香々美と初めての相手
ずいぶん前にツイッターで見かけた話を小説にしてみました、第一弾。
何話か考えているので、でき次第投稿します。
目を開かなくては。最初はそう思った。けれど、何か嫌な予感がして、ぼんやりと目を閉じたまま考え事をしていた。
私は、どうして死んだんだろう。
此処がいわゆる、三途の川だとは、感覚で分かっていた。
「おい、起きろ。」
どうして私が死ななければならなかったんだろう。そう思っていると、それを切り裂くように声をかけられた。
その一声で、嫌な予感がした。
「起きろ、香々美。」
声の持ち主に、私は心当たりがあった。
「起きろっつってんだろ!」
ぐらり、大きく揺れた私の体に、嫌でも瞼は上がった。
「……充、さん。」
私の初めてを奪った人。死んだと噂で聞いていたが、此処で出会うということは、やはり死んだのは本当だったらしい。
「お前の三途の川渡りを手伝いに来させられた。」
あの時と同じように、充さんは私の手を無理やり引いた。
「嫌ッ!」
その手を振り払おうとする。けれど、充さんの方が、力は強い。そう、あの時と同じ。
「また無理やり脱がされてえのか。」
冷たい声で言う彼は、私の心の底までを冷たくした。
「どうして……どうして実さんじゃないの!」
三途の川、いや、先に逝ってしまった夫、実。充さんの弟。
私は、実さんに嫁いだが、処女は、その兄である充さんに奪われていた。
「知らないのか?」
せせら笑うように、充さんが言った。
「女はな、自分の初めてを奪った相手が、三途の川渡りを手伝うんだよ。」
死刑宣告に等しかった。いや、既に死んでいる私にとって、それは、地獄に堕ちろと言われているようなものだった。
「貴方に連れていかれるぐらいなら、此処にずっと居た方が良いわ!」
あの時と同じ。自分の心は、ひどく波立っていた。けれど、あの時とは違う状況にいるのが唯一の救いだった。
「んじゃ、お前はもう実に逢えないな。」
俺はそれでも良いぜ。
汚らしく嗤う充さんは、あの時と同じ。
私を辱めた、あの時と。
「俺は俺で地獄に戻らなくて済むし、な。」
嬉しそうな顔の貴方を見て、私は仕方なく貴方が乗ってきた小舟に乗った。
「いつぶりだァ? こうして二人っきりなのは。」
舟は、私が乗った瞬間に、決められた場所へと動き始めた。
私は、早くこの船旅が終わるのを祈った。
「答えろよ、香々美。」
充さんを視界に入れないように顔を背けていれば、無理やり其方を向かされる。
「……。」
無言で睨み付けた。あの時とは違う、そうやって自分に言い聞かせながら。
「可愛くねえ女。」
ケッ、と悪態をついて、小舟の縁に肘をつく充さん。
あの時とは違う、分かっているのに、震えが止まらなくなってきた。
「何だァ? 何震えてんだよ。」
けらけら笑う充さんに、早く実さんに逢いたくて仕方がないと思った。
どうしてあの時、私は必死に抵抗しなかったんだろうか。
ぼんやりと、意識はあの時に向いていた。
「嫌ッ!」
実さんに、結婚しようと言ってもらったあの日。あの日、はいと答えて、一度帰宅した。その時、後ろから何者かに口を塞がれ、意識を失う。そして、目が覚めれば、目の前には煙草を吸っている充さんが居た。
充さんは起きた私に近寄ると、乱暴に口付けた。
抗う私を嗤い、服を破ったりしながら、私に恐怖を植え付けながら、彼は私を犯した。
あの時、視界の隅に映っていた果物ナイフを刺していれば。
あの時、もっと私に力があれば。
それでも、実さんの兄である充さんに、傷をつけることはできなかった。
「いや、いや……!」
拘束され、唯一自由を許された首を振る。それでも、彼は止めなかった。
私を襲った痛み。それは、きっと、私が初物でないと知った実さんの痛みと同じ。
実さんに、本当のことは告げられなかった。
充さんと、当時は仲の良かった実さんに告げれば、きっとその関係を私が壊してしまうと思ったから。けれど、それを言わずとも、彼らの関係は、次第に荒れていった。
私が、気が付いた頃には、絶縁状態になっていた。
「おい、香々美。」
記憶の海に溺れていた私を救い出したのは、もう顔も見たくない充さんだった。
「何、ですか?」
声が震えているのが分かる。しかし、充さんはそれに触れず、無言で向こうを指さした。
「香々美ー!」
叫ぶ声。これは。
「実さん!」
見えた向こう岸。その先にいたのは、私の愛するひと。
「此処でお前を犯したらどうなるんだろうな。」
ぞっとする声に後ろを振り向けば、満足そうに嗤う彼。
「や、やめてください。それは、それだけは!」
実さんの目の前で犯される。それを考えたとき、私の頭は真っ白になった。
「しねえよ。」
案外、あっさりとそう言った充さん。
それにほっと胸を撫で下ろす。
舟は、もうすぐ向こう岸に着く。
もう此処まで来たら、何も出来まい。そう思って油断したのが悪かった。
「きゃあっ!」
揺れる舟。私は舟の底に落とされる。
「お前の記憶に、俺は一生居続けたか?」
目を開かずともわかる、充さんが、私を押し倒していることが。
「そ……そんな事、は。」
どうしたー! そんな、実さんの声が聞こえる。舟は、動くのをやめた。
「居続けたと言え、そうじゃなけりゃ、俺は。」
今にも泣きそうな声。泣きたいのはどっちだ、と言おうとして、目を開いた。
「……香々美!」
はっと目が覚める。此処は、と辺りを見回そうとして、何か温かなものに抱きしめられるのが分かった。
「……実さん?」
一瞬、充さんと言いかかった自分を殴り飛ばしたくなった。先ほどまで、充さんと一緒にいたからと言って、そんな、実さんと充さんは、違う人だ。
「もう、どこにも行かないでくれ……。」
静かに泣く実さんに、先ほど夢見た充さんが重なった。
「行きませんよ、どこにも。」
ゆっくり表情を作る。微笑み、になっただろうか。
ふと辺りを見回せば、どうやら、此処が天国らしい。
花畑に、笑顔溢れるひとびと。
其処に、充さんの影はない。
ああ、此処でようやく安眠出来る。
それを確信して、私はもう一度目を閉じた。
自分で読んでもなかなかに意味がわからないのでそのうち消すかもしれません。