第六話 もう一歩
今回から改行を増やしました。
2019/1/1 一から書き直しました。
気が付くと、俺は白い部屋に立っていた。壁も、天井も、床も、ずべてが均一に白く、その境界は曖昧で、正直部屋であるかすらわからなかった。それでも俺が「部屋」だと思ったのは、おそらく数メートル先にソファとテーブルが見えたせいだろう。
隣にはセーラー服がいた。どうやら彼女も少し混乱していらしく、目は合わせずに、しばらく二人で首を傾げ合っていた。しかし一向に何かが起こる様子はなく、初めは様々な懸念や疑問で気にならなかったこの沈黙も、次第に居心地の悪いものになってくる。それはおそらく、彼女も同じだったのだろう。少し震えた声で、彼女は早口に言う。
「何だろうなこの状況」
俺はすぐには返事をせず、ちらりと目だけを横にやる。彼女は顔を見られたくないのか、腕組をしてそっぽを向いていた。おそらく、俺からの返事が来なかった場合、もともと会話を期待していない独り言として処理するためだろう。
とはいえ、一番良い結果は、今のこの空気を抜け出すことだ。そのためにも、俺は自然体を装って会話を続ける。
「普通に考えて、異世界?」
彼女の黒い髪が揺れる。
「......まあ、そうだよな......てか荷物、置いてきちゃったな、全部」
「あ、でも俺スマホ持ってる」
「あ、そういや私も持ってる」
俺も彼女も一旦話を切り上げ、ポケットの中からスマートフォンを取り出す。本来の目的であった、人と人とをつなぐ通信手段という概念を超え、音楽や動画の視聴や世界中の情報の取得など、その多岐にわたる能力を一つに持つその小さな板は、今や日常生活に必要不可欠なものとである。そんな現代の三種の神器は、この非現実で非日常的な空間においても変わらぬ存在感を持っていた、が。
「圏外......?」
「......私のもだ。向こうとは連絡取れそうにないな」
向こう、と言われてはっと後ろを振り返る。そこに「境目」はなかった。
「もう、戻れないのか」
「え?」
何気ない呟きだったがゆえに、その反応がやけに印象強く感じられ、思わず彼女の方に顔を向けてしまう。
「あー、いや、あんたらって、ちゃんと戻る気でいたの?って思って......」
「ああ、いや別に、そういうわけじゃないけど。ただ、『あ、あの門なくなってる』って......っていうか、お、キミも、戻る気はなかった感じ?」
「え、ああ、そうだな。色々あって、向こうに行きたかっただけだ」
再び沈黙が下りる。話題の切り替えの仕方が判らず、いったん間を置いた。
「名前、そういえば聞いてなかったよな」
ここでようやく、俺は彼女の顔と向かい合った。今までにも何度か視界に映りはしたが、こうしてはっきりと顔を合わせるのは初めてだった。ぶっきらぼうそうで無機質な、どこか兄に似た雰囲気だった。
「俺、池田優太」
「高橋、憩」
その直後のことだった。
辺りの空気が大きく震えた。そして飛行機に乗ったような耳鳴りがし、反射的に目を瞑り耳を抑えた。
しかしそれは一瞬のうちに過ぎ去り、おずおずと目を開けてみると、視覚的には何も変わっていなかった。が、なんというか、言うなれば、世界が一新された、ように感じた。
「へーい、お前らも来いよー」
声は前方から来た。
見ると、先ほどのソファに涼が膝をついて座り、背もたれ越しにこちらに手を振っていた。今さっきまで、声がするまで無人だった場所に、まるでずっとそこで俺たちを待っていたかのような仕草で。いつのまに?というか、さっきまでどこにいた?
