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赤雪姫の惰眠な日常  作者: 長野 雪
惰眠4.惰眠仙女の引継書
16/21

3.新米のお役目

(まったく、年齢というのも、本当に厄介なこと……!)


 腰や背中の痛みを押し殺しつつ、星瑛は上半身を起こした。

 急ごしらえの天幕に雨粒の当たる音が絶え間なく響く。緊張を抜きにしても、この音の中での熟睡は難しい。


「現地にまで足を運ぶとは思わなんだぞ、星瑛」


 幻聴が聞こえた。紅雪は心地よい惰眠を貪るために、宮城を出る気はなかったはずだ。頭の中で、あの時の会話が蘇る。


『白蛾へ赴くのか、星瑛』

『勿論です。神祇伯の勤めの1つは、仙女様との橋渡し。人の手に余るような事態になった時、私がいなくてどうしますか』

『そのための若い力とは思わぬのか?』

『いいえ。たった1度しかない引継ぎの好機です。私の傍らで仕事のやり方をきっちり覚えてもらいます』

『お前は、ほんに仕事が好きじゃのぅ』

『何か勘違いをしていませんか? 別に仕事が好きと思ったことはありません』

『では、何がそこまでお前を駆り立てるのじゃ?』

『これが私の役目ですから。他の誰も代わりのない、神祇伯としての役目です』

『………』

『あなたも、そう思っているのでしょう?』

『何を言うておる?』

『決して好きではない「仙女」のお役目を、それでもこなしている理由のことです』

『あれは、わしの結んだ約束じゃからな』

『私とて同じです。あなたに指名はされましたが、最終的に承諾したのは私自身ですから』

『なるほど。確かにそうかもしれんのぅ』


 最後はどこか寂しげな顔をしていたような気もする。

 あの人は、どこかおバカさんな所があるから、もしかしたら本気で「巻き込んでしまった」と思っているのかもしれない。

 だけど、神祇伯に任命されたことで、毎日が充実していたのも事実だ。

 あの人に出会わず、女官として勤め、いつかは嫁入りする人生もあったのかもしれない。でも、頭がキリキリとするまで案を練ったり、各省の長官と渡り合ったり、皇帝陛下と直に言葉を交わすなんて考えもつかなかっただろう。


 星瑛は、バキバキになった腰に左手を添え、手近にあった簡易卓に右手を置いて、ぐっと立ち上がる。


「――は……」


 瞬間、視界が黒く染まった。

 平衡感覚を失い、膝から力を失う。

 だが、彼女は倒れ伏すことはなかった。


「だから、年を考えろと言ったであろう?」

「ゆ……き、様?」


 薄暗い視界の中、自分の体を支えた細い腕に覚えがあった。


「ようやく名前を呼んだのぅ、星瑛? ―――しばし待て」


 ひんやりした手のひらが、額の熱を奪う。心地よい感触に、彼女はどこか詰めていた息を吐いた。


「……うむ、こんな感じかのぅ。どうじゃ、星瑛」


 目を開ければ、視界はいつも通りで。いや、いつもよりもハッキリとしているぐらいで。その上、腰や膝の慢性的な痛みがどこかへ行ってしまったかのように体が軽かった。

 そして、隣には、目を疑うような光景が。


「ひとつ、お聞きしても?」


 怒気を抑えたものの、地を這うような声が彼女の口から漏れた。


「うむ、よいぞ?」

「……そのお姿は、いかなる冗談ですか、雪様」


 老婦人を支えていたのは、どこか線の細い印象を受ける武官だった。短く刈り上げられた黒髪は見る影もなく、紅く燃え上がるような瞳は光の加減か深緋色にしか見えない。だが、その美しい造作といい、目に宿る力強さといい、それは紅雪に他ならないことは確信できた。


「武官に変装してみたのだが、似合わぬか?」


 その力を行使すれば、全くの別人に成り代わることも可能なはずなのに、なぜ古典的な方法で行くのか、思考回路は計り知れなかった。


(そうだわ。理解しようとしては、いけないのだった)


「私の聞き間違いでなければ、『果報は寝て待てと言うであろう』などと故事を誤用しつつ、宮城で惰眠を貪る気満々だったかと存知ますが」

「なに、ほんの気まぐれよ」


 うそぶいて見せる紅雪の目的は分かっていた。彼女が駆けつけなければならないほど、星瑛自身の体力が低下していたのだろう。だが、それを素直に感謝されたがるような人間でないのは、十分過ぎるほどに知っていた。


