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俺を殺してお前も死ね  作者: 和達譲
『目で追う』
8/82

:第二話 秘密


4月14日。

西嶺中に赴任して、一週間が経った。

我ながら、いスタートを切れたのではと思う。


クラスの子たちの名前は全員残らず覚えたし、新任だからと遠慮されることも少なくなってきた。

今では一部の生徒から、"カナエ先生"というアダ名で呼ばれるようにもなった。


これで、例の彼(・・・)も大人しくいてくれたら、文句ナシなんだけど。

担任としての自覚が増すほど、責任の重さもまた実感する、今日この頃である。





***



「───相良くん!」



廊下で擦れ違った茶髪頭に声をかける。

気付いた茶髪頭は、一拍遅れてこちらに振り返った。


出席番号6番、相良楓。

我が3年1組において、二番目に優秀な学業成績を収める優等生であり、俺にとって最も注意すべき重要人物。



「なんですか?」



前髪から覗く大きな瞳と、キメの細かい白い肌は、思春期の男子にしては繊細すぎるほどに綺麗だ。

いくら成長途中とはいえ、ここまで霞を食って生きていそうなヤツは、相良の他にいない。



「さっき、ホームルームん時、ずっと机に突っ伏してたろ?

顔色も良くないし、どっか具合悪いんじゃないか?」



遡ること、今朝のホームルーム。

ほとんどの生徒が背筋を伸ばして座っていた中で、相良だけは机に伏せたままでいた。

出席確認の際には顔を上げてくれたが、心ここにあらずといった様子で、声にも表情にも覇気がなかった。


ホームルームが、あるいは俺がどうでもいいにしても、参加するフリすらしないのは流石におかしい。

もし体調が優れないのであれば、保健室に行かせるか早退を勧めようと、俺は考えていた。



「別に、なんでもないですよ。

ただ今朝は、ちょっと寝不足だったんで、ウトウトしちゃっただけです。

以後、気を付けまーす」



一方的に告げた相良は、俺の心配を振り解くように去っていった。

俺は相良の後ろ姿を見送りながら、またも煙に巻かれてしまったと、溜め息を吐くしかなかった。




「(特に何かした覚えはないんだけど……。

ひょっとして嫌われてる、俺?)」



西嶺中に赴任して、相良と出会って、今日で一週間。

贔屓ととられない範囲で、俺は相良の動向を窺ってきた。

一見すると完璧なまでの優等生だが、ふとした拍子にボロを出すかもと期待、いや警戒して。


そして現在。出た結論は一言。

わからない。

というか、どこも変じゃない。だった。



葛西先生があんな言い方をするものだから、つい偏った目で相良を見てしまうのだけど。

それにしても、一切の欠点が見当たらなかった。


頭脳明晰、スポーツ万能。

宿題は必ず期限を守って提出、テストは学年単位でも一桁台をキープ。

目上の相手に礼儀正しく、クラスメイトと分け隔てなく接し、自ら風紀を乱す真似は絶対にしない。

部活動には所属していないため、授業が終われば寄り道せずに帰宅する。


強いて欠点を上げるとするなら、あの髪型くらいのものだが、それも問題視はされていないらしい。

生活指導の古賀先生によると、髪型以外は真面目で優秀な生徒なので、成績を落とさないことを条件に特例で許しているのだそうだ。



まさに、絵に描いたようなスーパーキッズ。

教科書に載せていいレベルの品行方正っぷりだ。


あの笑顔の裏に、どれほどの二面性を隠しているか、なんて。

当初は疑ってしまったが、二面性など最初から持っていないのかもしれない。

密かに抱えていたとされる悩みも、葛西先生の知らぬ間に解消していた、とか。




「───カーナーエちゃん!」



教室の前で突っ立っていた俺に、背後から何者かが飛び付いてきた。

腹に腕を回され、ぎゅっと抱き締められる。


この甘ったるい声の正体は、俺の知る限り一人しかいない。



「こんなとこで、なーに電柱みたいになってんのぉー?教室入んないの?」


「次の時間、3組と4組が体育じゃん。

うちらはこれから数学だし」


「あ、そっか」



友達同士と同じテンションで絡んできたのは、うちのクラスの東野。

加えて、郷田ごうだ夕貴ゆうきという女生徒だった。

二人でつるむ場面が多いので、クラスでも仲のいペアと思われる。



「(妖怪め)」



郷田の方はスカート丈も短すぎず、髪型も子供らしいショートボブなので、派手な東野と比べると控えめな印象を受ける。


ただし、言動はほぼほぼ一緒。

整った顔立ちも双子のように似ていて、首筋からは揃ってベリー系の香りを漂わせている。


俺が中学生だった当時にも、香り付きの制汗スプレーをコロン代わりに使っていた女子がいた。

そのへんの文化は、未だに続いているようだ。



「いきなり飛び付いて来るなって、なんべん言えば分かるんだお前は。

