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俺を殺してお前も死ね  作者: 和達譲
『目が合う』
46/82

:第十一 束の間 5


午後3時。

ブレイクタイムを終えて暫くは、それぞれ自分の仕事に没頭した。


相良は寝室で宿題の片付け、俺はリビングでプリントの作成。

途中で相良が寝室から出てくることはなく、俺から相良の様子を見に行くこともしなかった。




「───ふぅ、今日はこんくらいにしとくかぁ。

ずっと明るいと時間わからんくなるなぁ」



そうして気付けば、時刻は5時を過ぎていた。


俺の仕事は区切りがついたが、相良のほうは相変わらず出てくる気配がない。

余裕のあるうちに、一気に片付けるつもりなのかもしれない。




「(急ぎのタスクは他にないし、相良の邪魔もできないし……。

ちっと早いけど、まあいいか)」



考えた末、俺は夕食の準備に取りかかることにした。


まずはご飯から。

プラスチック製の米びつについの計量カップを突っ込み、四合分の白米を掬って炊飯器の内釜に入れる。


食の細い相良にはもっと少量でも足りるかもしれないが、余った場合は冷凍保存するなりして、翌日以降に回してしまえばいいんだ。


というか、俺のメシを残すなんてことにはさせん。

中三男子に必要分のカロリーは、是が非でも摂取させてみせる。

むしろ足りないと言わしめるくらい、食の進むおかずを拵えてやる。


本日のメインはカレーライス。

ライスの名を冠するメニューを初手で持ってくるとは、我ながらナイスチョイスではなかろうか。




「(とはいえ腹壊してもイカンし、米は柔らかめに炊いてやるか)」



研いだ白米を炊飯器にセットし、続いておかずの準備。

カレーは副食二品分のボリュームと栄養があるので、あとは付け合わせにサラダでも作っときゃいいだろう。


冷蔵庫の野菜室から具材を取り出し、シンクの空きスペースに並べる。


先に調理するのはカレー。

下拵え一番目はタマネギ。

タマネギの頭と尻の部分を小さく削ぎ、皮を剥ぐ。

半分に切り分けた一片ずつを、更に細かく微塵切りにしていく。



すると、ズズズと引き摺るような音が聞こえてきた。

寝室の引き戸がひらかれる音だった。


振り返ると、相良が寝室前に立っていた。

ヘアゴムで前髪を一纏ひとまとめにした姿で、ぼんやりとこちらに視線を送っている。


宿題に集中するためとはいえ、ひたいまで露にさせた姿は、体育祭の時以来だ。

いつもより顔立ちがハッキリ見えるおかげで、本来の美少年っぷりが遺憾なく発揮されている。




「おー、冬眠明けの人。

お勤めは終わりましたんで?」


「はんぶんくらい……」



俺が声をかけると、相良はキッチンに近付いてきた。

一度も休憩を挟まなかったのか、歩調はのろのろと遅く、瞬きはもたもたと重そうだ。



「あんたは?

