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俺を殺してお前も死ね  作者: 和達譲
『目で追う』
10/82

:第二話 秘密 3


4月17日。

相良の秘密を目撃して三日後。

俺は担任の権限を使い、相良の素性を内密に調べた。

結果、相良の両親が離婚していること、現在は相良と父親の二人暮らしであることが分かった。


父親は工場勤めで稼ぎが少ないらしく、支払えるのは授業料と給食費でせいぜい。

炊事遠足や宿泊研修などの学校行事は、貧しさを理由に相良だけ不参加となる事態もあったそうだ。


両親と三人で暮らしていたとされるマンションは、とうに引き払い済み。

父親と二人で暮らしている現住所は、学校から徒歩40分以上かかる古いアパート。


どういう経緯かは定かでないが、父親が相良の親権を得て以降、母親は一度も相良に会っていないという。



「───なになに、熱心だね〜。担任の勉強かい?」


「ええ、ちょっと」


「さすがは期待の新星。良ければコーヒー、どう?」


「ついでなら是非、お願いします」



ちなみに。

これらの情報の大よそは、前任の沢井先生が作ってくれた資料に依る。


他の先生がたに至っては、相良の家庭事情について無知も同然だった。

裕福でないことは認知されているようだが、切迫するほどでもないと軽視する人が多いのかもしれない。

良くも悪くも、相良が気丈に振る舞っているためだろう。



「(どこにでもいるもんだな、毒親ってやつは)」



相良に暴力を振るっている犯人は、この父親とやらに違いない。

始まったのもきっと、つい最近のことではない。


三日前。

更衣室で相良のひみつを目撃した時。

相良の肌に残された痣は、新しいものと古いものとで、まちまちに色が分かれていた。

少なくとも一年は前から、虐待行為はあったと思われる。


加えて母親は、離婚を機に相良の一族と縁を切っている。

元々は母親がDVを受けていて、代わりに相良が八つ当たりされるようになったのだとすれば、辻妻が合う。



「あの、コーヒー、入ったけど……」


「ああ、どうも。ありがとうございます」


「大丈夫?怖い顔して……。頭、痛かったり……?」


「大丈夫ですよ。

集中すると、つい。ご心配なく」



引っ掛かるのは、母親の所業だ。

なぜ彼女は相良を、息子を置いて、自分一人で出て行ったのか。


自分がいなくなれば、相良に矛先がいくと分かっていたはず。

夫と変わらない収入があったのなら、自分が引き取ってやれば良かっただろうに。


相良だって、どうせなら母子家庭を望んだはずだ。

たとえ冷酷無比な母親でも、暴力を振るう父親よりは、遥かにマシに決まっているのだから。


なのに母親は、相良の尊厳を無視してでも、相良を置いて行くことを選んだのか。



「(父親のDVが原因なら、普通は母親に親権が渡るはず。

ってことは、本人がそれを拒んだ、ってことだよな。

シングルマザーになるのが嫌だったのか、相良を生贄に差し出すことで、自分だけでも逃れたかったのか……。

そこを考えても、しょうがないか)」



子どもの相良に、この仕打ちは、あまりに酷ではないか。


俺はあくまで部外者だが、相良の気持ちを考えると、無性に腹が立ってくる。

自分の両親と重なるからこそ、余計に。




「よし。やるぞ」


「えっ、なにを?」



情報はまだまだ足りないし、更衣室でのほとぼりも冷めていないけれど。

気まずいだの億劫だのと、二の足を踏んでいる暇はない。


善は急げ。悩むより進め。

とりあえず行動を起こしてみよう。

方針は追い追い決めるとして、まずは本人へのアプローチだ。






**



「───あ、相良!ちょっといいか?」


「すいません。

古賀先生に呼ばれてるんで、おれ行かないと」



ところが。



「───相良!いま大丈夫か?」


「すいません。

次の授業の手伝い頼まれてるんで、また今度にしてください」



何度アプローチしに行っても。



「───相良!」


「今日早く帰んないといけないんで、おさき失礼します」



ことごとく袖にされ、

俺は蚊帳の外へと追いやられたのだった。




「"また今度"って、言ってたくせに……」



態度は以前と、さほど変わらない。

挨拶程度であれば普通に、にこやかに応じてくれる。


しかし、いざ話をしたいと頼むと、急に塩対応になる。

なにかしらの理由をつけては、俺と二人きりの状況を避けている。


途中から俺もムキになって、強引にでも捕まえてやろうとしたが、相良はどんな手段にも絶対に屈せず、絶対に従わなかった。



「(同じだ。一年前の彼女と)」



いくら手強いと言っても、根気強く接していけば、話くらいはさせてもらえるだろうと思っていた。

どうやら、野良猫を手なずける感覚で挑んだ俺が馬鹿だったようだ。


こんな不毛なやり取りを、葛西先生は二年近くも続けていたのか。

女の人の辛抱強さには、つくづく恐れ入る。



「───カナエくん!まえぶつかる、まえーッ!」


「んあ?ゴッ────」


「あはははは、ぼんやりしすぎだよ~」



にしても、困った。

一度や二度の空振りで諦めるつもりは毛頭ないが、正面突破が通じる相手ではない。

かといって、振り向いてもらえるまでと執拗に迫れば、贔屓をしていると周りに誤解されかねない。


