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魔女と翼

 後光が差し一種の神々しい、でかいババァ。全身を黒い革のツナギで固め、暴力で生きてきた者特有の雰囲気を醸し出している。

「おい、婆さん。人の店の壁破壊して高笑いたぁ、どういう了見だ? 修理代を出すって言うんなら今回は大目に見るが、ことによっちゃあ…」

 さすがはマスター。こんな状況でも呑まれていない。ブックマンさんも最初からいたカウンター席から一歩も動かず、

「少年、大丈夫~?」

 と、のんびりした様子。

「おや? ふむ、そう…」

 何かを言おうとした老婆に、とんでもない速度で何かが投げつけられる。どこかで見たことのあるシルエットの物体を、小首を傾げる程度の動作で躱し

「三五点」

 拳を頭上に放ちながら言う。

 いつの間にか空中に、老婆の頭頂部を蹴り飛ばそうとする少女がいた。

 短いスカートからスラリと伸びた足。その足を大きく振りかぶる様はパンツ丸見えで超ラッキー。なんて考えている間に、少女の足は振り下ろされる。少女の蹴りと老婆の拳は空中でぶつかり、一瞬の拮抗もなく少女は吹き飛んだ。

「剣を投げつけることでの牽制と頭上からの蹴り。悪くはないが力不足さね」

 ニヤニヤと笑いながら老婆は評する。

「チッ、この化けモンが!」

 苦々しさ全開で吐き出された言葉は、ひどく訛っていた。

「ああっ!?」

 さっき老婆が『剣』て言った。僕を弾き飛ばしたのはこの少女だったのだろう。で、この少女が飛んでいった先は、カウンターの脇を抜けた通路の奥。つまり、ここに住み込みで働いている僕の部屋だ。

「……ない!」

 部屋に駆け戻ると、ベッドの脇に立て掛けてあった僕の剣がなくなっていた。さっき町中へと猛スピードで飛んでいったのは、僕の剣だった。

 シリアスなバトルだろうが関係ない。今度はホールに駆け戻り叫ぶ。

「弁償してよ! あの剣は、僕の給料三ヶ月分なんだぞ!」

 ギルドの先輩が、男だったらエモノは最低でも稼ぎの三ヶ月分の物を持たなきゃな、なんて言う冗談を真に受けて本当に三ヶ月分貯めて買った大事な剣だったのに。

「……ああ、そういえばお前、冒険者だったっけ」

 本気で凹んでいる僕に、マスターのつぶやきは致死の毒だった。

「あ~あ、こりゃおじさんの魔術でどうこうできる問題じゃないわ。あんたら弁償してやりなよ? 少年本気で凹んでるからさ」

「ふん、だから言ったじゃないか。これ以上の被害が出るかどうかは、そのお嬢ちゃん次第だってね。投げたのはお嬢ちゃんなんだから向こうに請求しな」

「あほ抜かせ! ばあちゃんがいきなり襲ってきたからこんなことになってんやろうが。それがなかったらその壁も壊れんかったし、二束三文の剣を投げることもあらへんかったわ!」

 言うに事欠いて二束三文って……。

「あれ? 何処やったかなぁ。確かカウンターの中に……」

 マスターはゴソゴソと何かを探している。

「あはは、僕の三ヶ月分…二束三文って…」

「ゴチャゴチャうるさいなぁ。ていうか自分、部屋にもう一振り置いとったがな」

「あれは……っ!」

 あれは違う。アレはそこらにある剣なんかじゃない。アレを持って旅をしているけども、抜くつもりはない。

「…ふぅん。ま、大事なモンなんやね。ほんなら投げてもうた剣の替わりを、あのばあちゃんシバキ倒して弁償したるから待っとき」

 そう言って、少女は手首のあたりで交差した腕を胸くらいの高さに上げて突き出す。

「ほう、やっと使う気になったのかい。そいつを」

 老婆が顎で指したのは、少女が左右に着けている腕輪だ。その腕輪は紅い金属でできていて、一目でただの飾りじゃないことがわかった。

「えっ、あれって『紅翼こうよく』!?」

 一見すると無地に見えるが、起動することで精緻な文様が浮かび上がる。間違いなく練金学の粋、『魔導具 紅翼』。

「名乗るで。紅翼のアリシアや」

「ふん。チェアの一七六位、シウ=レイリー。破壊衝動マテリアルウィッチなんて呼ばれている」

 チェアの一七六位? 世界最大の犯罪者ギルド、「狂人マドマンズ・チェア」一〇〇番台ナンバリングホルダーなんて化け物が何でこんなところに…。それに、アリシアって『美少女盗賊』のアリシア?

「おい、テメェら勝手にバトル始めようとしてんじゃねぇ! ここはオレの店だぞ」

 やるなら外でやれと言いつつ、自分も参加する気満々なマスター。その手には二振りの剣が握られている。

 一振りを僕に放りつつ

「おい、ブックマンも手伝え。あいつら追い出すぞ!」

 ええ~! ブックマンさんはともかく僕を戦力に数えますか、マスター。

「こんな面白そうなのに? お金取れるレベルだよ?」

 こっちはこっちで、観戦する気満々だし。どっちにしても、今日でこの店はたたむことになりそうだ。…次のバイトどうしよう? 手頃なクエストってあるかな。

「それにさ、おじさんの依頼握り潰してくれたじゃない? やる気が出ないなぁ~」

 第三者で本当に端から見ているだけの僕だけど、ブックマンさんの言い方はイラッときた。主に、中年が無理に可愛い子ぶってるあたりとか、拗ねているような態度とか、言葉尻にチラリと何かを要求するような上目遣いとか。