自分の仕事はもう済んだの?」


「まあな。

つっても、俺のは今日じゃなくても良かったやつだけど」


「それ言うなら、宿題もまだまだ余裕あるんだけどね」


「計画的でよろしい」



相良が俺の隣に並ぶ。

俺の視界に、俯いた相良の茶髪頭が見切れる。


前々から思っていたことだが、こいつ、地毛は普通に黒髪なんだもんな。

実はハーフとかクウォーターでも通る見た目をしているから、茶髪のほうが地毛なのではという気がしてくる。




「この頭は?落ち武者のコスプレ?」



相良の纏められた前髪を、爪先で弾いてやる。

相良は無言で睨み返してきたが、この出で立ちで凄まれても怖くなかった。



「落ち武者じゃねーし。

落ち武者って、てっぺんハゲてるやつじゃん。

おれまだハゲてない」


「知ってるよ。

ハゲるどころか、新しい毛が生えてきてる」



相良の黒くなり始めている旋毛つむじを、小指の腹で押してやる。

相良は一瞬びくりと固まってから、くすぐったそうに肩を竦めた。



「……髪、鬱陶しいなら切ればいいのに。

こんな風に結ぶんじゃなくてさ」



最後にうなじの毛を爪先で払い、俺は相良から手を離した。

相良も確認するように自分の髪に触れ、ぼそぼそと呟いた。



「別に、いんだよこれで。おれ短いの似合わないし。

それに、赤いほうが中学生ってバレにくいでしょ。絶対じゃあないけどさ」



そう言う相良の横顔に、僅かに影が落ちたのを、俺は見逃さなかった。



アルバイト先で、客から疑いの目を向けられないようにするため。

孝太郎さんからも伺っていた理由は、確かに筋が通っている。


ただ、それだけじゃなさそうな。

高校生に成りすますってのは、あくまで表向きの理由で、本当の理由は別にあるんじゃないかと、俺には思えてならなかった。


自分から言いたくないことなら、今は聞かないでおくけど。




「───で、こっから何すんの?野菜切るとっから?」



相良がおもむろに手を洗い始める。

もしかして、一緒に料理に興じてくれるつもりなのか。



「え、なに手伝ってくれんの?」


「うん。邪魔?」



相良が頷くと同時に、触角・・もとい前髪の束が、ぴょんぴょんと左右に揺れた。


そういやこいつ、中学生の割に家事が堪能なんだった。

定食屋で働いているのもあるし、下拵えくらいは十全にできるんだろう。




「邪魔じゃねーよ、ぜんぜん。人手多いほうが助かる」


「ん」


「じゃあ……。

こっちタマネギ炒めるから、ニンジンの皮剥いてバラしてくれる?」


「切り方は?」


「乱切りって分かる?」


「わかる」


「の、ちょい小さめで」


「わかった」



刻んだタマネギを鍋に移し、ニンジンの入った袋を相良に示す。

相良は短く返事をすると、右手首に巻いていたもう一つのヘアゴムに触れた。


何をするのかと思いきや、そのヘアゴムで項の毛も結ってしまった。

すべての髪を纏めた相良は、ポマードかワックスで撫でつけたような、オールバックのような髪型になった。




「ンぶッ、ふっ……」


「ちょっと、なに笑ってんの」



つい吹き出した俺に、相良は先程より露骨に凄んできた。


しかし、やっぱり迫力がなかった。

髪型が愉快なせいもあるが、顔が綺麗すぎるってのも損なもんだな。男として。



「いやなんか、魚みたいだと思って」


「魚?」



俺は"魚みたい"な部分を、小指で順に差していった。



「ほら、こっちの。ちょんまげが背鰭で、後ろの───、しっぽが尾鰭。

グフッ、試しにギョギョギョ~って言ってみてよ」


「言わねーし」



語気は強めでも、怒りは感じない。

俺の冗談を冗談として受け取ってくれている証拠だ。


相良は言動こそ辛辣だが、中身は意外と度量の大きいヤツだということを、俺は知っている。




「しゃーなし。ちゃっちゃとやっつけますか」


「ん」



俺は鍋にサラダ油を垂らし、コンロの火を点けた。

相良も短く返事をして、下拵えに取りかかった。


俺がタマネギを炒める音と、相良がピーラーでニンジンの皮を剥いていく音が重なる。

これだけでも相良の経験値が窺えたが、包丁で刻んでいく手際はもっと達者だった。



「おお~、うまいうまい。やっぱ手付きで分かるもんだなぁ。

日頃からマメにやってねーと、そんなスムーズにいかねーよ」


「こんくらい別に普通でしょ。

高い料───、亭?とかで見るような、飾り切り?とか、大根の桂剥き?みたいのとかは、全然できないし」


「それは俺もできねーよ。

や~、中坊男子でこんだけ出来りゃあ大したもんだ。

俺がお前くらいの頃なんか、比にならんくらい下手くそだったっけなぁ」


「あんたが料理に目覚めたのって、いつからなの?」


「あー、んとね、確か───」




隣にいる気配。

取りとめのない会話。


普段、一人で自炊する時には、何も感じないのに。

こうして誰かとキッチンに立つと、料理って楽しいものだったんだと、しみじみ思い出す。



「(ずっと、ここにいていいよ)」



相良と出会ってからというもの、俺は知らず知らずに学ばされることが多くなった。


一人の時間も大切だが、他人と触れ合ってこそ、生活・・人生・・になるんだろうとか。

自分では意識していなかっただけで、俺って実は寂しがりなのかもしれない、とか。



「(ずっと、ここにいてよ)」



もし、ここに相良がいなかったら。

一人でいるのが当たり前の、生活・・ばかりを続けていたら。


俺は、どんな顔になっていたのだろう。

なにが楽しくて悲しくて、なにを目的に生きていたのだろう。


想像さえ出来ないのが少し嬉しく、少し怖かった。




**


調理開始から約40分後。

市販のルーを鍋に加え、調味料で味を整えて、カレーは完成した。

サラダは片手間に作ってあるし、同時にご飯も炊けたので、あとは器に装って食うだけだ。


ただ、夕食にするには、まだ半端な時間ではある。

相良のアシストが完璧だったために、予定より早くに仕上がってしまったのだ。




「───一応、できたけど……。どうする?

