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俺を殺してお前も死ね  作者: 和達譲
『目を逸らす』
29/82

:第八 破けた殼


6月21日。

一学期で最も大きな学校行事、体育祭の日がやってきた。

我が校の体育祭は毎年、町外れの競技場を貸し切って行うため、参加者は会場まで現地集合する。


内容は午前と午後に分けての二部構成。

走り高跳びや砲丸投げなどの個人競技が午前の部、借り物競争や選抜リレーなどの団体競技が午後の部。


すべての競技が終了次第、優勝クラスの選出、優勝旗の贈呈、総合成績の結果発表と、順々にイベントは進行していく。


そして実行委員による閉会式で締めくくられ、西嶺中学校・生徒体育祭は幕を下ろすのだ。



ちなみに。

今年の3年1組は身体能力の高い生徒が集まっているそうで、昨年はぶっちぎりで学年優勝を果たしたという。

当人たちも意気込んでいることだし、連覇達成も夢じゃないかもしれない。




「────我々、西嶺中学校・生徒一同は、スポーツマンシップに則り、すべての競技を正々堂々戦い抜くことを、ここに宣言します!」



午前8時45分。

教員を含めた参加者全員が会場に集結。

体育祭開始の祝砲が、満を持して鳴らされた。


開会式で選手宣誓を行ってくれたのは、実行委員長の谷口と副委員長の女子生徒。


谷口といえばお調子者の代表だが、今日ばかりは真面目モード全開だ。

今やサッカー部のキャプテンを務めるほどだというし、競技でも彼の活躍が楽しみだ。




「───これより、午前の部を開始します。

競技選手の皆さん、関係者の皆さんは、グラウンドに集合してください」



開会式が終わり、それぞれが持ち場で動きだす。

俺は裏方担当なので、観客席とグラウンドとを行ったり来たりする予定だ。




「───ッシャ気合い入れていくぞー!」


「オー!」


「ゼッテェ勝つぞー!」


「ウオオー!」



「───大人組も気合い入れてくぞ〜」


「お〜」


「覇気のなさ〜」


「午後からが恐怖です〜」




選手として挑んだ当時と、裏方として臨む今回。

気構えこそ異なるが、熱量はほとんど変わらない。

むしろ、今回の方が胸が躍っている実感さえある。


これは多分、あの感覚に近いんだろう。

実際に挑んでいる子供たちよりも、応援する親たちの方が楽しい、小学校の運動会。


俺に子供はいないけれど、1組のみんなには親目線を向けがちなので、彼らの勝敗にはつい一喜一憂してしまう。

勝負事にアツいクラスだからこそ、余計に。



「ワッ、叶崎先生、力持ちぃ〜!」


「体育教師たるもの、これくらいはね!」


「ですって佐山先生」


「そっちの筋肉ゴリラと一緒にしないで!」



もちろん、勝敗に関係なく、全員の思い出になるのが一番だ。

贔屓目はほどほどに、誰も傷つくことなく、最後まで平穏無事な体育祭でありますように。




**


午前10時53分。

競技開始から2時間弱。

ここまで走り高跳び、走り幅跳び、砲丸投げと、滞りなく進められてきた。


お次は個人競技の花形である、短距離走のターン。

我らが3年1組からは、帰宅部界のスピードスターこと、相良楓くんも出場する種目だ。



「やっぱいち年の子と比べると、三年生ってデカいっすね〜」


「男の子は特にね〜。

高校より中学のが、年齢差と体格差って分かりやすいかな?」


「うちの弟、中学までは列の先頭でしたけど、高校上がってから20センチ伸びましたよ」


「そういうタイプもいるか〜」



走り終えた下級生と交代で、三年生が配置についていく。


相良の出番は第2レース。

俺は砲丸投げの撤収作業を手伝いながら、念入りに屈伸する相良の姿を遠目に眺めた。




『───短距離走、三学年、二組目。参加選手を発表します。

ゼッケン番号14番、1組、相良楓。

28番、2組、田崎徹。

43番、3組、吉岡悠仁───』



実行委員の女子生徒によるアナウンスが流れ、第2レースのメンバーがスタートラインに並ぶ。

長い髪を後ろで束ね、端正な顔を珍しく露にさせた相良も、他の選手たちと共に低くスタートの姿勢をとった。


俺は両手に砲丸を抱えたまま一時停止して、相良の走りに注目した。