一瞬疑問が浮かんだが、とりあえず身の危険はなさそうだし、置いておこう。
喧しく急かす涼の声を振り払うよう息を吐き、歩き出す。高橋も後からついてきたようだ。あまりに諧調のない白い地面に戸惑いつつも、数秒を経てソファへとたどり着き、そして気付く。透明のローテーブルを挟むように置かれた、同じタイプのソファに一人の女性が座っていた。
「こんにちは」
その女性の格好は、「境目」に至るまでに何度も目にしたような、けどそれらとはまるで違った雰囲気を纏った黒のパンツスーツ。短めの髪は、この室内よりも照り映えた、絹糸のような白に染まっている。彼女を彩るその色彩は両極端であったが、不思議なほどに馴染んで見えた。
「どうぞ、座って」
言われるがまま、涼の隣へと座る。続き、高橋が座ったため、俺が三人の真ん中となった。
「はじめまして。私は神様です」
真正面の彼女は、いたって普通にそう言った。神様――おそらく無宗教の一般家庭の出である俺には、「神様=宗教の一番すごい人」くらいの認識しかないが、漫画やアニメなどの知識によると、神様ってのはもっとこう、後光がぴかーってなってたり、なんかギリシャ的なワンピース(?)を着てるものじゃないのか。
「一口に神と言っても、個人差がありますから」
「神なのに個人差があるとかなかなかのパワーワード」
「ああ、じゃあ『じん』の表記は神にしましょう」
「いや話し言葉だとぜんぜんわからんって」
涼はさも当然のようにその言葉を受け入れ、さらには即興で冗談を返した。動じている様子は全くない。順応性が高すぎるだろこいつ。けど、そのおかげで、俺もだんだんと普段通りを取り戻せそうだ。とりあえず、ここは天国みたいなところかな。
「それで、俺たちは何でここに呼ばれたんだ、ですか」
「ええと、ざっくり言うとこれから君たちが行く世界についての説明ですね」
「説明?」
「ええ。前の二人は、向こうに行ってから何かある度に説明していたのだけれど。神様らしく、頭の中に啓示を語る形で。けど、君たちの場合は三人同時にですから、それならできるだけ自分たちで思索するようにと思い、最低限のことは事前に話そうかな、という感じです」
神様は、俺たちの関係を知らないのだろうか。彼女の口ぶりからすると、今後はこの三人で一緒に行動するように聞こえる。涼とは確かにそのつもりだったが、高橋は今日知り合ったばかりの、赤の他人だ。会話すらままならないのに、衣食住を共にするというのは流石に不自然だろう
とはいえ、すでに先人である兄とのつながりを持ち、さらには気心の置ける幼馴染がいるならともかく、女子で、しかも未成年で、しかもしかも俺並にコミュニケーション能力が乏しい上に親しみにくいぶっきらぼうな無表情がおそらくデフォルトの彼女に、たった一人で異世界で生きろというのも、たとえそれが本人の選んだ道だとしてもあまりにも酷だ。けどやっぱり、女子からしたら初対面の異性とずっと一緒っていうのは、ちょっと怖いよな......ここはやっぱり、この神様が高橋に着くのが一番無難な気もする。
しかし、俺がそのことを提案する前に、当の高橋が神様に尋ねた。
「向こうでの生活ってのは、どんなかんじなの」
「家や家具は日本と変わらないですね、電化製品はそれほど普及していないってこと以外は。それと、この世界では十五歳で大人と扱われるので、働かなくてはいけません。自分たちの生活費も、初めの一週間ほどの分は後でお渡ししますが、自分たちで稼いでもらう必要があります」
「マジかよ、思っていた以上にシビアだった。なんか、チート能力貰ってニート暮らし、とか夢見てたのに。まさかの中卒で社畜コース決まるとは思わなんだ」
それはさすがに極端すぎる。もう少しくらい夢見てもいいだろ。
「いえ、おそらくは三人とも「冒険者」になると思いますよ。もちろん、最終的な選択権は君たちにあるけれど、君たちが異世界で先ず出会う人たちは「冒険者ギルド協会」と呼ばれる組織の職員たち、あるいは現役の冒険者。前の二人がそうだったように、彼らと共に生きていくことになると思います」
ここに来てようやく異世界らしい、そして面白そうな言葉が出てきた。
「冒険者って言うのは、どんな職業何ですか」
「文字通り、冒険をする人たちです。向こうでは世界の大きさに対して総人口が少ないので、人の手が付いていない大自然がまだまだあります。そういった場所には、豊富な資源とともに凶暴なモンスターが住み着いているので、それらと闘える力を持った人たちが必要なのです」
「オラなんだかワクワクしてきたぞっ!」
「ああそうな」
「なあ、ちょっといいか」
投げやりだー、ぶーすか言う涼の抗議を抑えつけていると、涼とは逆の隣で高橋が小さく手を挙げた。
「そもそも、あんたらはなんであの門を造ったんだ?」
そういえば、確かに。俺も涼も、俺の兄からの誘いという理由をもってここまで来たが、そもそもあいつは何故異世界に行ったのか。そして何故、あの門は現れたのか。それを知らない。
