第五話 ジャンプ
長いです。頑張ってください。
11/23 短かったので、次話と統合しました。
2019/1/1 勉強の合間合間を使って一から書き直しました。けっかヒロインの名前が次話までに引き延ばされました。なので流れの都合上六話も同時に更新します。
「着きました」
東武さんの言葉と同時に体が右に傾く。船には初めて乗ったが、結構スピード出るんだな。
甲板で一人騒ぎ通していたに涼はすでに船と船乗り場をつなぐ金属板の上を渡っていた。続き俺も足を乗せてみると妙な浮遊感がしてちょっと面白かった。全員が船から降り終えると、船は再発し島の周りに沿って再び進み始めた。格納庫でもあるのだろう。
船が島の向こう側へと消えるのを見届けると、船乗り場から少し離れたところに伸びる車道に一台の車が到着した。
「ここからは車で移動していただきます」
「はーい」
促されるまま俺たちは車に乗り込む。二度目のドライブともなれば、だいぶ楽しみ方も分かってきた。俺は左座席の窓から顔を出し、絶え間なくぶつかってくる風を涼しみながら移り行く景色を楽しむ。たまに目にゴミが入ることもあるが、これがなかなか面白い。反対側の涼も、同じように窓の外へ顔を向けていた。珍しく、静かなまま。
◇ ◇ ◇
「こちらが、我々の所属する『境目担当省』です」
前方にはデパートほどの巨大な建造物が見える。建造物は大小二つの半球から成り、二つの一部が重なるようにして繋がっているようだ。壁はガラスのように半透明の物質で造られており、遠目ではある種の美術作品のようにも見えるだろう。
「でっけー!すげー!」
車内での静寂はどこにいったのやら、見上げるように背中を反らし、興奮した様子で感嘆の声を上げる涼の気持ちもわかる。俺たちも一応は都民であるが、住まいは端も端、数少ない都内の郊外住宅街だ。昔ながらの瓦屋根も珍しくない我らが故郷では、こんな近未来的な建造物などそうそう見ない。つまり、非日常的だ。
至る所に虚像のできる自動ドアを越えると、目の前には石とも金属とも判断のつかない綺麗なロビーが広がっていた。ここまで来るとさすがの俺も興奮が抑えられず、涼と一緒に首を忙しなく動かしながら、視界の端で目の前の背中を追っていた。目に入るどれもが目新しい。
しばらくして、床が一面カーペットのような暖かみのあるものになっており、横の幅も狭くなっていた。左右の壁には同じ間隔で扉が並んでおり、それぞれに三桁の番号が書かれたプレートが差し込まれていた。
そのうちの一つ、「114」と書かれた扉の前で、東武さんが振り向いた。
「お入りください」
東武さんはそう言って扉を開ける。俺たちは言われるがまま、やけに明るい室内へと入る。というより、先ほどの通路が暗かったのか。もともと室内には個性のない長机とパイプ椅子が規則正しく並んでいたが、そのギャップのせいでさらに事務的のようだと感じた。それにしても広いな、五十人は入るだろ。普段はいったい何に使っているんだ?
「お?」
「ん?」
涼が何かに気付き、その視線を辿って俺も気づく。
人がいた。部屋の一番後ろに、三人。うち二人は東武さんと同じくスーツ姿の成人女性。きっちりしている人と、ゆるふわって感じの人だ。こちらはすぐに想像がついた。職員だろう。距離はあったが、視線が交じり会釈する。どこもおかしなところはない。
気になったのはもう一人の方だ。
性別は他の二人と同じく女子。だが前の二人とは明らかに異質だった。
第一人にその恰好。セーラー服である。基調は白、紺の襟には白線が走っている。赤のネクタイは裾上まで垂れており、襟と同色のスカートは膝辺りまでしかない。いわゆる女子学生らしい格好だ。
だがその顔は、全体としては整ってはいるものの、あまり可愛らしい言う言葉にそぐわないものだった。ボーイッシュというやつではない。その清潔そうなくせのない真っすぐな黒髪からは、女性らしさを感じさせられる。そう、言うなれば中性的。俺はこの言葉に意味を初めて理解したのだと錯覚するくらいに、その言葉は彼女に似合っていた。
そんな彼女は、一番後ろの席にポツンと座っていた。向こうもちょうどこっちを見ていたようで、一瞬目が合った。が、すぐに視線をそらされる。あまり友好的な人ではないらしい。しかし気が合いそうな
「とりあえず座ろうぜ」
涼に促され、適当な近くのパイプ椅子に座る。
すると先ほどまで後ろにいたきりっとしたほうの女性職員がこちらに来る。手には真っ黒な中の見えないファイルを抱えており、その中から二つの紙束を取り出した。そして俺と涼に一つずつ配り、そのまま部屋の一番前へと出る。
「本日は、この『境目プロジェクト』にご参加いただき、誠にありがとうございます。ここでは、皆さまにただいまお配りした資料の方に書かれいているように、今プロジェクトの概要を説明させていただきます。そして説明が終わり次第、最後の契約の手続きをしていただきます」
