緑でホワイトな縁
名取 竜睦は、大学生で今は彼女はいない。彼の属する理系学部にはありがちなことだが、致命的といえるほどに女子が少なかった。しかし、名取の所属するゼミにはその数少ない女子ひとりがいる。彼女の名前は、風浦 りん。だがしかし、紅一点である彼女は変人だった。いや、むしろ人として何かがずれている天然さんであった。
3月中旬。本来ならば学校は春休みの時期である。
しかし、生物を使って研究するような学部では、その生き物たちの様子を見に来なくてはならないので、休みに入ったと言うのに学生の姿は多い。
そうでなくとも、一緒につるむ友人たちは大抵大学にいるのだ、朝起きて暇であれば、特に用がなくともなんとなく大学に足が向いてしまうのである。
そのせいか、授業の無い春休みの研究室は自然と休憩所兼たまり場とかしてしまうのだ。
「また、ミドリムシか」
名取がその菓子棚を開けた時、それはそこにあったのだ。みどり色をしたドーナッツのようなパンのようなものがいくつか入っていた。これは間違いなく、ミドリムシの有効性について研究している幕音先輩の置き土産である。
「いい加減、慣れたら? こんなのクロレラと一緒だよ。まぁ、ミドリムシはせわしく動くけれどね……やっぱりこの食感は、ものすごく牛乳か甘いスープが欲しくなるなぁ」
名取よりも先にこの部屋に来ていた彼女は、その物体を食べながら、笑顔で振り向いた。
「でも、ミドリムシが本当に未来の食品資源にまで発展するかどうかは分からないけれどね。実用化されて、意外な問題点とか出てくるだろうなぁ。クロレラと同じように何か問題が出てきて、中途半端な健康食品で終わってしまうような感じにならなきゃいいけれど。技術なんてそんなものだよね。大抵、何か起こってから出ないと原因が分からない。結果が分からないと原因も何も認識されないからね」
そして、残りのパンを口に放り込むと立ち上がる。
「休憩終わり。そろそろ行かないとね」
椅子に軽く畳んでかけてあった白衣を広げ、なれた手つきで羽織ると「またね」と彼女は部屋を出て行った。
(……いい)
着込む時の白衣のすそがたなびく様といい、襟に挟まったひとつに束ねた黒髪を引っ張り出して整える様子といい、何か心にときめくものがるのだ。ついつい八重歯が唇からのぞく。そう、密かに白衣萌えな名取であった。
「って違う。渡すものがあったのに」
今日はバレンタインデーの1ヵ月後、3月の14日なのだ。
先月彼女からは「チョコ」のお礼はいらないと言われたが、趣向返しに名取は飴玉を3粒贈りつけてやろうと、この日を待っていたのだ。
名取は飴を3粒袋の中からつかむと、すぐに部屋を出て彼女を追いかけた。
「風浦さん!」
名取は呼び止めた。声をかけられて振り返る彼女に名取は飴を3粒差し出した。
「これ、バレンタインデーのお返し」
「ん、ありがとう。それにしても、なぜ3粒?」
彼女は首をかしげている。彼女はバレンタインデーに自分がしたことを忘れていたに違いない。
「ホワイトデーって3倍返しというだろ? バレンタインの時、一口チョコ1個貰ったから、そのお返しで3つなんだ」
「そんなこともあったね。いらないって、言ったのに。でも、ありがとう、大切に食べるよ」
彼女は笑みを漏らした。
「じゃ、またあとでね」
そう言って、白衣のポケットに飴を入れた。
「……あぁ、そうか、だからさっき……狩雨くんからの飴も3粒だったんだね……」
去っていく彼女が思い出したように、そうつぶやいていたのを名取は聞き逃さなかった。
(……狩雨、お前もか!)
「……」
白衣のポケットにしまわれたあの飴玉は、次にいつ外の空気に触れることができるだろうか?
もしかすると発見されるころには、その飴はとけてそのまま再び固まり袋にくっついているかもしれない。
―――主要微生物―――
★ミドリムシ★
ユーグレナ藻ともいう。
鞭毛で動き回る動物であり、葉緑体を持ち光合成を行う植物でもある単細胞真核藻類。
本作品では、もっぱら食用としての登場。
★ミドリムシの有用性★
水と光と栄養塩だけで、バランスよく栄養素を作り上げる。
ミドリムシからバイオ燃料をとる研究もされている。
光合成をするので、二酸化炭素を吸収する。
食糧問題と環境問題を同時解決?
ミドリムシでつくる未来は明るいかもしれない!
―――登場人物―――
★名取 竜睦★
彼女はいない。
狩雨とは同級生で親友である。
★狩雨 武★
彼女はいない。
名取とは同級生で親友である。
★風浦 りん★
名取と狩雨と同級生。
天然さんである。
★幕音 修★
彼らの先輩。
ミドリムシについて研究している。
研究室の菓子棚(冷蔵庫)には、よくミドリムシ食品が並ぶ。