自然と、この場の空気が沈んでいく。まるで俺たちの身体を押さえつけるかのように重さを持つ。そんな中、神様だけが今までと変わらぬ表情で語り始める。
「十五年前に、世界的にも大きな遠征がありました。今現在人が住んでいる一番東の国より、さらに東の新大陸への。それには多くの冒険者と王国騎士が参加し、誰しもがそれの成功を疑うことはありませんでした。けれど、数千人から成る遠征隊のうち、生還したのはたったの一人でした。その方も、一人だけ生き残ったという認識が精神面での傷となり、今では世間から離れたとある小島に閉じこもっています。それからというもの、冒険者業界は衰退の一途をたどることに」
「それからというもの、騎士団という軍事力を大きく失った「王国」では、それをきっかけに、それまでの格差社会によって生まれた不満が遂に臨界を越え、たった一夜の革命にて滅びました。また冒険者業界でも、名のある冒険者たちを多く失っただけでなく、常に危険と隣り合わせと言う認識がよりいっそう強まり、新たに冒険者になろうとする人々の数が右肩下がりの不況に陥りました。このままではまずいと考えた現ギルド協会会長は、世界全体が持っていた負の大勢を一新するため、起爆剤となりうる人材を別の世界から呼び込もうとしました。それが、あの門です」
「ようは求人です」と彼女はあっさりと言うが、なんだか、思っていた以上に重い事情があった。たった一度の遠征で数千人規模の人が死に、その余波で国も一つ滅んだ。一介の男子中学生卒高校生未満には、到底覆すことのできない損失だろう。
だが、それはそれとして、正直計り知れないという気もちもある。いくら多くの人が死んだと聞いても、それはあくまでも他人の話で、過去の話だ。戦争がいけないことだと判っていても、今もなおどこかで起こっているものを止めようとは思わない。世界には貧困に苦しむ子供たちが居ると知ってはいても、彼らを助けるために何かをしようとは思わない。そこにあるのは、「かわいそうだ」という、ただの感想だ。一時の感情が生まれ、そしてすぐに消えていく。
つまり、実感がわかない。
「なんで俺たちなんですか」
なので、率直に思いついたことを訊いてみた。
「それは、何故君たちの世界が選ばれたのか、ですか?それとも、他の人たちが来れず君たちが来れたか、ですか?」
どうやら「世界」というのは思っているよりたくさんあるらしい。
「じゃあ、どちらもで」
「では先ず、何故君たちの世界が選ばれたのか。これは、門が建設される以前から人の行き来があったからですね。いや、行き来と言うより、一方的に漂流すると言って方が良いでしょう。君たちの世界は、他の世界に比べ最も完成に近いと言われていますが、それゆえに隙間が多くあります。ああ、これではわかりづらいですね。ええと、私たちや、他のほとんどの世界では、その細部の設定を曖昧に強引に創り上げられているのに対して、君たちの世界は極限まで理論で構成されているのです。普通は「宇宙」なんていう、人々の生活圏のはるか外の設定なんてしませんよ。どの世界も、朝と夜が来ることに理論的な理由なんてないですよ。ただ人類が生きていくうえで必要だったから、そうあれかしと創っただけです。普通そうですよ?」
「すみません、話がそれましたね。それで、理詰めというのは必ずしもいいこととは限らないんです。あくまでも根拠ありしの設定のちうのは、どこかで限界を迎えるんです。といっても、それはとてつもなく小さな歪みですが。しかし塵が積もれば山となる、というように、その歪みが様々な要因で重なった時、それは大きな隙間となり、人の存在すらも零れ落ちてしまうことがあります。そして世界から落ちた存在は、幾重もの次元を超えて、別の世界へと辿り着くのです」
「それがいつからかなのかは私には解りませんが、それが君たちの世界とこの世界とで起こっていたのです。結果日本国とは、その文化を多大に受け継いだ都市ができるほどにまで、深く関りを持つようになりました」
「そっちじゃあ異世界って、普通?なのか」
「多少の地域差はあるけれど、概ねそうですね。とはいえこちらから迎えるというのは初めての出来事だったので、前の二人の時はいろいろなごたごたがありましたよ」
ああ、あいつなら前例があろうとなかろうとなにかしらしでかしてるだろう。あのクールなのか馬鹿なのかよくわからない兄なら。
「それで、次は君たちを選んだ理由ですね。まず第一に、この世界にとってプラスになりうる人かどうか、です。何故かは知りませんが、日本と言う国では異世界と言えば異性との出会いを求める場所だという認識が多く、その目的のために来ようとする人が多かったので、そういう人たちはお断りさせていただきました」
ああ、うん、いるな、そういう人たち。だって日本だもの。
