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俺を殺してお前も死ね  作者: 和達譲
『目を逸らす』
19/82

:第五話 少女Sの告白 2


音楽室に到着。

俺が先に中に入り、後から冴島さんが続く。


これといって、辺りに人気ひとけはない。

例の"校内ランニングBGM"も、時おり廊下から響いてくるだけで、騒音というほどではない。


葵くんに引き続き、話をするには申し分ない環境だ。




「───あの、どこ座ったらいいですか?」


「どこでもいいよ。

あ、運動部の子たちが気になるなら、窓際の席のがいいかな?」


「そう、ですね。そうします」



適当に着席するよう俺が促すと、冴島さんは窓際の中列にある席に座った。

冴島さんの右隣に俺も座り、それぞれで椅子を横向きに動かして、対面の形をとる。




「ここなら滅多に人が来ないし、立ち聞きされる心配も、多分ないと思う。

……早速だけど、話したいことっていうのを、聞かせてもらっていいかな?」



校内ランニングの声が遠ざかってから、俺は改めた。

冴島さんは俯くと、スカートの裾を両手で握り締めた。




「えっと……。実は、あの……。

先生のクラスの、相良くんのこと、なんですけど……。」


「相良?」


「先生、最近、相良くんと仲いい、ですよね?」



冴島さんの口から唐突に出てきた名前。


まさか、ここでも相良の話題を振られるとは。

俺は呆気に取られつつも、いらぬ誤解を招かないよう、平静を装った。




「仲いい───、ってほどでもないけど。最近はまあ、少しは話すようになったかな。

相良に限らず、1組の子たちとはみんな、楽しくやらせてもらってるよ。

……その相良が、どうかしたのか?」



冴島さんは1組(ウチ)の生徒じゃなければ、俺とも相良とも交流のない子だ。

そんな子に、俺が相良を贔屓していると看破された、なんてことはないよな。


俺の懸念をよそに、冴島さんは勢いよく顔を上げた。

緊張のせいか唇はやや震えているが、表情は何やら意を決した風だった。




「先生だから、こんなこと言うんですけど。

せん、叶崎先生は、───ッ相良くんが皆に隠してること、知ってますか?」



"相良の隠し事を知っているか"。

口ぶりからして、冴島さんは一つの確信を得ていることが窺える。


でも俺たち(・・・)でもなく、相良個人がみんなに隠していること。

学校に無断でアルバイトをしている件か、父親から虐待を受けている件か。

どちらも把握している可能性もゼロではないが、なんとなく彼女は、相良の一側面しか知らない気がする。


俺はどう答えるべきか。

葵くんの時にも似た緊迫感を味わったので、この状況はある意味デジャヴだ。




「その質問は、俺には答えられないかな」



悩んだ末、正直に答えるべきだという結論に至った。



「どうしてですか?」


「俺と君とでは、相良を見る目が違っているかもしれないからさ」


「えっと……?」


「確かに、相良は変わった子だよ。それなりに事情を抱えてるってことも知ってる。

ただ、君の持っている情報と、俺の持っている情報が食い違った場合、ここでそれを教え合うのは、当の相良に悪いよねって話。

ましてや俺は、君たちの先生の立場だから、生徒の個人的なことを言い触らす訳にはいかないんだよ」



きっと冴島さんは、相良の二面性に気付いている。

その上で、本心から相良を心配している。


同じく相良を心配する葵くんは、まず俺の度量を試そうとしてきたけれど。

冴島さんが俺を勘繰ったり、駆け引きを望んでいる気配はない。

純粋に、相良を案じる同士として、俺を頼ろうとしてくれている。


だったら俺も、下手に誤魔化すのはやめよう。

分からないなら分からない、知らないなら知らない。

俺からは情報を差し出せない代わりに、問われたことに嘘はつかないでおこう。




「そっか……。

そうですよね。そんな簡単な問題じゃないですもんね。

個人的な、プライバシーに関することですもんね」


「分かってもらえて良かった。

ごめんね、なんか嫌味な言い方しちゃって」


「いいえ、いいんです。

わたしが聞き方を間違えました。

───ので、聞き方を変えます」


「うん?」


「先生の方から"これ"って言うことは出来ないけど、わたしが"これ"ですか?って聞いて、それに先生が"うん"とか"いいえ"って答えるだけなら、セーフってことでいいんですよね?」



