一章 使徒15 - クレーム客
異世界クラフト 一章 使徒15 - クレーム客
「おや? ハイゼメック男爵夫人のお知り合いで?」
店主としては、いたって一般的な反応を見せる。
「このままでは、ゆっくと買い物ができそうもないからな。それで、さっさとお引き取りいただきたい」
俺は、本心をそのまま伝えた。
「それは本当か? そなたが誰かは知らんが、男爵夫人に必ずお前のことはお伝えするぞ」
口を挟んできたのは男爵夫人の使者である。
顔色がわかりすぎるくらい良くなっている。
「ほんとうに、よろしいので?」
そう聞いてきたのは店主だ。その表情からさっするに、考えなおすなら今のうちだと言っているように思えた。
普通に考えれば、それが正解なのだろう。
だが、俺には俺の事情があり、俺の事情は若干特殊であった。
「かまわん。ただできれば、俺とそこのエルフの服のぶんまで料金に含めてくれるとありがたい」
俺は男爵夫人の使者のことはほっといて、店主との交渉に入る。
「承知しました。ただ、これだと明らかにいただきすぎなので、二つほどいただければ、十分でございます」
店主がそういったのだが、俺としては見栄もあるので、
「遠慮する必要はないぞ。あって困るものでもなかろう」
そう言ってやる。
ところが、その店主は。
「いえ、そういうことではなく。手前どもといたしましては、貴方様のようなお客さまとは、今後とも長いお付き合いをさせていただきたいと思っております。ですので、適正なお値段での取引をさてせいただけたらさいわいにございます」
そう言って、丁寧に頭を下げてきた。
うーむ。これは、向こうが一枚上手のようだ。
ここは素直に引き下がることにする。
「わかった。では、それでお願いする」
俺があっさりと引き下がったのを見て、店主は笑みを浮かべて頭をさげた。
そして、男爵夫人の使用人に向き直って話しかける。
「お代はいただきましたので、どうぞお引き取りください」
まさに、慇懃無礼のお手本にしたいような態度だが、さすがに男爵夫人の使用人は何も言えない。
お代を払ったのは、俺なのだから当然である。
「わ、わかった。男爵夫人にはよしなに言っておく」
最後の言葉は店主に向けてなのか、それとも俺に向けてなのかは定かではないが、正直どっちでもよかった。興味がないからだ。
「それでは、またのお越しをお待ちしておりませんので、その旨もよしなにお伝えくださいませ」
店主はまたも馬鹿丁寧に頭を下げてそう言った。
どうも、この店主、そうとうやり手のようだ。




