第七十三話 第五農村防衛戦線 上
優太と高橋もだいぶ仲良くなってきましたのでギャグ多めです。
追記 題名に「上」付けるの忘れてました。
あと場面の切り替えの書き方を変えました。
いつもの早朝ランニング。だんだんと夏に近づくにつれ気温の上がっていく街中を汗をかきながら走っていく。惑星という概念のないこの異世界においても、季節の移り変わりはあるらしい。
街を四つに区切る大きな十字路を北へと進んでいくと、空き家の目立つ過疎的な街並みが次第に賑わっていく。とはいえ時刻はまだ六時過ぎ、大通りには人っ子一人いない。と思っていると、突然後ろから馬車が駆け抜けていった。
たった一人の乗客を乗せた馬車は前方の協会広場で止まった。そしてその客を降ろすと、来た道を引き返し街の外へと駆けていく。広場に残された黒髪の女性は棒立ちのまま動かない。
「なんだあれ」
「隣町から朝帰りの酔っ払い?」
「の割には軸がしっかりしすぎだな。ていうかあの街ってそんなに酒場無いでしょ」
「あるよ。酒場っていうか飲み屋だけど」
「あの街ほんと現代的だよな」
答えの出ないまま距離は詰まっていく。だんだんと近づくにつれてその様相がはっきりしてくる。
凛とした雰囲気を纏う長い黒髪、素材本来の色合いのライトアーマー、そしてまさに疲労困憊といったような疲れ切った顔。
「ロイヤじゃん」
「えっなにあれ、あいつ寝てんの?」
そして俺たちも広場に到着する。どうやらロイヤは直立したまま寝ているようだ。夜遅くまで仕事で疲れていたのだろうか。それにしても姿勢すごいな。本来ならここからノータイムで引き返すのだが、さすがにこんな状態の知り合いを放っておくわけにもいかない。
「よっと」
同じ意見だったのか、高橋が魔法で『右手』を出す。白く大きな『右手』はまっすぐに立っているロイヤの体を横から掴み、浮かせる。が、
「魔王かよ」
「それな。けどまあこうすれば......」
「いや先ず『手』使うのやめない?」
「それな」
結局、強化魔法の俺が背負って家まで運ぶことにした。いくら早朝とはいえ、さすがに街中であの絵面は目立つ。
この前から装備を外して走るようにしていたため、シャツ越しに人肌の暖かさが伝わってくる。少し嬉しいような、懐かしいような。けどロイヤはしっかりと胸部装甲をつけているので割と痛い。多分これが高橋かシロだったら問題なかった。
しばらく街中を歩いていると、後ろからまさに寝起きといったような呻き声が聞こえた。
「......浮いてる......?」
「ん、起きた?」
「おはよーさん」
「ん、ああ......お前たちか」
言葉を発していくうちにだんだんと意識が覚めていき、そしてだんだんと熱がこもっていくようだ。
「......なあ、降ろしてくれんか」
「いいよ、まだ寝てて」
「疲れてたんだろ?お前、さっき立ったまま寝てたぞ」
遠慮がちに言うロイヤに対して俺と高橋は心から善意で言ってのけた。が、
「いやな、お前たちの厚意は素直に嬉しいのだがな、さすがにこの歳でこの格好は恥ずかしいというか」
あー、なるほど。......あれ?
「そもそもロイヤの歳っていく「さっさと降ろせ馬鹿!」
ガキーン!と、夏空に快音が鳴り響く。
言われた通り素直にロイヤを降ろし、俺はおおきく腫れあがったこぶをおそるおそる触る。
「あー......」
「おお、ギャグマンガみたいなたんこぶができてんぞ!」
「まったく。女性に年齢を訊くな」
やれやれ、といった仕草でロイヤはため息をつく。そしてほんの少しだけ申し訳なさそうに、礼を言った。
「いやそれはいいんだけどさ、普段からあんな感じなの?私らが触れても全然気づかなかったけど、もし変なおっさんとかに見つかったら結構やばくね?」
めずらしく高橋がかなり心配そうな表情で言った。確かに言われてみれば、あの状態で変質者にでも目をつけられたら、ちょっと危ない気がする。ていうか高橋が女子っぽい。なんか違和感。
しかしロイヤは少し顔を赤くしながら首を振る。
「あ、ああいや、いつもは朝帰りなんてしないぞ。ただ最近は少し忙しくてな」
「『寛大な森』か?」
「最近」という言葉に反応した高橋が間髪入れずにそう言った。
『寛大な森』―――大西陸の中央に位置する大きな森で、大陸から出てきた多くのエルフたちの故郷の地でもある。その中央には『世界樹』と呼ばれる一本の大樹があり、その木から溢れる魔力に惹かれ多くのモンスターが住み着いている危険極まりないかわりに資源に富んだ場所だとか。
「知っていたのか」
「この前の新聞に載ってた」
「しかし詳細は後日にだと。詳しくは知らね」
それを訊くと、ロイヤはふむと唸り腕を組む。そしてしばし考え込んだのち「隠すほどのことでもないか」と呟くと、俺たちに向き直る。
「あの森にいる、《ラウグル》という大鷲を知っているか?」
「めっちゃ強い鷲」