そこから先は、いたって面白みのない事務的な説明だった。ここ最近何度か同じような場面に遭遇したが、やはり何度聞いても慣れないものだ。正直言って、どうでも良かった。彼女の言うところの「境目プロジェクト」とは、大雑把に言うと境目の向こうの世界に行って何かしらの記録を持って帰ってくるというものだった。しかし俺にとっては兄に会いに行くというだけで、その先に何をしようかなんて目的はなかった。こっちに戻って報酬を手に入れようが、向こうで兄と暮らそうが、とりあえず生きてさえいられるのなら、それ以外はなるようになれ、だ。
とはいえ、向こうは仕事として真摯に取り組んでいるのに、ただだらだらと聞き流すのはさすがに気が引ける。ちゃんと聞こう。
◇ ◇ ◇
「最後に質問などはありませんでしょうか?」
特に気にかかることがなかった俺は、その言葉を聞くと同時に上体を机に倒し身体を伸ばす。姿勢を崩したまま正面の事務的な掛け時計を見ると、ちょうど長針が一周していた。
「それでは、今からお配りする契約書にお名前のご記入と印鑑をお願いします」
そう言われ、一本のペンを渡される。手に持つと、身の詰まった果実のような重さを感じる。いわゆる万年筆というやつか。普段ノック式の百均ボールペンしか握らない俺には慣れない感覚だったが、漢字四つ間違えることなく、はみ出すことなく書けた。
印鑑は事前に言われていたのでちゃんと持ってきてある。もう今では俺しか使わなくなったため、リビングの箪笥から俺の勉強机の中へと移動していたものだ。ネット通販やデリバリーなどはあまり利用しないため、一応ケースに内蔵された朱肉に当ててから「印」と書かれた場所に押す。
「できました」
「あい俺も」
そう言って、女性職員にそれを手渡す。彼女は記入欄を確認し、それから頭を下げる。
「確かに承りました。ご協力、ありがとうございます」
改めて礼を言われ、一瞬ひるんでしまった。
その間に後ろの方からセーラー服の声がし、職員は改めて会釈をした後、そちらへと向かう。その後ろ姿を横目に、俺は隣で頬杖を突きながら落書きをしていた涼だけにきこえるようつぶやく。
「なんか、悪い気がしてきた」
視線を変えず、手を動かしたまま涼は乗ってきた。
「なにがよ」
「俺、兄にあった後のこと、何も考えてなかったけど、多分向こうに残ると思う」
「だろうね?」
「けどそれって、ここの人たちにとっては困ることだよな、って」
そう言いながら、俺は先ほど配られた説明資料に目を落とす。資料はちょうど契約内容についてのページを開いていた。ページの一番上には、この契約の大まかな概要として「物的あるいは情報的資料を持ち帰ってくること」と書かれていた。
ここでようやく涼は手を止め、視線をこちらにやる。
「確かにな。ぶっちゃけ、俺たちは私的な理由のためにこの契約を利用するだけだからな。つってもそれ以外に境目を越える手段はないし、報酬は後払いだから金的な損失も少ないし、そんなに気にせんでもいいべ。つか今までの挑戦者だって異世界行きたいだけだったろうし」
その言葉に、以前見た生放送の映像を思い出す。確かに、画面の向こうで列を成す人々は皆、隣人と笑いながら、あるいはスマホを片手間に自分の番を待ち並んでいた。とても、国のため世界のためなどと言う、仰々しい目的を掲げているようには思えない。
「そういうものか」
暗黙の了解と言うか、良くはないけど罰するほどのことでもない、的な。歩道のない車道を車が来ていないからといって横切るようなものだろうか。
「そーゆーもんだ」
そう断言して、涼は自分の作業に戻る。相変わらずさっぱりとした奴だ。いや、悩むこと自体は少ないくないが。外食の時なんかはメニュー決めるのほんと遅い。が、こういった真面目な話の時、俺が何か相談するときはいつだって素早く、迷いなく答えてくれる。ただ表面的に反射するのではなく、何が迷いの原因なのかを理解したうえで。
そんなこいつが言うのだから、間違ってはいないのだろう。俺は少し安心して、頬杖を突いた。
◇ ◇ ◇
それから数分後、俺たちは職員に連れられ部屋を後にした。どうやらセーラー服の彼女もサインしたらしい。まあ、ここまで来て帰る人のほうが少ないか。
だとしても、まずここに来ようと思う時点で珍しい。しかも一人で。しかもしかもセーラー服で。最後のは個人の趣味だとしても、普通、両親やら友人やらとの関係というやつは、そう簡単に切られるものではない。よな?......まあ、少なくとも他人が立ち入っていいようなものではないだろう。
俺たちが案内されたのは大きなドーム型の空間。壁も地面も天井も、帆の暗い色ばかりで彩られた空間だった。ガラス張りの外観とはうって変わってどこか閉鎖的な雰囲気ではあるが、不思議と綺麗だと感じた。これが機能美と言うやつか。けっこう嫌いじゃないかもしれない。
その鮮やかな灰色の空間の中心に、いかにも場違いだと言わんばかりに、それはあった。
石造りの門。正確に言えば、囲の部分と、その扉に当たる部分にある白濁した水面.....の、ようなもの。あれが、「境目」か。けど、前テレビで見たのには、ちゃんと木製の扉が付いていたような......
