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赤雪姫の惰眠な日常  作者: 長野 雪
惰眠2.村一番の惰眠好き
8/21

4.惰眠第一人者≠怠惰

「おぉ、守永、家におったか。丁度よい」


 戸を叩かれて応対に出た彼は、心臓が止まりそうなぐらいに驚いた。


「ひ、あ、赤雪姫様? わ、わたしに何か御用でしょうか」


 紅雪の斜め前に、戸を叩いた瑠璃がいるのだが、どうやら視界にも入っていないらしい。


「お前の息子についてな、ちぃと話があるのじゃ。すまぬが、家の中に入れてはもらえぬか?」

「う、ちの英修が何か無礼を働いたので?」


 脅える守永に紅雪はにんまりと笑みを浮かべる。


「なに、大したことではないわ。常々、同じ村の中に、わし以上に惰眠を貪る者がおるのが許せないと思っておったのじゃ。ちょいと気が向いてのぅ」


 紅雪の話す訪問理由に、瑠璃はがっくりと肩を落とした。


(どんだけ自分勝手なんだよ、紅雪ちゃん)


 元凶を懲らしめるというのであれば、英修が犯人なのだろうか?

 引きこもりと聞いている彼が、わざわざ外に出て麦穂を倒すなどという重労働を好き好んで行うとは思えず、瑠璃は首を傾げる。


「のう、守永よ。わしは外で話しても一向に構わぬが、お前の世間体を考えると中で話した方が良くはないか?」

「は、はははぁ」


 暑くもないのに、牧秀はダラダラと汗を流す。


「お父さん。中に入っていただきましょうよ。―――赤雪姫様。どうぞ。お茶をお入れします」


 ひたすら葛藤する父親に焦れたのか、奥から娘がひょっこりと顔を出した。瑠璃も知っている、問題の英修の妹の香琳だ。まだ十になったばかりだが、兄に似ずしっかり者だと評判だ。


「すまぬな、香琳。邪魔するぞ」


 瑠璃も紅雪に続いて、室内に足を踏み入れた。



 ◇  ◆  ◇



「そ、そのぅ、瑠璃さんはどうして姫様と一緒に?」


 守永は目の前の紅雪に緊張しつつ、一緒にやって来た商家の次男坊に声を掛けた。家の恥部に関わる話だ。極力、他人の目を排したい気持ちは瑠璃にもよく分かる。


「昨日の一件で、紅雪ちゃんが元凶の破壊をちゃんとやるか見守れってお役目です。紅雪ちゃんがちゃんとお仕事してくれるまで、離れたらダメみたいなんで。……まぁ、僕のことは空気とか壁とか、そんな風に思っていただければ」


 当の本人はお茶をすすりつつ、香琳が勧めてくれた饅頭をじっくり一口ずつ味わっている。

 守永、瑠璃、香琳の視線が集まっていることなど、気にする様子はない。


「ふむ、なかなか上手い饅頭であった。―――さて、守永。英修は部屋か?」

「は、はい。愚息は今の時間であれば、部屋にこもっていると……、ひっ!」


 紅雪は懐から人の形に切られた紙を出すと、軽く息を吹きかけた。すると、人形がみるみる大きくなり、のっぺらぼうのムキムキマッチョの形を取る。


「連れて来るが良い」


 その図体を裏切るように音もなく歩き出した人形は、家の主が止める間もなく、奥へと向かう。

 やがて、乱暴にドアが開く音が響いた。


「勝手に部屋に入るなって言っただろ、出ていけ……ヒィッ! なんだお前は」


 ガタガタバタン!


「やめろ! 放せ! 何をするんだ!」


 ドタンバタン!


「お前はなんなんだ! やめろ!」


 遠くで聞こえるやり取りに守永と香琳の顔が青冷める。

 瑠璃もちょっとだけ英修に同情した。


―――ほどなくして、首根っこを掴まれた若い男が4人の集まる部屋に引きずり出された。ボサボサの前髪で顔半分を隠された上に無精ひげが生え放題で分かりにくいが、英修は瑠璃よりも年下のはずだった。


「な、なんで、『赤雪姫』サマがこんなところにいるんだよ」


 ふてくされた様子の英修に、仕置きのし甲斐があるのぅ、と紅雪の目が細められる。


「さて、守永。この英修が昨日の事件の犯人と言ったら、どうする?」

「き、昨日の……? 畏れながら姫様、それはあり得ません。この愚息は部屋の中から出ない生活をしております。それが外に出て麦穂にいたずらを仕掛けるなど……」

「外に出る必要などない。そうじゃな、英修?」


 紅雪の赤い瞳を向けられ、自分を捕まえる人形に抵抗を試みていた英修が「何をワケわかんねぇこと言ってんだ!」と喚いた。


「―――さて、この家にはもう一人、住人がおったのぅ。確か、守永の父親じゃったな?」


 恐縮しきって「へぇ……」と答える家主は、何がなんだか分からない様子だ。引きこもりの息子が疑われたと思ったら、いきなり父親の話に飛び、展開についていけない。


「その父親、一昨日あたり体調を崩したのではないか?」


 目を丸くして答えることもできない守永の代わりに、「そうです!」と香琳が頷いた。


「おじいちゃんは、一昨日の朝方に血を吐いて……、高熱に浮かされて、何かうわ言を口にするばかりだったんです。昨日の夕方あたりから、随分良くなったんですが、まだ大事を取って寝ています」


 痛めた心を落ち着かせるように、自然と声に熱が入ってしまった香琳は胸に拳を当て、うつむいた。


「それが、そこのバカの仕業じゃと言ったら、どうする?」


 紅雪の言葉に、守永一家の表情が凍りつく。


(―――そうか、そういうことだったのか!)