早いけど、もう食うか?それか、もう少し待って、7時ぐらいからにするか?」



俺はどちらでも構わなかったので、相良の判断に委ねた。

相良は"うーん"と悩ましげに唸ってから、鍋の蓋を開けてカレーの匂いを嗅いだ。



「んー……。

そこまで腹減ってるわけじゃないけど……。

カレーの匂い嗅いだらなんか、食いたくなってきた、かも」



スパイスの香りで食欲が刺激されたとのこと。

食の細い相良が"食べたい"と言うのだから、きっと今がベストタイミングなんだろう。



「じゃあ、今にする?」


「でも……。

今食べたら後でおなか空きそうじゃない?」


「そうなったらなったで、また有り合わせでなんか作ってやるよ。

間食用のお菓子とかも色々買っといたし」


「ヴー……、うん」


「ではそのように」



完成したカレーライスとサラダを器に装い、冷やしておいた麦茶をコップにそそぎ、二人分のスプーンと箸をローテーブルに並べる。


ローテーブルの面積と、俺たちの体積の関係で、座る位置は端と端で向かい合わせになった。

正面からテレビを見られなくなったのは残念だが、背を向けるよりはマシだろう。




「準備いいか?」


「いい」


「よし。───いただきます」


「いただきまーす」



俺に続いて相良も発声する。

俺はスプーンの前にリモコンを手に取り、消していたテレビの電源を点け直した。




「食べないの?」



自分のスプーンでカレーのジャガイモをつつきながら、相良が上目がちに尋ねてくる。

俺はリモコンを操作しながら答えた。



「食うよー。でもちょっと待ってー。なんか適当なの入れるから」


「テレビ見ながらメシ食うの?」


「え、見ないのお前?バラエティとか」


「うん」



テレビ画面から一旦目を離して、俺は相良のほうに振り返った。

相良は頷いて、突いていたジャガイモを半分に割った。



「そもそも、テレビ自体をあんま見てない。

ニュースくらいは一応チェックするけど、それ以外はからっきし(・・・・・)


「マジかよ……。

友達とお笑いの話とかしねーの?」


「しない。

おれがそういうの疎いってみんな知ってるから、誰もおれにはテレビの話振ってこない」


「そう……、だとしてもさ。寂しくなったりは?ねーの?

メシ食ってる時まで無音だと、俺は却って落ち着かないけ、ど───」



俺の言葉に、相良の動きが一瞬止まった。

つられて俺も止まり、思わず息を呑んだ。



「別に。静かなほうが、ごはんに集中できるし。

……つか早く食べようよ。いつまでお預けさせんのさ」


「あっ───、あ?

うん、そう、だな、わるい」



器のふちをスプーンの背で叩き、早く早くと相良が急かす。

その顔はいつものポーカーフェースで、声もいつもの低い声で、特に変わった様子はない。


なのに、何故だろう。

先程の一瞬、あの一瞬のに、俺は相良の地雷を踏んでしまった気がした。



「(心臓が)」



これも、距離が縮まった影響なんだろうか。

以前までは見落としていたものも、敏感に察知できるようになった、とか。


あまり、嬉しく感じない。手放しに喜べない。

たとえ距離は縮まったのだとしても、相良と通じ合えている実感は全くない。



「(いたい)」



相良の一挙手一投足に、不安や焦燥や自己嫌悪を覚えやすくなったという意味では、むしろ。




「───これにします」


「なにこれ」


「女児向けアニメの再放送」


「いや見りゃ分かるけど……。そんなん見ながら食うの?」


「いいだろう、たまには。

ほかニュースばっかだし、メシの時くらい頭空っぽんなるテレビ見るべき!」



最後に切り替えたチャンネルで固定し、邪魔にならない範囲で音量を上げてから、俺はリモコンをローテーブルの脇に置いた。

相良は深くは追求してこなかったが、呆れたような溜め息を吐いた。



「まあいいや。あんたの趣味に付き合ってあげるよ」


「シュミジャナイモン。俺なりに気を使って───」


「キモイ。いただきます」



俺の悪ふざけを遮った相良が、スプーンで掬ったカレーライスを口に運ぶ。

顔が小さい割に一口が大きかったので、もごもごと咀嚼する姿は、まるで頬袋パンパンのハムスターだった。



「どう?お口に合いますか?」



家具屋の店員に引き続き、今度はレストランのシェフっぽく俺は尋ねた。

相良はウンウンと二回頷き、ゴクンと音を立ててカレーライスを飲み込んだ。



「普通においしい。てか自分で作るより遥かにおいしい。

なんで?同じルー使ってるはずなのに」



相良は"美味しい"と言いながらも、なんだか不味そうに眉を寄せた。

そんな仕草もまた、ある意味で相良らしいと、俺は笑ってしまった。



「ルーは同じでも、タマネギの炒め時間とか、調味料の配分とかでも、けっこう味変わるからな」


「へー」


「なんなら、後でメモ書いてやろうか?

レシピってほどのもんじゃないけど」


「くれるんなら貰っとく。今度ウチでやる時マネする」



俺との会話の合間にも、どんどんカレーライスを食べ進めていく相良。


体育祭の時とは対照的な反応だ。

本当に美味しくて食べているのが伝わって、食欲の分だけ元気なことが分かって、俺も安心する。



「(こういうとこは、健全な男子中学生なんだよなぁ)」



かくいう俺は、健康のためにサラダをまず一口。

血糖値もコレステロールもお構いなしな相良を前に、味気ないレタスを早食い防止の緩衝材とする。




「そうだ」


「うん?」


「決めた」


「なにが?」


「夏休みの目標」


「は?」



自分と相良の対比から思いついた、今年の夏休みの目標。

俺は改めて背筋を伸ばし、相良の顔に箸の先端を突きつけ、宣言した。



「二学期が始まる前に、お前の体重を最低3キロ増やす」



相良は、"がんばれ"と言って笑った。

"馬鹿じゃないの"と一蹴される前提だった俺は、予想外の返しにちょっと狼狽えた。



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