「第二に、闘えるかどうか。これは別に肉体的な強さの話ではなくて、精神面でのことです。この世界には「魔法」と呼ばれる、神様の力の残滓とも言えるものが人それぞれにあり、それを駆使してモンスターたちと戦うのが普通です。そのため比較的簡単に成長できる戦闘能力ではなく、どんな状況でもあきらめず闘えるメンタルが重要になんです。君たちにはその力がある、あるいはその素質があると思えたまじた」
「「思えた」なのか...」
「未来予知とかじゃあなく?ただの感想として?」
「ええ。つまり私の個人的な、あいや、個神的な好みみたいなものです」
なんか、けっこう気分屋なのかな、この人......とりあえず、ラッキー。
「他にも色々ありましたけど、ここで話せるのはこんなところですか。では、ここまでで何か質問はありますか?」
「はい俺」
涼が手を挙げ、自分で指名する。なんなのこいつ。
「魔法が、神様のうんたらのってやつ、あれなんすかね」
「ええと、さっき話した、この世界が曖昧だっていうのは覚えてます?」
「あーと、俺らの世界が理論派でー、ってやつ?」
「ええ。この世界は、大きな現象群を――例えば、朝と夜が廻り、季節が廻り、といったような――そういった目に見えてわかる現実などから先に想定して創られたため、それらの基盤となる細かい設定――朝昼夜や四季が訪れるのは、地球が「惑星」であり、「太陽」の周りを公転しながら自転するから――というようなことがないんです。理屈や理論を飛ばして、生活に必要な現象だけを創ったんです。もちろん、すべてがそうというわけではありませんが」
「とはいえ物事が起こるには原因が必要です。なので神様は世界を創った後、自分の力をそこに残したんです。世界が正常に廻るよう、なんにでもなれる万能の力を。ほら、風車を立てただけじゃ羽根は回らないでしょう?それを回すためには風力が必要です。「世界」も同様に、朝が来て昼が来て夜が来て、と設定を創るだけじゃなく、それを実行するための原動力が必要なんです。しかし人々は、その力が彼らの意志で利用できることに気付きました。彼らはその力を「魔力」と呼び、これを用いて「魔法」を使うようになりました」
それから彼女は、魔法に関しては後で別の人から説明があるだろう、と付け足す。
正直、つまりどういうことだってばよ状態だが、隣の涼は納得しているようなので、必要になればこいつに聞けばいいだろう。
「じゃあ他には...」
「あ、もいっこいいか」
今度は高橋だ。
「言葉とかってのは、文字とかもさ、日本語?通じるの?」
そういえば、そうだな。それ大事だ。あれ、けど、この人とは今普通に会話で来ているよな。っていうことは......
「日本語ですね」
「マ?」
「マ、です。チョベリグです」
「チョベリグでは無いと思う」
思わずツッコんでしまったが、あれだな。本当に、スラング語とかにも対応できるくらいに、言葉が通じる。
「先ほど言ったように、この世界には日本から漂流した人たちが居ましたから、当然言語も世界に運ばれました。それはこの世界に独自の言語が生まれるよりも早く、結果日本語がそのまま流用されたのです。ああでも、大陸から離れた魔王国と呼ばれる島国と、他種族との交流を避けるエルフと呼ばれる種族の間では別の言語化使われています。まあある程度は魔術で補えますし、普通に生活する分には問題ないと思いますよ」
なんか、言語の歴史の説明だったが、途中出た魔王国とかエルフとかの方しか覚えていない。とりあえずエルフは置いといて、「魔王国」ってなんだ?魔王様が治める国ってことか?住民と目が合ったら戦闘が始まるような修羅の国なのか?
次々と偏った疑問が湧き上がり、俺は一度尋ねる前に自分の中でまとめようと目を瞑った。
が、それを神様は「質問もうない」という意思表示だと受け取ったのか、最後に締めくくるように両腕を大きく左右に開く。心無しか、俺たちには未知の力が彼女の周りで渦巻いているように感じられた。
「では、これより君たちをこの世界の住人とします。拒否権......は、あれをくぐってきた段階でありませんが、覚悟は良いですか?」
「あいよー」
「ああ」
出鼻をくじかれた俺は、間髪入れぬ二人に出遅れ、しまったの文字が頭に浮かぶ。だが、おそらく何もなくても、俺は二人に追い付けていなかった。それほどまでに、目の前の彼女が異様に思えた。二人は違うのか?この感覚、気にならないのか?
しかし、ここはそれを尋ねていい雰囲気ではない。真横の二人の顔は真正面に向けられているが、その視線は肌で感じられた。見られているという意識のせいか、俺は背筋を伸ばし、胸を張り、少し格好つけて言った。
「行こう」
前話でも言ったように世界設定などを説明するのにもう少しストーリーと絡めていきたいなと思いました。そのため主人公の質問はカットさせていただきました。いつかストーリーで説明が入ると思いますので、それまでお待ちください。