「位置について、よーい───」



コース脇に控えた古賀先生が、数秒の間を置いて空砲を鳴らす。

パンと弾ける音が響くと、選手たちは一斉に走り出した。


スタートダッシュから凄まじい加速を見せる相良は、華奢な手足をめいっぱい動かして、他との差を瞬く間に広げていった。



茶色の髪が風に靡き、太陽を浴びて金色に光る。

普段は痩せすぎと言われる体も、今だけは無駄のない完全体だ。


真剣に、それでいて優雅に駆ける姿は、息を呑むほど美しく、神々しさすら感じさせた。



「砲丸集まった人は、こっち持ってきてくださーい」



俺は思わず見入ってしまい、誰かに声をかけられた気がしても、返事をしなかった。




『───三学年、二組目。参加選手の順位を発表します。

1位、ゼッケン番号14番、相良楓。

2位、ゼッケン番号43番、吉岡悠仁。

3位、ゼッケン番号───』



第2レース終了後。

先程の女子生徒の声で、順位発表のアナウンスが流れた。


最初に告げられた名前は、相良楓。

2位以下の選手とは、1秒近くも差をつけたとのこと。


疑っていたわけではないが、スピードスターの噂は本当だったらしい。

尚も本人は平然としていて、実行委員の少年と話し込んでいる。


片や2位に終わった吉岡くんは、恨めしげに相良の背中を見つめていた。

吉岡くんは運動部所属なので、帰宅部にしてヒョロガリの相良に負けた事実が、すぐには受け入れられないのだろう。




「せーの───」


「相良くーん!」


「さーがらくーーーん!」


「あ、みてみて汗の拭き方!」


「ヤバーイ!」



観客席の方から突然、女子の歓声が湧いた。

いつも相良をカッコイイと持て囃している、同じく3年1組の生徒たちだった。


ファンクラブなどの組織活動はしていないようだが、相良のファンであるのは間違いない。




「おーい相良、ご指名だぞ。営業スマイルしたれよ」


「別に営業なんて───」


「いいからいいから、ほれ。

ちょっとニコニコバイバイするだけ」



"こっち向いて"の要望に応え、相良は恥ずかしそうに観客席へ手を振った。

すると相良のファンたちは、いっそう甲高い悲鳴を上げて喜んだ。


こりゃあ今回の体育祭を機に、本格的にファンクラブが結成されるな。




「お疲れい、王子サマ~」


「オレにも投げキッスしてぇ~ん」


「してねーし、こっち来んな」



確かに、走り姿には俺も見惚れてしまった。

フォームは安定していたし、意外と馬力もあるようだったし、なにより顔が崩れないままだった。


少なくとも、短距離走に出場した選手の中では、相良が一番の俊足だろう。

どこで習ったんだか、まったく軽やかに走るものだ。




「───せえ。……せんせー。………叶崎せんせえ!」


「ぉあ、ハイなんでしょう」


「集めた砲丸移動させるんで、早くこっち持ってきてくださーい」


「ああ……。

ごめんごめん。今いくよ」



担当の実行委員から催促され、俺は集めた砲丸を専用のケースに詰めた。

作業の片手間に再び相良の様子を盗み見ると、自分も観客席の方へ捌けていくところだった。




「よ、おつかれー」


「さすがのBダッシュやんな!吉岡の顔見たかよ?」


「この調子でリレーの方も頼むぜぃ!」


「……うん。頑張る」



クラスメイトたちに称賛され、笑顔で対応する相良。

その横顔と首筋には透明な汗が伝い、なにやら呼吸も酷く浅い。



「(あいつ、あんな顔色だったか……?)」



たかだか100メートルを走っただけで掻く汗の量、にしては多すぎるような。


気温の高い夏日ならまだしも、今日の天気は曇りのち晴れで、特別暑いわけじゃない。

それに相良は、もともと汗を掻きにくいタイプだ。

ちょっと体を動かした程度では、ああはならないはずだ。


もしかして、体調が悪いのを隠して、無理に競技に参加しているとか。

気温は低いといっても屋外だし、熱中症の可能性も十分ある。


いずれにせよ、放置していい事態ではなさそうだ。




「先生ー。次こっちお願いしまーす」


「今いく!」



昼休憩まで、あともう一時間。

午後の部が始まるまでに、俺は相良に話を聞きに行くことにした。



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