキャスターの力の見せ所という事か。
「では質問します、何故今になって自衛隊を軍へと変更したのでしょう? この徴兵制度の意味するものはなんだと思いますか?」
「それもただの徴兵制度では無いと言うですよね? なぜこれほどまで年齢の制限幅が広いのでしょうか?」
柳川キャスターのキラーパスが軍事ジャーナリスト古賀へと飛ばされた。そして古賀は軽く咳き込むと先程とは変わって別人の用に真剣な眼差しでテレビの先の視聴者へ訴え始めた。
「皆さん気になっているのは軍への昇格以上に徴兵制度に関してだと思いますので、これを中心に話して行きましょう」
古賀はそう言って重い口を開くと、淡々と話しを進めて行った
「まず初めに、日本が、今まで、徴兵制度を採用しなかった事が不思議でなりませんでした。日本は世界でも有数の軍事大
国に囲まれているというのに、自国を守るための防衛手段無いと言って良いのですから」
「それは、アメリカなどの軍事大国が後ろ盾していてくれたからではないのでしょうか?」
「ええ、表向きはそれで間違いないと思いますよ……」
椅子に座りながらテレビを見詰ていると俺の前方、玄関の方から物音が聞こえてきた。
人の足音とかそんなものじゃない、何かが落下する音だ。玄関の扉にはポストがあるはず、音からして何かが入れられたのだろうが、新聞の夕刊は取っていない、取っていたとしても時間が遅すぎる。
テレビの内容も気にはなるが、不審な配達物落下物の正体も気になっていた。テレビの音声なんて玄関まで聞こえてくるもんで、話の内容に耳をそばだたせながら玄関の方へと歩いて行く。
やがて玄関のポストに辿り着くと俺は不審な配達物の正体を確認する事にした。本来だったら宿舎に設けられている入口先のポスト群に配達されるはずなのに、今日に限っては直接玄関のポストへと配達されたのだ。
やがてポストを空けると、俺の足元に分厚い重量感が落ちてきた。
それは透明なビニールで包まれていたので、一目で赤い本だという事がわかった。
足元に落ちた本を徐に拾い上げる。
……本を持つ手が小刻みに震えていた。
そして、口が勝手に動く。
「自衛軍入隊案内」
気が付けば呟いていた。
リビングの方からテレビの会話が耳元へと伝わってくる。
「それも一つの可能性でしょう。まあ、世界への牽制、高まるアジア不審への抑止力といった所でしょう」
「では戦争は起こらないと考えですね?」
「ええ、私の意見ですが、それは考え難いと思っています」
アジア不審? 戦争? 俺はショックの余り玄関で硬直してしまった。そのために重要な会話を逃していたみたいだ。
アジア不審は聞いた事がある、大学の講義でやったぞ。原油の高騰で各国はエネルギーの確保に躍起になっているんだっけ。それは軍事力で大国を潰しても構わないという意気込みで、アジア圏の軍事力は急激に拡大しているとか……。
次第に手の震えは納まり、体温の抜けた冷たい手で、ビニール袋を破ると。赤紙の内容を確認する事にした。
赤紙とは言えないほどの分厚い本を手に持ち一ページずつ慎重に捲っていく。
最初のページには募集要項と書かれており。柳川キャスターの言った通りに対象年齢幅が広かった。