「すごいでかい鷲」
最近自分の語彙力に不安を感じる。
「そうだ。やつはもともと好戦的な性格だが、最近はその表れが特に顕著でな。それに感化されたモンスターたちの活動が激化、森の外にまで被害が及んでいる」
「へえ」
「なんで?」
「それを調べるのはこれからだ。が、その方法について今まさに議論中でな。全く意見が揃わん。会議の面子の大半はセントラルのやつらなのだが、どうにも連中には論争を好むきらいがある。まったく、なぜ身内同士で争うのか。ギルド協会所属ということを抜いても、普通に高レベル冒険者の器用で良いと思うんだがな」
「はい賛成よって可決」
「反対意見はなんて?」
「変に《ラウグル》を刺激しないほうがいいと言って様子見だと。ああ、あとは文化人らしく知識人の自分らが足を運ぶほうが平和的に解決するだろうという意見もちらほら。ハッ!セントラルの連中はまったくもって軟弱極まりない」
ロイヤはやれやれといった様子で肩をすくめる。セントラルは確かアドヴァンスの自治体組織だったか。ロイヤの言い分は少し偏見的な気もするが......二つの街の距離はそう遠くないが、街並みや自治体制はかなり違う。ここはいかにも異世界らしいが、あっちは現代日本と似通った点が多い。洗濯機などの電化製品の普及や、公園や図書館といった公共施設の設備、これほど生まれ育つ環境が違ければ価値観にも差は出るだろう。
ちなみに、この街は冒険者ギルドが様々な分野で台頭するからかそういった機関は存在しない。強いて言えば、ギルド協会が各ギルドとの架け橋を担っているため発言力は大きいだろう。そんな議論をする機会はないが。いや、俺が知らないだけかもしれないけど。
そんなふうに考え事に更けていると、突如周囲の世界が更新されたように感じた。体のあらゆる機能が再起動したかのようだ。自分の五感が鋭くなっていくような錯覚を受ける。いや、事実敏感になっている。先ほどまで毛ほども気にしなかった乾いた空気も妙に白々しい。
ハッと、物音一つ立てない二人に違和感を覚え意識が行くが、すぐさま背中に視線を感じ反射的に振り向く。しかし歩いてきた道がただ伸びているだけで視線の主らしき人影はなかった。
「どうかしたのか?」
不意に後ろから声をかけられ、思考が切り替わる。顔を戻すと、何の変哲もない二人の顔が見えた。先ほどまでと何ら変化のない、いたって普通の。何だったんだ?今のは......
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「って言ってたじゃん」
「言ってたね」
同業者たちの群衆に飲まれながら、俺と高橋は今朝訊いた話を思い返していた。場所は協会ロビー掲示板前。目的は当然、冒険者の日課であるクエスト探しだ。いささか不明慮なこともあるが、今はとりあえず仕事探しだ。
同年代よりちょっとだけ小さな体を駆使し前に出る。が、やはり人肌との密着は免れない。こういうとき、筋肉自慢の上裸中年たちが憎い。局所的に湿度が上がるため胸当て内の小さな空洞が蒸れるのだ。
やはりこの時間帯は混む。それでも地面が揺れない分通勤ラッシュよりかはマシだろう、などと考えている間に、だんだんと掲示板の下地が露わになっていく。
「それじゃね?」
そんな現状に全く左右されずに、マイペースを貫く高橋は、少し離れた場所で一枚のクエスト用紙を目で指し示す。クエスト内容は「近隣モンスターの撃退」、いたって普通のものだ。
そんな俺の心を読んでか、高橋はさらに催促をする。
「場所見てみ」
言われた通りに視線を移す。場所は......「第五農村 ウェル村」か。
「いやどこだよ」
「寛大な森のすぐ横だ」
純粋な本心から漏れた俺のツッコミに間髪入れずに応える。
「なんで知ってるの」
「もっとしっかり新聞読んどけ。もっとも被害の可能性が高い場所としてちゃんと載ってたぞ。まあそれはいいとして......」
そこまで言うと高橋はキョロキョロと首を回し、右手で小さく手招きをした。どうやらそう大きな声では言いたくないらしい。俺は普段以上に魔力を意識して体を強化し、多少強引になりながらもなんとかそばによって、互いの顔を近づける。
「これさ、もしかしたら逃げていったモンスターたちを追いかけて森に入るかもしれないじゃん?」
「撃退って書いてあるけど」
「サービスだサービス。顧客が求める以上の成果を残すのがプロってもんだろ」
「俺知ってるそれ余計なお世話って言うんだ」
「いいから!とりあえず森に入ると仮定するだろ?」
「えー」
「えーじゃない。イエスかはいで答えろ、OK!」
「それなんて答えればいいんですかね」
「そしたら《ラウグル》と遭遇するだろ?」
「んー」
「で、なんやかんやあって鎮めるだろ?」
「んー?」
「そしたら特別報酬として大金が貰えるだろ!」
「お前頭いいな」
「よっしゃ可決」