怪我したらどうする」


「んじゃー、うちが怪我したら、カナエちゃんお嫁にもらってくれる?」


「だめ。俺は奥ゆかしい人が好きなの」



べたべたと纏わり付く東野が、上目遣いで見上げてくる。

俺は回された腕をそっと離して、東野から距離をとった。


フレンドリーに接してくれるのは嬉しいんだが、スキンシップが過ぎるのは勘弁してほしい。

今のご時世、かわいい子に懐かれたヤッター、なんて喜んではいられないからな。



「ひどーい、大事な生徒に向かってぇー。

そんなんだから彼女いないんだぁー」


「そんな怒んなって。

カナエちゃんも色々、立場ってもんがあるんだよ。ねえ?」



あしらわれたのが不満だったのか、東野はブーブーと文句を垂れた。

片や郷田は呆れた笑みを浮かべつつ、相良の消えた曲がり角をチラチラと気にしている。



「そういやカナエちゃん、相良くんと話、してたよね。

なに話したの?」



今度は郷田が尋ねてきた。

俺と相良のやり取りを、どこからか見ていたようだ。



「あー……、ちょっとな。

具合悪いんだったら保健室行くか、早退してもいいって伝えるつもりだったんだけど……。

言い終わる前に逃げられちゃったよ」


「あー。相良くん真っ白だもんね。

日焼け止めとか全然塗ってないのに、うちらより美白だし」



朗らかなキャラクターで知られる相良は、反面、不健康なイメージでも周知されているらしい。

今にもぶっ倒れそうな顔色がデフォルトのため、古賀先生や保健医からもよく世話を焼かれていると。


冗談めかしてはいるが、郷田自身もちょっと心配そうだ。



「なにカナエちゃん、あいつと仲いーの?」



相良の名前に反応した東野が、先程より強い力で俺の腕にしがみつく。



「なんだお前、相良のこと嫌いなの?

イケメンは正義とか言ってたくせに」


「確かに顔はんだけどさー。なんか感じ悪くない?あの人。

自分のことだけ正しいと思ってるみたいなさー。ノリも悪いし」



あひるのように唇を尖らせて、東野はぼやいた。

相良に対して、本当に好意を持っていないのだろう。

近寄りがたい存在として、敬遠している口ぶりだ。


片や郷田は"そうかな?"と首を傾げていて、二人の認識に差があることが窺える。



てっきり、誰からも好かれる人気者なのかと思いきや。

一人でも相良の悪口を言うヤツがいるとは、意外だ。


ましてや東野は、自他共に認める面食い女子。

相良みたいな美少年は、むしろ好みだろうと予想していたのに。



「まさか、東野がイケメンの悪口とはな。

さてはフラれたか?」


「そんなんじゃねーし!

うちが相良ヤな理由はもっと他の───」


「おい」



試しに鎌をかけてみると、東野は怒って俺の腕を叩いた。

だが肝心の、相良を苦手な理由については、明かされることはなかった。

ふと伸びてきた第三者・・・の手が、東野の頭を後ろから鷲掴みにしたのだ。



「お前、先生のこと困らせんなよ。

授業だってあんだから、さっさと解放してやれ」



葵くんだった。

死角から現れた彼は、ギャーギャーと嫌がる東野の後頭部を押さえ付けて、下へ下へと沈めてしまった。


その光景を郷田が指差して笑い、抵抗らしい抵抗ができない東野は"死ね"と叫んだ。

口汚い割には嬉しそうなので、葵くんに構われて満更じゃないらしい。

やっぱり面食いなんじゃないか、東野よ。



「先生、つぎ体育でしょう。

こんなヤツっといて、もう体育館行った方がいいですよ」



隙を見て体勢を立て直した東野が、葵くんに反撃のローキックを仕掛ける。

葵くんはノールックで躱してみせると、平静を崩さないまま俺に改めた。



「本当だ。

さすがに、これ以上は遊んでらんないな。

ありがとう、葵くん」



葵くんの指摘を受けて、自分の腕時計に視線を落とす。


確かに、そろそろ次の授業が始まる時間だ。

郷田の言っていた通り、次は3組と4組が体育なので、チャイムが鳴る前に体育館もちばへ向かわなければならない。




「東野ー。

委員長・・・に、あんまり迷惑かけるんじゃないぞ」


「こんなインチョー、いなくていーし!」


「また後でねー、カナエちゃん」



東野は葵くんに当て擦りながら返事をし、郷田は笑顔で手を振ってくれた。

新学級委員長こと葵くんは、東野完全無視で俺に頭を下げた。


そんな三人と別れて、俺は相良が消えたのと同じ方向へ歩きだした。



「(葵くんって、たまに目が笑ってないんだよな……)」



葵くんが間に入ってくれたおかげで、絡んでくる東野からやっと逃げられた。


にしても、彼はどこから、俺たちの会話を聞いていたのだろう。

相良の影あるところに現れるというか、まるで東野に相良の話をさせたくないかのような登場だった。



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