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俺を殺してお前も死ね  作者: 和達譲
『目で追う』
9/82

:第二話 秘密 2


午後。

1組の生徒に混じって給食を食べた俺は、昼休みが終わらない内に体育館へと赴いた。

午前中の3・4組に引き続き、5時限目は1・2組の合同体育となっている。


新年度初の体育では、全クラス共通してのレクリエーションを行った。

"ケイドロ"や"フルーツバスケット"、北海ならではの"大根抜き"など、伝承遊びに類されるゲームを中心としたものだ。



残念ながら、二度目となる今日からは通常の授業内容に戻る。

今週いっぱいは体力測定がメインで、来週はバスケットボールを予定している。


前にいた学校でも、バスケの授業は概ね好評だった。

インターハイをかじった経験が活きている、かは分からないが、子ども達にい影響を与えられたなら喜ばしい。




**


危険物の点検、備品室の整理。

義務というわけじゃなくとも、事前準備は欠かさずやる。


授業を滞りなく進めるため、何より、生徒が怪我をする可能性を減らすために。

そのためなら、自分の自由時間が犠牲になっても構わない。


昔は意識してやっていたルーティーンが、今や考える前に体が動く。



「───あ、やっぱりいた〜」


「佐山先生。お疲れ様です」


「お疲れ様〜。ほんといつも早いのね〜」


「暇だったんで」



程なくして、佐山さんが合流した。

佐山さんは女子の保健体育を担当する教師で、30代半ばの快活なお姉さんである。



「あっ!

もしかして、もう点検終わらせちゃった?」


「だいたいは」


「ンモ〜、分けてやろうって言ったのに〜。

せめてこっちは残しといてよ〜、一人で全部はさすがに大変よ〜」


「そう思ったんですけど、黙って待ってるのも、なんか……」


だった?」


「はい」


「言い訳ヘタクソかよ〜、気遣いすぎなんだよキミは〜」


「すいません。押し付けがましかったすかね」


「逆逆。助かるマジありがとう。後でコーヒー奢る」


「やったー。ありがとうございます」



体育館中央には、仕切りのネットが引かれている。


ネットを隔てたステージ側が男子、出入口側が女子。

それぞれに活動場所が別れ、活動場所の違いが、俺と佐山さんの領分の違いでもある。



「午後もよろしくお願いします」


「こちらこそ。張り切っていきましょー」



佐山さんとの閑談を切り上げ、ステージ上で待つこと数分。

いつもの制服から運動用のジャージに着替えた1・2組の生徒が、ぞろぞろと体育館に集まり始めた。



「(あれ……?)」



しかし、集まった生徒の中に、相良の姿はなかった。

まだチャイムは鳴っていないのでセーフだが、どうして相良だけが居ないのだろうか。


心配になった俺は、クラスの誰かに訳を聴いてみることにした。



「───柴田!ちょっと!」



ステージ脇で欠伸をしていた少年を呼び、こっちこっちと手招きする。

少年は首の骨を鳴らしながら、気怠げに歩み寄ってきた。



「なんすかー?」



鶏のトサカのように逆立った髪と、立ったまま寝こけそうな半目が特徴的な彼は、柴田しばた祥太郎しょうたろう

チームレギュラーと副キャプテンを兼任する、男子バスケ部の一員だ。


普段はだらしない言動の多い彼だが、いざ試合となると水を得た魚になる。

来週からは部活動だけでなく、体育の授業でも勇姿を拝めることだろう。



「1組の生徒って、ほぼほぼ揃ってるよな?

なんで相良だけいないんだ?」



今朝から顔色が悪かったのもあるし、もしかしたら本格的に体調を崩して、欠席せざるを得なくなったのかもしれない。

俺の予想に反して、柴田は平然と答えた。



「あー。

あいつなら別に大丈夫っすよ。いつものことなんで」



"いつものこと"。

遅刻癖、という意味だろうか。


でも相良には、前年無遅刻・無欠席の記録があったはず。

最初のレクリエーション授業だって、いの一番に整列し終えていたくらいだ。



「どういう意味だ?