「―――状況に変化はありませんか」

「うむ、今日を挟んで、前後2日と思っていたのだがのぅ」


 星瑛は仕事の話題を振りながら、簡単に身支度を整える。


「桜莉様は?」

「軍の様子をうかがいに行っておる。あちらも、少し緊張が緩んでしまっておるようでな」


 それも仕方ないのだろう。

 派遣された武官は、ここ白蛾の地を出身とする者やここと似たような農村出身の者を優先にして編成されたため、特定の部隊ではなく今回限りの混成部隊だ。予算や現地の民の説得役などを加味した結果だと記憶しているが、どうしても統率に欠けてしまう。


「避難している民の様子は分かりますか?」


 地滑り発生(予定)地点より上流に天幕の仮集落を作り、被災予定地に住む民はそこへと移動してもらっている。馬で一刻は離れている距離だが、様子を聞いてみた。


「うむ、あちらは特に混乱もないようだのぅ。おぬしの部下もようやっておる。……まぁ、わしが直々に説得に出たゆえ、当然のことであろうよ」


 そうだった。

 渋る民を説得するため、あの「光り輝く仙女」がおでましになったのだ。あれがなければ、避難に遅延が生じていただろうことは想像に難くない、が、なんとなく釈然としないものを感じる。


「星瑛!」


 雨具を羽織ったまま天幕に飛び込んで来たのは、桜莉だった。目元に疲れは見えるものの、若さのせいか、溌剌さは消えていない。


「どうしました?」

「派遣軍の方々が、どうにも落ち着かない感じなのですわ。何か、全体的に集中力が切れてしまっているというか」

「そんなに、ひどいのですか?」

「今、カツラ疑惑の少将と、その同期の方らしい別の少将が決闘だか仕合だかをしていて、賭け事が始まっておりました!」


 星瑛の眉間にしわが寄った。

 口論から始まった本気の決闘ならば、打開策を講じなければいけないのだろうが、緊張し過ぎた軍の空気をほぐすための芝居の可能性もある。どの道、まだ桜莉には判断がつかないだろう。

 元より、混成部隊にそれほど大きなことは望んでいない。地震が起きた時に、きちんと予定通りの動きさえできればいいのだ。

 とりあえずは、自分の目で確かめる必要があるか、とため息をつき、星瑛は自分の雨具に手を伸ばした。


「報告は良いが、桜莉? おぬしは、どうすれば良いと思う?」

「え?」

「おぬしは今後、星瑛の後を継いでもらう予定よ。状況を報告するなら木っ端文官で事足りるわ」


 武官姿の紅雪のことは知っているのだろう。むしろ、問われた内容に口をつぐませる。


(また、随分と性悪なこと)


 おそらく、自分も就任当初に同じことをされていたのだろう。当時は必死過ぎて記憶にないが。

 だが、組織の頂点に立つ人間にとって、常に考えることが肝要である。それは星瑛自身、見に沁みているので、口を挟むことはしない。18歳の小娘には酷な試練だと思うだけだ。


「……」


 考え込む様子を見せた桜莉を視界から外し、星瑛は今回の段取りを思い出す。

 地震により絽山が崩れ、楊東河の流れを堰き止めて氾濫を起こす。

 その対策として、土砂の流れ込む地点よりさらに北東を流れる楊東河の支流・隗河を使うことを考えたのは星瑛だ。水が隗河に流れるよう誘導するため半月かけて溝(とても水路とは呼べない)を掘らせた。

 ここで駐留している軍の役割は、氾濫した河水の状況によって流れを誘導するための土嚢を積んだり、現場の状況を避難先の仮集落へ伝達することだ。

 特に土嚢の設置は迅速さが求められるし、濁流に巻き込まれる危険もある。だが、危険については紅雪が請け負ってくれていた。命だけは助けると。


(本人の不注意や何かで巻き込まれたのなら、それ相応の報復はあるでしょうけど)


 結果、プライドがずたずたになろうが、命が助かるなら問題ないと星瑛は思っていた。


「……いつ起こるか分からないから、緊張した状態を保ったままにできないのでしょう?」

「うむ、そうだな。本来であれば軍を率いる将の役目ではあるが、……まぁ、ありあわせだしのぅ」


 桜莉は武官姿の紅雪をまっすぐに見つめ、次いで雨具を羽織った星瑛に視線を移した。


「でしたら、……したら、いかがでしょう?」


 その提案は、星瑛の予想外のものだった。

 それと同時に、そんな発想ができるからこそ、他でもない神祇伯の後継に推したのだと、紅雪の意図を理解した。

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