表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
非日常的日常(旧)  作者: 長男
71/85

第七十一話 後日談 中

日常回です

「なにそれ」

「今日から使える生活魔術」

「まあ、おまじないみたいなもんだ。とりあえず食べようぜ」

「そうだな。では」


「「いただきます」」


 食前の合掌を済ませ、俺は手に挟んでいた紙きれをポケットにしまう。一応これで魔術は成り立ったはずだ。これといった変化は感じないが、とりあえず食べよう。

 食卓には、とろみのある白いスープと付け合わせのパン、そして野菜と鶏肉のサラダが人数分並べられていた。フォークを手に取ったりパンを掴んだりと皆それぞれ好きなように食事を始めると、凹みの大きい皿によそわれたサラダに右手のフォークを突っ込んだクロが切り出した。

 


「今日はこのあと合否発表に行く。開始時刻はたしか十時だったから、九時半にはここを出よう。そのあと時間があれば近場のクエストに行こうと思う」

「了解ー」

「ですのー」


 俺も特に異論はない。ちぎったパンをスープにつけ、口に運んでから頷く。いつも通りの光景だ。

 しかし直後、俺は聞きなれない言葉を聞く。


「それと、一週間後に遠征をしようと思う」


 遠征。レベル2以降から受諾することが可能となる、常設クエスト。一度クエスト用紙を見たことがあるが、採取クエストのように納品物が記してあった。ただし、その種類と量が桁違いだった。やはり運ぶのは俺だろうか。俺だろうな。


「だいじょぶかー、目が死んでるぞー」

「だいじょばない」


「一週間後なのはなんで?」

「準備をするためだ。遠征クエストは私たちも未経験だからな」

「なにか買うの?」

「ああ、食料とか寝具とかな。必要なものは土日で揃えよう。そのためにこの五日間、稼げるだけ稼ぐぞ」

「ですの!」







 食事を終え、俺たちはギルド協会へと向かった。先に言っていたようにそのままクエストに行く可能性もあったのでいつもの装備も着込んでだ。ちなみに食前に行った生活魔術は何故か俺だけ失敗した。個人差があるのか、俺の感受性が鈍いのか、食後三人が驚いたり喜んだりと各々の反応をしている間、俺の魔力に変わった様子はなかった。

 それはさておき、ここは協会ロビー。ゆうに二十メートルはある長いカウンターを挟み、協会職員と冒険者が円を描くように佇んでいる。いつもは活気溢れ血気盛んな冒険者たちで賑わう場所だが、今はまるで時が止まったかのように静かだ。

 そして俺たちの視線の先で、一人の老人は大きく咳払いをする。


「オッホン。えーこれよりー、先日行われた昇格試験の合否発表を行うが、その前に皆に重大発表がある」


 開始の宣言と同時にさっそく進行が止まった。重大発表という予期せぬワードに周囲がざわつく。あちこちから様々な憶測が飛んできて断片的に耳に入るが、どれも推測の域を出ない。

 さざめきが次第に大きくなっていく中、自然に収まるまで待つつもりか、コトブキは表情を変えずにじっと黙っている。


「なあ聞いたかよ」


 例にもれず、右隣の涼が上半身を曲げるようにして耳打ちをしてくる。


「夏にでっけえ蝉が来るらしいぜ」


 違った例外だった。何の話だこれ。

 全くの予想外なセリフに思考がそのまま口から出る。


「蝉って、なに?どういうこと?」

「レッドが蝉のションベンの後始末するんだと」


 だから何の話だ。少しだけ冷静になった頭でもう一度尋ねようとしたところで、あのわざとらしい咳払いが聞こえた。再び視線がコトブキへと集まる。

 