今日がたまたまってわけじゃないのか?」



俺は更に言及した。

柴田は腕を組み、不思議そうに首を傾げた。



「なんか知んねーっすけど、いっつも教室で着替えないんすよ、あいつ。

俺らと一緒が嫌なのか、さあ準備するぞって時には、もうどっか消えてて。

で、気付いたらジャージになってて、普通に体育館来るんす」



相良は体育の授業(・・・・・)控える(・・・)と姿を消す。

どうやら、単に時間を守る守らないの話ではなさそうだ。



「教室じゃないとなると……。

あいつだけ更衣室で着替えてるってことか?

確か、男子の方の更衣室って、暖房効かないんだったよな?

そのせいで使用禁止になってるって、古賀先生から聞いたけど」


「んー。俺あんま相良と話さないんで、よく分かんないっすけど……。

とにかく大丈夫っすよ。どこいても、授業始まる前には必ず来るんで。

そのうち、ひょっこり出てきますって」


「……そうか。

手間かけたな、ありがとう」



今度は肩の骨を鳴らしながら、柴田は言った。

俺は尚も腑に落ちなかったが、柴田を解放してやった。




「(そういうもん(・・・・・・)ってことに、していいのか……?)」



西嶺中の生徒用更衣室は、校舎一階に男女別で設置されている。

ただし、使えるのは女子用のみ。

男子用は現在、全面使用不可となっている。


というのも、男子更衣室の暖房器具が、老朽化により壊れてしまったらしく。

復旧の目処がつくまでの間、男子は自分たちの教室で着替えをさせられるようになったそうだ。


ちなみに。

男子更衣室の暖房が壊れたのは、今から四年ほど前のこと。

四年もの長きに渡って設備不良を放置するなど、学校側の怠慢が過ぎるのではと俺は思ったけれど。

生徒からも特に不満の声が上がらなかったそうなので、双方とも関心の薄い問題なのかもしれない。



本当に問題なのは、何故そんなところで、相良は一人で着替えているかということだ。


気温の高い夏日ならともかく、まだ根雪の残る四月中旬。

少なくとも、俺が校内見学で訪れた際の男子更衣室は、冷凍庫並に寒かった。

そこで着替えなんて、服を脱いで裸になるだなんて、罰ゲームを通り越して拷問だ。


自分の下着や裸を、人に見られるのが恥ずかしいから?

三階の教室より、一階の更衣室の方が体育館に近いから?