「ん」
その声の主は涼だった。思わず漏れたその小さな声に、俺も周囲の異変に気付かされる。周囲の職員たちの顔が、何かに驚いているように見えた。彼らの視線の向きは、あの「境目」に向いていた。
「ま、まさか......」
一番前で俺たちを先導していた女性職員が慌ててこちらに振り向き、「しばしお待ちを」と断ってから、室内のあちこちに指示を飛ばし始めた。
「本録画の準備!支給物資も急いで!足りなければよそから人呼んで!」
それまでの平坦な空気が一変し、職員たちが忙しなく動き始めた。初めは数人ほどの研究者らしき人達しかいなかった室内も、様々な通路から多くの人々が入り乱れ、今は喧噪で溢れかえっている。
俺たちも、境目付近の男性職員に声を掛けられ、急ぎ足でそちらに駆け寄った。
「これが今回あなた方に渡される物資です」
そう言った彼の隣には、大きな三つのリュックが置かれていた。実際に見たことはないが、たぶん登山家が使う様なやつだ。でかい。
まるでテレビのアナウンサーのようにすらすらと説明する彼によると、この中に入っているものは、写真や動画などを記録するためのカメラの類や、催涙スプレーなどの防犯グッズ、さらには一週間分の携帯食料なども入っているらしい。
それらの扱い方を一通り教わり、俺たちはいよいよ「境目」の前に立つ。前方三十センチほどの徒悪露では、水面のような白色の上で淡白な彩色が代わる代わる移動していた。
もう進んでいいのかとそれを眺めていると、今度は黒く武骨なベルトを腰に巻かれた。ベルトには、レンズのついた微細な機械が付属してあり、それは有線で周囲のPC群と繋がっていた。おそらく先ほどの荷物の中に入っているのとは別に、リアルタイムの映像や位置情報を記録するためのものだろう。
「なあ、なあ」
両腕を水平に上げ、職員らによるベルトの装着を待っていると、横から細い声を掛けられる。涼の声だった。
俺は全身を固めたまま返事をする。
「なに」
「これさ、どないしよ」
どないしよと言われても、どれのことだかわからない俺は首から上だけを左に曲げる。
涼と目が合った。珍しいことに、その顔は微妙に笑いながら引きつっていた。そして、涼の腕はちょうどひじから先が、眼前の濁った水面に埋まっていた。
「どないしよ」
二度目のどないしよで、そばの職員体も事に気付き始めた。ざわめきが伝播する。右隣では、セーラー服も眉間にしわを寄せしかめっ面をしている。どうでもいいが、初めてコイツの真顔以外の顔を見たな。いやそんなこと考えている場合か。
「え、なに、なんで?」
「いやなんか、ちょっと表面触ってみたら、ぐにゃ?ってなって、入り込んでって」
「あの、いや引っこ抜けないの?」
「無理ぽ。今もよ、けっこうがんばってふんばってんだけど、そろそろぉおおおお!?」
そう言い残し、涼は頭から「境目」へと突っ込んでいった。しばしの静寂が辺りを包む。そして、爆発のようなざわめきがやってくる。驚き、焦り、喜び。様々な感情が声となって大気を打つ。その喧噪の中、俺は残るもう一人と顔を合わせる。向こうも何をすればいいのかわからないといった風だった。冷静に考えれば、何もするべきではないのだろうが、この場の空気が、熱が、俺たちを急かした。
幸い行き場は目の前にあった。
俺とセーラー服は息を飲み、せーので飛び込んだ。
正直、異世界行った後では使わないだろう背景設定です。でも一応「境目」以外は現実の世界と同じだということを表現したくて書きました。けどもう少しスマートに書けれたらと思いました。