『全てを紅く覆う翼よ!』

 当然だけど、こちらの都合はお構いなし。向こうは向こうの都合で話が進められている。マスターたちの会話にも入らず、もちろんバトルモードの二人の間にも入っていない僕は、とてもよく進行を見渡せる位置にいる。

 馬鹿なことをしている間に、戦闘が開始される。こうなってしまうと、武力介入することはマスターでも骨が折れるだろう。

 紅翼が完全に起動し、腕輪から歪曲した紅い光があふれ出す。それは名前の通り、翼にも見えるし刃のようにも見える。

「カッ!」

 老婆、シウが体中に気功を巡らせ、身体能力を上げる。そして、先程とは変わって、今度はシウから打って出た。瞬きをした覚えはないのに、まるでコマ落としのようにシウの姿はアリシアの正面、近接戦闘の間合いにあった。

「ち~いと本気を出すよっ!」

 これでも全力ではない。そう宣言しながら放たれた豪腕。

 ダンッ! バンッ!

 まるで大地が爆ぜたかのような震脚。そして、空を叩いた音。空振った腕は、空を斬るのではなく正しく『叩いた』。

「なんぼ力があったかて、当たらんかったら意味ないんちゃう?」

 先程の再現。アリシアは空中から蹴りを放つ。

 ィィィイインンッ!

 可聴領域を超えた音が降る。

「くぅっ!」

 違ったのは三つ。

 シウがアリシアの動きをとらえ切れていなかったことと、アリシアの蹴りがまるで『空を斬る』かのような鋭かったこと、そしてシウが避けることを選択したこと。

「……」

「……」

(うわ~。離れた所から見てても動きが追えない……あはは)

 あの二人にとってはどうか知らないが、自分にとっては超常の攻防。ここまで凄いと逆に笑える。

 そして、今度は一転。どちらも動かない。

 一瞬の攻防でわかったのは、相手が自分を殺しきる技があること。

 シウは全力ではないことを宣言しているし、チェアの一〇〇番台。切り札の二枚や三枚は隠しているはず。

 対してアリシアも、紅翼の腕輪の能力を一端しか見せていない。この腕輪は飛ぶことができ、高速で移動できるだけの代物ではない。

 だから、二人は口角をつり上げる。

「にらめっこは趣味じゃあない。お嬢ちゃんもそうだろう?」

「せやな~。チンタラやんのは好かんで」

「どうだい。次で終わりにしようじゃないか」

 そう言って、シウは腰ダメに拳を構え気を錬る。半身よりもやや内に、拳を隠すように身を捻りつつ、左手を右拳にそっと添える。

「ええで、ウチもそう思うててん」

 奇しくもアリシアの構えは、手首の腕輪を交差させた状態で左へ身を捻る、シウと左右対称の構えだった。

「ブックマン、インパクトの瞬間に横槍を入れる。フォローしろ。バイトも合わせろ。飛び道具系剣技の一つや二つくらいあるだろ」

 流石はマスター。歴戦の剣士だけあって、手持ちの戦力を余さす理想的に配置する。

「えー、やだよぉ。壊れた所はおじさんが直すからさぁ、見物しようよう」

 鞘に剣を収め、

「んー、なら構わねぇか」

「ええ~?」

 あっさり見物に回った。

「おお~い、おまえら。折角だから派手にやれ!」

 それどころか煽りまで入れる。さらにはビール片手にどっちが勝つか賭まで始まった。

「おっと、そろそろだぜ」

「みたいだね。おじさん、年甲斐もなくワクワクしちゃうよ~」

 のんきな二人を尻目に、僕は血の気が引きまくる。

(冗談じゃない! 紅翼の余波でこの建物は吹き飛ぶよ!!)

 僕は、この状況を打破できそうな技を急いで準備する。

「ぁぁぁああああああっ!」

「おおお…せぇぇいっ!」

 裂帛の気合い。爆発する気勢に、吹き荒れる闘気。紅く染め上げようとする翼。

 紅い刃と気功でコーティングされた拳は、神速で放たれ互いの技を喰い尽くそうとせめぎ合う。

 ギシィィッッ!

 互いの技が、互いを、そして空間を軋ませる。

「ウソ…拮抗してる?」

 これは冗談だろうか? 魔導具による攻撃を素手で相打っている。

「おお~、さっすが婆さん。相変わらず鬼のような強さだねぇ~」

「おいおい、その鬼と拮抗するあの嬢ちゃんも大したモンじゃねぇか。魔導具で経験の差を上手く埋めてる」

 マスターとブックマンさんは二人の実力を測り、これなら大丈夫と判断したからこうやって暢気にしていたのだろう。そりゃ僕みたいな駆け出しとは経験も実力も違う。だが、魔導具の知識なら僕の方が上だ。

(……えっ!?)

 だが、現実に起こったのは互いを相殺しきれず、行き場をなくした力が周囲に牙をむいた。

「い、一閃!」

 予想と違ってもやることは変わらない。地を這うような下段から一気に伸び上がるようにして斬り上げる。振り上げた剣から剣気が迸り、暴発しようとしていた力を消し飛ばした。……壁ごと。

「あれ?」

 さっきまでは人一人が通れるくらいだったのが、今では成人男性の縦約三倍、横四倍。巨人族でも大柄な方が平気で通れそうなくらい空いている。

「……」

「……」

「……」

「あはっ、やっる~」

 邪魔されて怒り心頭なお二人と、店を壊されて怒り爆発なマスター。唯一、ブックマンさんだけが楽しそうにしていた。

 

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