いずれにせよ、あそこを拠点とするのは健康に悪い。

どうしても一人がいいというなら仕方ないが、せめて更衣室ではなく、暖房の届く部屋を選ぶよう言ってやらなければ。




「葵くん!」



俺は続いて、葵くんを呼び付けた。

相良を探しに行きたい旨を伝えると、葵くんは直ぐ了承してくれた。



「じゃあ、悪いけど……。

測定で使う道具とか、軽いやつだけ、先に配置しといてもらえるか?」


「配置……。はい」


「あ、なんか分かんないことある?」


「いえ。前にも生徒だけで準備したことあるんで、任せてください」


「ありがとう。

これ、備品室の鍵ね。あと頼んだ」


「はい。いってらっしゃい」


「授業始まるまでには戻るから!」



葵くんに備品室の鍵を渡し、駆け足で体育館を出る。


廊下に面した曲がり角に入ると、向かって手前にトイレ、奥に更衣室が男女別で並んでいる。

念のため男子トイレを先に調べてみたが、そこに相良の姿はなかった。


となると、やはり更衣室か。

もし更衣室にも居なかったら、二階の視聴覚室でも覗いてみるか。

あそこは滅多に使われないから、こそこそしたい奴には持ってこいの場所だし。


駄目で元々、有人か無人かを確認するだけのつもりで、次は男子更衣室のドアノブに手をかけた。




「(さむ……っ!)」



ドアを開けた瞬間、室内の冷気がふわっと頬を撫でていった。

反射的に眉を顰めた俺は、浅く息を吐きながら視線をずらした。

そして、自分の吐息の向こうに、何者かの人影を見つけた。


こちらに背を向けているので、顔は分からない。

だが、この線の細さと明るい茶髪は、彼の他にいない。


相良だ。

駄目で元々だったので、本当に更衣室に居るとは思わなかった。

ちょうど着替え中のようで、下は学校指定の灰色ジャージ、上は黒のタンクトップのみを身に付けている。



「さが────」



俺はとっさに相良の名前を呼ぼうとして、飲み込んだ。


タンクトップの肩口から伸びた、二本の棒きれ(・・・)

彼の両の腕に、赤紫の痣が散らばっていたのだ。



「なにしてんの、先生」



俺の気配に気付いた相良が、ゆっくりとこちらに振り返る。

死んだ魚のように虚ろな相良の目と、驚きに見開かれた俺の目とが交わる。


普段の朗らかな様子とはかけ離れた、怖気おぞけを感じさせるまでの無表情。

何かしらの激情を覚えたが故の、敢えて抑揚をつけないであろう声。


こんな相良は、初めてだ。

俺は一瞬で頭が真っ白になり、体ごと硬直してしまった。



「あ……、すまん。ノックもしないで。

お前だけ、どこにも、いなかったから───」



我に返ると同時に、俺は相良から顔を背けた。

本人にそう言われたわけじゃないが、なんとなく、見てはいけない気がした。



「だから様子を、見に、来たんだ」



相良の激情の正体は恐らく、怒りだ。

いくら同性とはいえ、断りなく着替えを覗かれたら、誰だって嫌に決まっている。


ただ、咎められはしなかった。

素早くTシャツを被り、上のジャージを羽織るまでの間、相良は一言も発しなかった。



最後にジャージのジッパーが上げられる。

ジジジと低い金属音が響き、俺も恐る恐ると顔を上げた。


いつの間にかこちらを向いていた相良は、口元にうっすらと笑みを浮かべていた。



「心配かけてすいません、先生。

これからは、もっと早くに、体育館に着くようにします」



そう言って相良は俺の前を通り過ぎ、何事もなかったように更衣室を出ていった。


相良の足音が遠ざかってから、俺は開けっ放しのドアに凭れ掛かった。

溜まっていた息を吐き出すと、情けなくも喉が震えた。



「び、びった……」



俺の不作法を咎めないどころか、心配をかけたと逆に詫びてきた。

優等生としては文句ナシ、百点満点の対応だ。


だが、あの目は。

言動こそ穏やかだったが、あの鋭い目付きは、もはや殺意すら湛えていた。

表情や声は取り繕えても、生理的な仕草までは御し切れなかったようだ。



"俺らと一緒が嫌なのか、さあ準備するぞって時には、もうどっか消えてて───。"



相良が人と着替えたがらない理由が分かった。

裸を見られるのが恥ずかしかったのではなく、痣を晒すのが耐えられなかったんだ。


両腕に散りばめられた赤紫。

自然に負う怪我とは明らかに違った。

なにか固くて重いもの、鈍器に等しいもので、ピンポイントに殴られたような跡だった。


彼は、虐待を受けているのか。

だから、氷のように冷たい部屋で、一人で。



「───いけね、」



5時限目開始を告げるチャイムが、無人の廊下に鳴り響く。

俺は慌てて立ち上がり、更衣室を後にした。



「(とんでもないものを、見てしまったかもしれない)」



葛西先生の推察は正しかった。

誰しもが認める優等生は、仮初めの姿。

相良の笑顔は、作り物だったんだ。


彼の身内にはきっと、俺の想像する以上に強烈な毒が潜んでいる。

その毒を炙り出すために、俺はまず何をすべきだろうか。



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