第一話 その1
『モンスターズクロニクルオンライン起動します』
画面が暗転する。
いや、正しくは視界が暗転した。
先ほどまでヴァールメットのディスプレイを見ていたはずだ。
それなのにこの暗闇はヘルメット特有の閉塞感がなかった。
『ようこそ!モンスタズークロニクルオンラインへ!』
目の前に白いふわふわした謎の生き物が突然現れた。
「うわ!」
『ここではあなたがゲームを始める前にいくつかの質問をさせてもらうね!
その質問を終えるとあなたはレイヤースの世界に転生するよ!
自由の世界に行く前の事前準備なのでしばらく付き合ってね!」』
白い生き物をよく見ればウサギのようにも見える。
大きな足と赤い宝石のような眼。
そして大きな耳がぴょこんと揺れている。
手のひらサイズのそれは翔の前を飛び回る。
『ではキャラネームを決めてください!』
「キャラネームかぁ…変にカッコつけてもなぁ。じゃあカケルで』
「ユーザーと同じ名前だけどいいの?』
「別にいいよ」
『では続けていくつか質問するね!』
・
・
・
約10分間質問が続いた。
簡単な一問一答だったのだがそれでも五分。
かなりの量だった。
というか多すぎないか?…オンラインゲームでチュートリアル以前でこれだけ時間かけるのは変じゃないか?
『さあ今から君は異世界レイヤースに転生するよ!君の種族は…なってからのお楽しみ!』
一瞬閃光の様に光る。
眼がくらんでしばらくすると視界が回復する。
「…おぉ」
思わず声が漏れた。
カケルが現れたのは青空の下、草原だった。
「…えと、とりあえず俺の種族は…」
そう呟くと手元にウィンドウが開く。
どうやら声に反応して出てくるようだった。
その中にあるステータスを見る。
『Name/カケル Lv/1
種族/スケルトンナイト
HP100 SP20
POW12 DEF9
SPE10 INT7
皮のグローブ+1 皮の胸当て+1 ブロンズソード+1 ウッドシールド+1』
「スケルトン…って俺骨なのかよ…」
手を見ると革製のグローブをつけているが本来あるべき腕は真っ白な骨があるのみだった。
そのまま目線を体全体に向けるとどうやら簡易な装備をしているようであった。
「防具の横にある+1ってなんだ…?品質?」
そう呟きながら歩いていると目の前の草むらがガサガサと揺れる。
「ん?」
じっとそちらを見つめていると…
突如黒い影らしき物が飛び出してきた。
身構えるとどうやらイノシシのようだ。
「これってもしかして敵ってやつなのか?」
血走った瞳でこちらを睨むイノシシにブロンズソードを構える。
するとイノシシの頭の上にHPバーと思わしきゲージが現れた。
「よっし、やってみるか!」
突撃してくるイノシシに合わせて剣を振り下ろす。
ギィン!
激しい金属音を立てて剣が弾かれる。
「おぉ!?」
懐に入り込まれる
そのまま胴体にタックルを打ち込まれる。
激しい衝撃に視界の端が僅かに黄色くエフェクトはいる。
考えてみれば自分のHPはどこで確認したらいいんだ。
もしかしてこの周りのエフェクトで判断するしかないのか?
なんともあやふやだ。
それにしても一撃で黄色。
普通に考えれば普通→黄色→赤→DEADってことだろう。
そうなれば次で赤、下手をしたら次で一気にDEADになるかもしれない。
そうなれば…
「逃げるが勝ちだな!」
一気に踵を返して草原を走る。
後ろからどすどすと地面を踏みしめる音が聞こえるが振り返る余裕がない。
「くそう!どっかに町とか無いのか!」
視界が黄色から通常に戻る。
僅かに時間回復があるらしいがそれでも安心できない。
ドタバタと走って逃げていると突如声が響いた
「そのまま走って!」
「お?」
当然止まることもできないので走り続けていると頭上を何かが飛び越えたのが見えた。
また敵かと思ったがそれは俺を飛び越えて後ろのイノシシに向かっていった。
ザクリと何かを引き裂く音がする。
「もー大丈夫だよ」
声のする方を見ると既に倒れるイノシシの姿が見える。
HPゲージは既に空になっていて倒したことを示していた。
その隣には両腕の肘から先が翼になった少女が立っている。
青い髪のショートカット、タンクトップにホットパンツというかなり露出多めな恰好に驚いたが何とか平静を取り戻して礼を言う。
活発な印象を受ける翼を持つ少女は嬉しそうにイノシシをみる。
うんすごくいいね、かわいい!