 瑠璃は昨日の紅雪の言葉を思い出し、一人、頷いた。


「紅雪ちゃん、昨日、麦穂を立たせる術をしたとき、『しゅよほどけよ』って言ってたよね。『しゅ』は『呪』、呪いを解くってことだったんだね?」

「瑠璃、お前は妙なことを記憶しておるのぅ。じゃが、その通りじゃ」

「待ってください!」


 大声を上げたのは、容疑者の妹、香琳だった。


「そんな、お兄ちゃんが、そんな恐ろしいことをするなんて、信じられません。証拠でもあるって言うんですか!」


 睨みつけるような眼差しに、紅雪は肩を竦めた。隣の瑠璃にしか聞こえないほどの小さい声で「これも一因じゃな」と呟く。


「香琳。それでは、その兄の部屋へ行き、血を吐いて倒れた爺さまの名が書かれているものを探してみるがよい。そんなものが見つからなければ、わしは前言を撤回しよう」

「分かりました。私、探して来ます!」


 くるり、と背を向けて走り出した香琳に、呆然としたままの父と兄の視線が向けられる。


「瑠璃、お前も行くがよい。ただし、邪魔にならぬよう後ろから見守るだけでよいぞ」

「あ、うん、分かった」


 紅雪は再び茶をすする。ぬるくなってしまっているが、立ち尽くしたままの父子を見るよりは有意義な待ち方だ。


(さて、どうするか)


 紅雪は横目で英修をうかがった。瑠璃が急かすものだから、彼にどのような処罰を与えるべきか決めないままに、こうしてやって来てしまったのだ。

 英修がひねくれたきっかけには興味はなかった。どうせ独創性もないような理由だろう。


(跡取り息子にふさわしく、鍛えなおすのが一番か)


 自分に自信を持ち、よくできた妹への劣等感を軽減できれば大丈夫だろう。

 あとはその手段だけだ。



 ◇  ◆  ◇



「で、それっぽいものを運んで来たんだけど、どれが呪いの道具なんだい?」


 瑠璃が運んできたものは、怪しげな符で封をされた壷、大きく書かれた円にミミズののたくったような模様が書かれた紙、円と三角を奇妙に組み合わせた模様が描かれたトカゲの干物、人を模した薄っぺらい木の板、赤く謎の記号が塗られた銅鏡、その5つだった。共通点は、どれにも倒れた祖父の名が書いてあるということ。


「瑠璃はどれと予想する?」

「えー、紅雪ちゃん、そりゃないよ。……まぁ、素人目に見れば、この紙かな。円の中に五角形でしょ。稲が倒れたのも五箇所だって聞いてるし。ただねー、僕の勘は、これ以外がヤバいって言ってるんだよねー。っていうか、ホントは運んで来たくもなかったんだよ」


 一緒に運んできた香琳はショックを隠せないようで、ぎゅっと自分の両腕を抱えるようにしている。

 紅雪は、悪びれる様子のない英修に視線を向けた。


「これら全てが呪具。そうじゃな、英修?」


 その言葉に、「全部が正解って、ありなの?」と瑠璃が反論する。


「正確には、瑠璃の言った紙は既に使用済じゃ。残りはいつ使う予定だったのか分からんが、全てに名前を書くとはよほど頭に血が上っておったようじゃのぅ」

「何を根拠に、これが呪いだって言うんですか!」


 反論したのは、疑いをかけられている英修本人ではなく、その妹だった。


「確かに、見た目は怪しいかもしれませんけど、お兄ちゃんが呪いなんて、しかもおじいちゃんを呪うなんて、ありえません!」


 香琳はぐっと拳を握り締め、紅雪を睨みつけた。

 女子供には憎まれたくないがの、と紅雪は小さく口にする。


「それでは香琳。そこに書いてある名前、すべてお前の名前に書き換えても構わぬな?」


 ヒィッと小さく悲鳴を洩らしたのは、父親の守永だ。


「そ、そんな恐ろしいこと……。香琳、やめなさい。赤雪姫様がおっしゃることに間違いはない」

「お父さんは、お兄ちゃんが言いがかりをつけられても何とも思わないの? 構いません、赤雪姫様。どうぞ、名前を書き換えてください」


 意見を変える様子のない香琳に、瑠璃があちゃー、と額に手を当てた。僅か10才とは言え、怖いもの知らず過ぎる。


「……やめろよ」


 ぽつり、と呟いたのは英修。


「よかろう香琳。だが、一度、呪いが発動すれば血を吐くだけでは済まぬかもしれぬぞ。それでもよいな?」

「呪いなんてありませんから、大丈夫です。私はお兄ちゃんを信じてるんだから」


 紅雪は哀しげに微笑んだ。


(その行為こそが、兄を苦しめる一旦だと気付かぬものかのぅ)


 紅雪の白く細い指先が、並べられた壷に伸ばされる。


「やめろってんだろ!」


 室内に、男の声が響き渡った。


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