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作者: えだらく

 黒い塊が、空中を浮遊している。

 その塊は、一定の形を保つことはなく、常に変動している。黒いボールペンで無造作に描いたようなぐちゃぐちゃが、命を持ち、空間を漂っている。例えるのなら、そんなところだろう。

 その塊が日に日に大きくなっていることに気づいたのは、それが元の形の十倍ほどになってからだった。今や、両手に収まらないほどの大きさに成長した。

 しかし、成長したのは大きさだけではない。密度だ。その「黒」は、ほとんど隙間なくその塊の内部に閉じ込められ。隙間から空間を垣間見ることなど、できなくなった。そしていつのまにか、もはや球体と呼べるほど、その塊はきれいな形態をしていた。

 そいつを掴み取ってやろうと、私は何度も手を伸ばしたが、叶わない。確かに触れた感触はある。しかし、触れた瞬間に形を変えたその黒は、指と指の間からいそいそと逃げてゆき、またゆっくりと元の姿に戻るのだった。叩いてみても、潰してみても、つまみとってみても、その黒は、むずがゆいような感触を手に与え、雲のように形を変えるだけで、すぐさま、元の奇怪な黒い塊に戻るのだ。

 私は次第に、そいつと生活を共にすることを当たり前に思うようになった。食事をするときも、入浴をするときも、常に私の視界のどこかで、クラゲのようにそいつは空間を漂っていた。私は興味本位もいいところで、からかうようにして食事を与えてみようと試みたが、何も口にすることはなかった。語りかけてみても、何も答えない。しかしその塊には常に、生命の息吹を感じさせるほどの強かな存在感があった。強い弱さで、私の心に何かを訴えているようでもあった。

 私がほとほとその存在にうんざりし、忘れようとしたなら、そいつは直ちに鬼の形相に姿を変え、私を食べようとでも言うようにその口を広げてくる。次第に私を飲み込む勢いで包み込み、目や鼻、口や耳などから、私の内部に侵入してくる。そうなると私は何故だか体の自由を奪われ、何もできなくなるのだった。様々な思案だけが頭をめぐり、やがて私は涙を流した。それは途轍もなくどす黒い涙であった。

 私はある日、ついに愛想が尽きて、そいつを突き放した。すると、そいつは私を襲ってくるものだと予想したのだが、違った。みるみるうちにそいつは小さくなり、ゆっくり私の傍を離れていく。私が意地を張り、知らん素振りをしていると、そいつはゴルフボールほどの大きさになっていた。よく見ると、今まではほんの少しだけ見えていた隙間が、完全になくなるほどの密度になっていた。その塊は、もはや黒という色をしていなかった。いや、そいつを絵に書くとするなら、私は迷わず黒の絵の具を手に取るだろう。しかし、私の目は、脳は、それを黒だと認識しなかった。私は、「無」を想像した。見れば見るほど吸い込まれそうになり、私の心や、記憶、感情のすべてが剥ぎ取られてしまいそうに感じてしまうほど、その虚無感は私の脳を殺した。そいつを受け入れることをなくしては、未来はないように感じた。

 とたんに私は、私が無様に思えてきた。自ら歩み寄ろうという気になった。本当の意味で、そいつの存在する意味を理解しなければならないと感じた。

 私は彼を受け入れた。抱きしめるようにして彼を掴み、胸に当てる。

 すると、不思議なことが起こった。

 私を脅かし続けていたその黒が、みるみるうちに輝き始めた。それは黄色や白という表現で表せられる存在ではなくなった。「光」そのものになった。

 そしてその光は、その光だけで世界全体を照らすことができるのではないかと疑いたくなるほど、輝いていた。眩しく、尊い輝きを放っていた。しかし私の目は、それに眩まされることなく、しっかりと見据えていた。気づかぬうちに死んだ魚のような目をしていた私の目は、瞬く間に命を宿し、しっかりと開き、その光のさらに奥を見つけていた。

 光を包み込んだ私の両手と胸は、優しさに包まれるような温かさを感じていた。それは徐々に胸のさらに奥の方へと伝わり、その清らかさから、私の目は涙を流した。光る雫のような涙だった。

 その塊は再び空中を浮遊しだした。美しい輝きを放ち続けながら、高く、高く、空を飛んでいく。

 私は、空を見上げた。そして初めて、その空を美しいと思った。

 雨を降らす雲も、地球を熱する太陽も、鳥も、飛行機も、美しいと思った。

 これが私の住む世界であることを、その光は知っていた。


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