「ありがとう、助かったよ」
「いいよいいよ!アタシはこいつが目当てだったから!」
「目当て?」
「うん、こいつミニボアっていうんだけどこいつの毛皮が欲しくてね!…ってこいつの名前知らないってことは新人かな?」
「うん、ついさっきログインしたんだ。そしたらいきなりね」
「あはは、それは運がなかったね。LV1でコイツはまず無理だもんねー」
話を聞くとどうやらこのミニボアは雑魚モンスターとしてしっかり認識されてるらしいのだがまずログインしたての状態ですぐ倒せるような雑魚ではないらしい。
さらに言えば俺の種族のスケルトンはそれほど防御力が高い種族じゃないらしい。
物理攻撃は高い方だがさすがは骨というか、物理防御もさほど高くない。
まあその代わりに人型なので防具をつけて戦うなどが出来るのがメリットらしい。
「あぶねぇ…いきなり殺されるところだったのかよ」
「まあ始めたばっかりならデスペナルティもさほど痛くないからそこは強みだよ」
「デスペナルティあるの?」
「本当に初心者なんだね。死亡時に聖杯ってアイテムがないと復活ができないから所持金の30%とHP20%低下で復活なんだ。
拠点登録してればその町に復活するんだけど君みたいに登録してない人が草原とかで死ぬと死んだその位置で復活するんだ。
もしモンスターの巣窟だったりするとずっとリスキルの悪夢だよ」
「うへぇ」
「それにしても本当助かったわ。俺カケルっていうんだ。見てのとおりスケルトンだ」
「おっと自己紹介してなかったね。私はミーシャっていうんだ。ほんとは猫っぽいケットシーになりたかったんだけどねぇ。ハーピーやってます」
「見たところ鳥人ってところだと思うんだけどさ空飛べるの?」
俺の質問に対して腕を組むようにして自慢げな顔をする。
「聞いて驚け!実は昨日やっと種族スキル『飛行』を覚えたんだよ!」
「スキル?」
「うん、種族には特有のスキルが存在してランクがあるんだ通常スキル≫希少スキル≫上位スキル≫エクストラスキルって感じにね!
進化を続ければいつかはエクストラも夢じゃないんだけどそれ自体が激レアだから難しいんだ。で、私のハーピーは飛行能力なんだ
スキルに関しては一種族複数ってこともあるし何もない場合もあるから半分運なんだけどね!」
なるほど。
よく考えてみればハーピーの姿から空を飛ぶことは容易だと思ったがいきなり飛ぶのは無理らしい。
話を聞くとスキル獲得までは滑空という形で落下ダメージを無くす事は可能らしいが高度を保った飛行は無理らしい。
「ちなみにどのくらい飛べるの?」
「時間にして5分ってところ。熟練度が上がれば時間も伸びるんだ。まあ、空を飛んでる間は足のかぎ爪攻撃くらいしか方法がないから今は戦闘というより地形把握とかに使うくらいだね」
どうやら先ほど俺がミニボアに追われてるのを見つけたのもそのスキルのお蔭のようだった。
「そっか…いろいろあるんだな」
「どうする?近くの町まで一緒に行く?」
「あ、頼んでいい?正直今の感じじゃぼこぼこにされるのが目に見えてる」
「じゃあPT誘うね」
ミーシャは手慣れた手つきでウィンドウを開き何やら操作を続けている。
暫くするとピロンときれいな音を立てて手元に小さなポップアップが出た。
『ミーシャよりPT招待が届いています。承認しますか?』
【はい】/いいえ
選択を済ませると視界の左上にミーシャの名前が表示がされる。
『NAME/ミーシャ Lv12』
とだけ出ている。
味方のHP表示がされない。
「あのさ、HPってどうやって確認するの?」
「あ~アイテムがないとエフェクトでしか確認できないんだ。このアイテム」
そういって一つの腕輪を取り出した。
金色の装飾に赤い宝石が付いている。
それを注視するとウィンドウが出てくる
『見極めの腕輪/装備者のステータス・HPを視覚化するのと同時にダンジョンなどで簡易のトラップならば効果範囲に入ると視認できるようになる』
なんとも便利なアイテムだ。
というか腕輪と書いてあるけど俺装備できるのか?