緊張に上擦っていた冴島さんの声が、淡々と落ち着いた声に一変する。


続けざまに彼女は、こう言った。

彼女から差し出す情報に、是非や注釈を付け加えるだけなら、俺の教師としての面目も保たれるだろうと。



「……先に冴島さんの情報を開示して、俺の情報と合致するかどうか、確認するとこから始めようってこと?」


「はい」


「それは……。俺としては有り難いけど……。」


「確認して、それでもやっぱり話せないってなっても、別にいいです。

先生とその話を出来るかより、先生がそのことを知っているかが、一番大事と思いますから」



冴島さんの方から白状するように仕向けたのは俺だ。

だが、思惑を超えた返答をされると、却ってこちらが困惑してしまう。


拙い文言の中にも、確かな理知と信念を感じられる。

冴島さんになら、どんな内情も口外されることはないだろう。




「わかった。

とりあえず、触りだけ、話してみて」



イチから仕切り直し。

冴島さんは短く息を吐き、スカートを握っていた手を緩めた。




「───先生は、相良くんが虐待を受けていることを、知っていますか?」



そっちの件か。

俺は納得すると同時に、鳩尾を抉られるような感覚に襲われた。


"相良くんは虐待を受けている可能性がある"、じゃないんだ。

相良が虐待の被害者であることを、冴島さんは既に承知しているんだ。


あの(・・)相良の秘密を掠め取るなんて、冴島さんも葵くんに負けない食わせ者かもしれない。




「うん。知ってる。

といっても、ちゃんと認識したのは、つい最近だよ」


「やっぱり……。

どうして分かったんですか?」


「……相良が、着替えをしているところを、邪魔しちゃったことがあってね。

その時に体を、見てしまって。もしや、と」


「そうだったんですね……」


「冴島さんは?

いつどこで、このことを?」


「あ、わたし、は……」



冴島さんの声が、また上擦り始める。

目を泳がせたり、両手の指を絡めては解いたりして、説明に倦ねている。


俺は彼女の考えが纏まるまで、黙っていることにした。




「わたしが知った、のは……。

偶然、話を聞いたから、なんです」


「相良から相談をされたってこと?」


「はい。

───あ、いえ。わたしじゃなくて。

相良くんが他人ひとに相談しているところを、たまたま見ちゃったっていうか、聞いちゃっただけなんですけど……」



本人いわく冴島さんは、相良が誰かに虐待の相談をしているところを、たまたま目撃してしまっただけなのだという。


相良自身の口から聞いたなら、信憑性は100パーセントに近い。

では、相良が相談していたとされる相手とは。




「なるほど。

だから"偶然に"、なんだね」


「はい」


「ちなみにその、相良が相談してた相手ってのは、誰だか分かってたりする?」


「……鈴原先生、って知ってますか?」



唐突な名前、二人目。

悪い意味で覚えのある響きに、俺の心臓がどくりと跳ねた。




「……うん。知ってる。

今は他校にいらっしゃるけど、二年前までは、相良のクラスで担任をやってたって」



鈴原先生といえば、過去に相良のクラス担任を務めた人物だ。

生徒の多くは彼を慕っていたそうだが、相良にとっては浅からぬ因縁があったはずだ。


些か、嫌な予感がする。

相良の現状を知っているだけに、どんな展開があったかを予想できてしまうのが、すごく嫌だ。




「その人です。

相良くんが相談してた相手」



先程までとは打って変わって、冴島さんは不快そうに眉を顰めた。




「(ああ、葛西先生───)」



そうか。

いつぞやに葛西先生が助言した通り、相良は鈴原先生に相談を持ちかけていたのか。

適当にやり過ごそうとはせず、相良はちゃんと、葛西先生の真心を受け取っていたんだな。


しかしだ。

相談した上でどうにもならなかったのだとすれば、逆に鈴原先生への疑惑が深まる。

当の相良にしても、酷く消化不良だったに違いない。




「続けて」



これから冴島さんが、真相の一部を語ってくれる。

好奇心が揺さぶられる反面、少し怖い。


今の相良の人格が、どのようにして形成されたのか。

それを弁えてなお、俺はあいつに、普通に接してやることが出来るだろうか。


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