相良本人にも、悪い意味で注目が集まってしまうかもしれない。

俺が構い過ぎたせいで、虐待の事実が明るみになったりしたら可哀相だ。

できるだけ目立たない方法で、確実に近付けるアプローチを考え直さないと。




「よし。切り替えよう」



善は急げ、改め、急がば回れ。

今度は外堀から攻めてみるとしよう。






***


命名、"相良とバッタリ事件"から四日後の昼休み。

丸一日かけて練った作戦を、実行に移す時が来た。



「───葵くん!」



作戦内容は単純明快。

"相良について詳しそうなヤツに探りを入れてみる"、だ。


沢井先生の資料によると、葵くんと相良は同じ小学校出身。

下の名前で呼び合う程度には、打ち解けた仲であるとのこと。


実際、葵くん以外のクラスメイトを、相良は名字で呼んでいる。

普段の様子からは特に親しい印象を受けないが、葵くんにだけは多少なり心を許しているわけだ。



「なんですか?」


「ゆっくりしてるとこ悪いな。

ちょっと相談したいことあるんだけど、いい?」


「……いいですよ」



そこで俺は、葵くんを三階音楽室まで呼び出した。

音楽の授業で使う以外は、滅多に人の寄り付かない場所だからだ。



「うん。誰もいない」



先客がいないかを確認してから、音楽室に入る。

葵くんも後ろに続き、出入り口のドアを閉めた。



「いきなり連れ出してごめんな。人の多い場所でできる話じゃなくてさ。

なるべく手短にするから、付き合ってくれるか?」


「いいですって、ぜんぜん。いつでも聞いてくれって言ったのオレだし。

で、どうしたんですか?」



急だったにも拘らず、葵くんは嫌な素振り一つせずに応じてくれた。

相良との落差が際立つが、葵くんと比べたら誰でも不出来に感じられそうだ。



「とりあえずまぁ、座って。

二人だけだし、畏まんなくていいから」



生徒用の席、椅子ではなく机に腰掛ける。

葵くんにも促すと、彼は俺の二つ隣の机に腰掛けた。


さすがに真隣は近すぎるからだろうが、なんとなく。

精神的な意味でも、距離を置かれた気がする。




「じゃあ、改めて。この間の続きなんだけどさ。

葵くん、うちのクラスにちょっと気になるヤツがいる、みたいなこと言ってたろ?」


「……ああ、はい」



本題に入った瞬間、葵くんの表情が変わった。

眉は上がり、口角は下がり、目線は明後日の方向に逸れてしまった。

ばつが悪そうというか、腹に一物抱えたような感じだ。


最初に吹っ掛けてきたのは葵くんなのに、掘り下げられると困った反応をするのは何故なんだ。



「あれから、俺も考えてみたんだけど……。

その"気になるヤツ"って、相良だろ?」



葵くんは一瞬だけ目を丸くして、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。



「どうしてそう思ったんですか?」



質問に質問で返してきた。

葵くんの指していた人物は、相良で確定と見ていいだろう。


だが、もし違っていたら。

俺から相良の話をすると、秘密の暴露になってしまう。

相良が虐待を受けているだろうことを、葵くんも把握しているのであれば、問題ないのだけど。



「これっていう理由はないよ。

ただ、彼があまりに、非の打ち所のない優等生だから。

その隙の無さが、俺には却って胡散臭く見えただけだ」


「胡散臭い、ですか」


「そう」



俺は自分からは明言せず、葵くんの出方を窺うことにした。



「どんなに大人びていても、君達はまだ中学生だ。

思春期には悩みも多いし、だからこそ苦しむこともある。

そういうのを一個ずつ乗り越えていって、みんな大人になっていくんだと、俺は思ってる。

───けど、あいつは。

彼は、なんというか。そういう、子ども特有の感じが、しない気がしたんだ。良くも悪くも」


「どういう意味ですか?」


「大人から見ると、子どもが悩んだり、傷付いたりしてるのって、なんとなく分かるもんなんだよ。

悪く言えば、取り繕うのが下手。良く言えば、純粋さの証明でさ」


「鋭いんですね」


「俺じゃないよ。注意深く観察してりゃ、誰でも分かることだ。

……それが、相良には感じなかった。

時にはうっかりミスを、なんてことはあるかもしれないが、基本、彼には隙も無駄もない。

だから不気味っていうか、俺からすれば、危なっかしい対象なんだよ」



葵くんの手が、膝の上で組まれる。

葵くんの足が、机の下で交差する。



「危なっかしいですか?楓」


「だって、失敗してもやり直し利く年頃のくせに、ぜんぶ完璧にやろうとすんでしょ?」


「駄目なんですか?」


「駄目じゃないけど、大人でも儘ならんことを、子どもの内からやんなくていいのにって話。

むしろ、周りに尻拭いばっかさせて、怒られてるヤツのが、俺は見てて安心する」



論点は少しズレてしまったが、嘘はついていない。

相良の貼り付けたような笑顔を怪しんだのは本当だし、あの手の利口なタイプを俺は好きになれない。


大人が口を揃えて"イイ子"だと評する子供ほど、本人が大人になって苦労するケースが多いから。

いっそ呆れられるほどにヤンチャで、自分に正直に生きているヤツの方が、将来的に大成したり、幸せになれる。


少なくとも俺はそうだったし、そう思っている。



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