骨だからつけようとしてもするっと抜けそうだけど。
何てそんなことを考えていると
「よかったらあげようか?」
「え、いいの」
「うん、これ結構ドロップするんだけどインベントリ圧迫するわ町で売っても基本装備ってことだけあって1Gにしかならないだ
店で買うと250Gなのに詐欺だよ!!」
そういいながらアイテム整理を始めるミーシャ。
すると彼女の手持ちの袋からどんどん見極めの腕輪がポンポン出てくる。
それの一つをこちらによこすと残りの腕輪を放り投げる。
どうやら投げ捨てるようにすると自動的に放棄扱いになるらしい。
ありがたく装備する。
手から通すと変化があった。
少し光ったと思うとそのリングは俺の腕にぴったりなサイズにまで小さくなった。
おおこれは便利だ。
「ありがとう、ミーシャ」
「いいっていいって。じゃあ行こうか。ついでに道中の敵倒しておこうか」
「そうだな。1でもいいからレベルあげておきたいし」
それから俺とミーシャは始まりの町ともいえる《ファエンダル》へ向かうことにした。
恐らく何事もなければ20分程度で済む距離だが時折現れるエネミーで足止めを食らって40分かかってしまった。
無視をしてもいいのだが問題は見失うまでずっと追いかけてくるのだ。
ミーシャだけなら飛行で一気に距離を取れるのだが俺のスケルトンはどうやら鈍足らしく俺の全力疾走ではほとんど追いつかれてしまう。
更に逃げてる最中に別エネミーに遭遇して乱戦…なんていう事故もあり得るらしくミーシャの提案で確実に倒していくことになった。
ちなみに敵をあえて引き連れて仲間の場所まで誘導してまとめて吹っ飛ばすということもできるらしい。
個別で倒すよりまとめて倒すと経験値がでかいらしい。
「カケル!そっちにコボルトいったよ!」
「おう!」
二足歩行をするオオカミともいえるデザイン。
体には胸当てなどの簡易装備をしている獣人族らしい。
右手には棍棒、左手には盾を持っているところからスケルトンと近いタイプのようだ。
振り下ろされる棍棒を縦で受け流す、上体が流された方へ傾くのを見逃さず剣で切り付ける。
一撃では倒せないため膝を切りつける。
すると片膝をついて動きを止める。
さらに盾でコボルトを叩きのめしダウンしたところを剣でとどめを刺す。
勝利を収めると勝利ウィンドウが出る。
周囲にいる敵対種を殲滅か追い払うとこれが出るようだ。
『LEVELUP カケル Lv8
HP323 SP35
POW22 DEF15
SPE15 IN20』
随分と上がったとおもう。
実際最初に出会ったミニボアの攻撃は難なく避けることもできるし逆に一撃で倒せるようになった。
まあ、アイツが一番雑魚らしいから当然っちゃ当然だが。
「うん、ずいぶん強化で来たね!ゴールドもずいぶんたまったんじゃないの?」
「そうだな。これなら町について宿いったりしても間に合うな」
「じゃああとはダッシュで町に向かおうか。もうほとんど目の前だし。
言われて指さされた方を見ると遠景にうっすらと町らしいものが見える。
今の速度があればおそらく敵を振り払いながら向かうこともできるだろう。
頷くとミーシャがふわりと空高く舞い上がる。
先ほどからこうやってフィールド全体を眺めてもらい先行してもらう。
俺はそれを追うように走り戦闘になったら降りてきてもらおう。
しばらく走るとやはり敵が現れたが既にここら一帯のレベルを超えた俺ならスルーで走り抜けることができる。
走ると風が体にあたる感覚が心地いい。
現実世界の俺はきっとベッドの上で寝ているだろうがこんなに気持ちよく走るのは久々だ。
それに人と会話するのが楽しいと思うのは本当に久々だった。
空を飛ぶ彼女を見上げる。
うん。
良い眺めだ。足は鳥のようなかんじだが太ももまでは人間の女の子だ。