「うん、実はじゃな、今回の試験の合格者は......」


 そこで言葉は止まる。背後の外野から、張り詰めた空気が漂ってくるのがわかる。なんで受験者たちよりもあいつらのほうが緊張してるんだ?。

 彼らに対してこちら側はずいぶんと冷めている。自分が落ちることを全く考えていないような、そんな余裕を感じる。

 外野組の反応を堪能し、ようやくそれまで厳かに沈黙していたコトブキが口を開く。


「なんと!全員じゃ!」


 一瞬の間を置き、ロビーは絶叫に包まれた。





「えーじゃあ、そろそろ再開するか」


 協会職員の奮闘もあり、しばらくして外野は大人しくなる。騒動の元凶であるコトブキは一瞬申し訳なさそうな顔でちらりと職員たちを見たが、すぐに真面目な調子を取り戻す。


「今回このような事態が起きたのは審判員の怠慢などではない。儂も全員分チェックしたし、それは確実じゃ。ただ単にお主らは強かった」


 そこで一度咳ばらいを入れ、


「レベル2になったことで、お主らが受注できるクエストの幅は大きく広がる。特に常設クエストは条件付きが多い。遠征クエストなんかがわかりやすいかの。その分危険も報酬も今まで以上に増えるじゃろう。今後の活躍も期待しているぞい」


 そこまで言うとコトブキはローブの懐から若葉色の筒を取り出した。


「それと今回も特典がある。レベル2はこの『和国の水筒』じゃな。これは空間魔術を組み込んだ水筒で、見かけ以上の容量を持っておる。しかし重量は一キロもない。大量の水を手軽に携帯できるという、いかにも遠征向きな優れものじゃ。重宝するんじゃぞい」


 「以上じゃ」と言ってコトブキは踵を返す。

 そして職員たちがあわただしく動き出した。いつの間に運んだのか、カウンターの向こうに積まれた五つの木箱から先ほどの水筒を次々に取り出し、受付へと並び声を張る。


「それではこれから特典の配布を行いまーす!こちらに二列で並んでくださーい!」

「一人一つずつでーす!ギルドカードの提示をお願いしまーす!」 


 合格者たちの中からせっかちな数人が飛び出し、それに続くように列が作られていく。

 俺も人波の流れに身を任せ適当な列へ入る。隣にいた涼も後ろに続き、同じ列に並んだ。ちなみに高橋はどっかに流された。


「全員ってすごいな」

「それな。しかも審判に勝ったやつ、俺ら以外にも何人かいるらしいぜ」

「へえ」


 顔を見てわかるわけではないが、なんとなく辺りを見回す。すると左前方にどっかで見たような金色の頭が見えた。やつは前を向いているので顔は見えないが、あのやけに主張の激しい服装と小さな背丈は確実にあいつだろう。


「あいつらかな。その俺たち以外のって」

「んー、確かに、あいつらは身内にレベル5がいるからな。練習には事欠かないだろうな」


 そういえばそうだった。


「けど高レベルの強さってのが今一実感できない」

「それな。俺らレベル4相手に勝ってるし。レッドも速攻で毒針に刺さるし」

『まあレベル=強さってわけじゃあないしの』


 突如新たな声が会話に割って入る。反射的に後ろを振り向くが、怪訝な表情の涼が視線を動かしていただけだった。


『こっちじゃよ、こっち。といってもわからんじゃろうけ「コトブキか?」


 すぐ耳元で聞こえる、からかう様な声を遮り、涼がピシャリと言った。出鼻をくじかれた声の主は見えなくてもわかるほど露骨に落ち込んだ様子で肯定する。しかし涼はまったく気にしない様子で冷静に返した。


「そんで、なんかようかい。わざわざ周りに聞こえないよう魔術なんて使ってよ」


 その言葉に違和感を感じつつも周囲を伺う。確かに、この喧騒のせいか誰も俺たちに気にかけてはいない。


『いやな、ちょっとした伝言を頼まれたんじゃが、一応儂これでもギルド長じゃし。あまり一冒険者と関わるのもあれっていうか、特別扱いみたいに見られるのも面倒じゃろ?』


 この世界にもそういう、賄賂とか不祥事とかの概念はあるのか。明確な政治勢力のないこの街ではそういった話は聞かないが、他の街や国ではそういう事例も少なくないのかもしれない。


「なるほど。それで伝言は?」

『ナツからな、部屋に来いとのことじゃ』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