手足が鳥人ということを除けば普通にかわいい女の子。
そしてショートパンツの彼女を下から見上げるのは実に素晴らしい眺めだ。
「…どこを見てるのかなぁ?」
突然声をかけられて心臓が止まりそうなほどビビる。
スケルトンだから心臓ないんだが。
「いいいや!!なんでもないぞ!うん!」
「なんかミョーな視線を感じたんだけどなぁ」
疑わしそうにこちらを睨む彼女
どうやらうっすらと感じ取っただけらしい。
危ない危ない。ネットセクハラで通報とか勘弁だぞ。
なんとかごまかして走り続ける。
それでもチラチラ見てしまう彼女のおみ足。
ううん目に毒だ。いや保養なんだけど。
そんな事を繰り返しながら進むと気付けば『ファエンダル』に到着した。
到着すると活気あふれた町並みが視界に入る。
町の外壁は強固な煉瓦で守られていて出入り口にはNPC衛兵が警備している。
「なあ俺は言っても平気なのか?衛兵どう見ても人間だけど。俺魔物じゃん」
「あそれは平気、私たちはこの世界を司る女神様の加護・召喚で生まれた転生者って設定だからインベントリにこれがあるはずだよ」
ミーシャは水色の雫の形をした宝石を取り出す。
手のひらサイズのそれはキラキラと輝く。
自分もインベントリを開くと貴重品という欄があるのを見つける。
開くとそこには《女神の加護》と名前の付いた同じものがある。
しかしちょっと違いがあった。
ミーシャのそれは水色の綺麗な水滴なようなデザイン。
俺の物は三日月のような形をしていて色も黄色だった。
「この女神の加護ってやつ?」
「あーそれそれ。それを衛兵に見せればいいんだよ」
「へー」
衛兵の前に行くと甲冑を着込んだ衛兵が門の前で槍で通行を遮る。
「待ってもらおうか。ここは人と他種族が共存する町ファエンダル、お前たちは何者だ」
「ここでさっきの見せるの」
そういって彼女は《女神の加護》をみせる。
すると彼らは安心したようにして彼女を通す。
門の内側に入った彼女の姿が消える
驚いて戸惑っているとテキストウィンドウが開く
『門番に《女神の加護》を見せると自動的に町の中に入ってフィールドから消えちゃうんだ。同じように見せれば問題ないよ』
『なるほど、ちょっとまってて』
『おーけー』
テキストウィンドウだからチャットかと思ったら、テキストウィンドウ開いた状態で考えるとそのまま文章になった。
何とも便利。
まあ、雑念が多いと滅茶苦茶になりそうだが。
俺は《女神の加護》を取り出して衛兵に見せる。
よく見ると首から下げられるように紐までついてる。
すると…。
「!!それは!大変失礼しました!どうぞお通りください!」
そういって敬礼をしたまま彼らは道を開けた。
なにやらミーシャとリアクションが違う
「???」
首に《女神の加護》を下げて取り合えず町中に入る。
門をくぐると視界が一瞬暗転。
次の瞬間には町中になる。
「あ、きたきた」
彼女は俺を見つけると駆け寄ってくる。
「ごめん待たせた。」
「いいよー…ん?なにそれ」
「?」
彼女の目線を追うと《女神の加護》を見ている
「え?女神の加護だよ?」
「え?」
彼女は少し驚いた顔してこちらを見る。
「ちがうの?これ見せたら入れたけど」
「んん~~??こんなデザインあったかなぁ…みんな私の奴と同じはずなんだけど」
「え。もしかしてこれバグ?」
「なにかのテクスチャエラーかも?まあ、毎週メンテがあるからそれで治るの待つ?」
「だな」
運営に報告してもいいんだが無駄に面倒になってもケチがつくのは好ましくない。
「とりあえず拠点登録しようか。宿屋でも出来るんだけど冒険者組合のほうがついでの説明もできるからそっち行こう」
「わかった」
彼女に案内されるまま町の中を進んでいく
俺は楽しみで胸を躍らせながらファエンダルのメインストリートを進む。