表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

第弐話 楽し苦し

昨年まで、ここ朱上市のエリート校に通っていた犬神悟(いぬがみさとる)


今年から入学する高校、霧識高校に関わってから、彼の周りは今までと一変する。


例えば、(これは前々からだが)死んだはずの祖父から夢の中で予言めいたことをされたり、


二重人格の少女に引っ張り回され、電柱に叩きつけられてたんこぶ一つで済んだり、

綺麗な先輩を見つけたかと思えば、結構ずれた性格だったり、


合格発表の場でこれまた綺麗な娘を見つけたり


と、まあこんな感じ。


ある日悟は祖父の予言に気になる言動を発見する。


なんでも、運命の出会いとやらが彼に起きるらしいのだ。


初の登校で緊張もある中、


沢山の出会いが彼を翻弄していく…………。


『おお、また会ったな。悟よ』


再び夢の中。俺は眠りが浅いらしい。薄暗い中に爺さんが佇んでいた


「また会ったな、爺さん。三十秒で何が出来たんだ?」


前回の三十秒クッキングの件が気になるところだ。爺さんは首を傾げた。


『さて、なんだったかなぁ。ところで、今日のことだが』


俺の質問はスル―。少しいらっとくるのはいつものこと。

爺さんが真面目な顔をしているのもいつものことで、少し違うところといえば、爺さんの右手に焼酎のビンが握られていることくらいだ。ラベルには「黄泉渡り」と書かれている。すると、爺さんはおもむろにそのビンを傾け、床に中身を振りまき始めた。


「………何やってんだ?」

『まあ、見ているといい』


言われた通り、少し黙ってみる。

液体の水面に何かが映る。なんとなく見覚えのある光景だ。保健室、学校、公園。よくよく観察してみれば、それらは俺が今日一日に体験した出来事だった。


「なんだこれ、さすが夢ってところだな」


水面に触れると波紋が広がる。不思議なことに、映っているモノは一切乱れない。

爺さんはかかっ、と笑い、


『どうだった?』

「へ?何が」

『今までと違う環境はどうだった、と訊いているんだ』


俺を茶化すように背中を叩く。力の加減を知らない、爺さんの大きな手。ふと、懐かしさを覚える。


「そうだな、今までと比べなくても十分楽しかった。ちょっと苦労はあったけど、許容範囲ってやつかな。幸と不幸は平等なんだろ?」


かつて、目の前にいる祖父に教えられたことを思い出す。

爺さんはまた笑う。


『そうだ。全てはある程度平等に、均等に降り分けられている。だからな』


真面目な顔が俺に迫る。一瞬、怖気に似たものが込み上げる。


『忘れんじゃねえぞ、その気持ち。そして、お前に関わるようになる人間にそれをわからせてやれ』


ポン、と頭に手がのせられる。


「ああ、わかったよ」


まったく、ホントに懐かしい―――――――――。




日が差し込む。雀が窓の外で鳴いていて、実に朝らしい。

「んあ、今回は随分リアルだな。予言もなかったし」

重い目蓋が鬱陶しい。俺の部屋は二階にあるので、朝っぱらから階段を下りなくてはならない。億劫(おっくう)だ。


「さとちゃ~ん、朝ですよ~~~」

「悟ぅっ!起きてこい!ほら、お天気姉さんが!!」

「そんなんじゃ起きないわよ~。もっと刺激的じゃないと~」

「うむ、それもそうか……………よし」


下の階では毎朝恒例の夫婦活劇が繰り広げられているようだ。

俺の両親は人よりはるかに精神が若い。母は前説明したとおりだ。父のことを簡単に話すと、音楽家で、母と同様にテンションが高くて、エロい。はい、終了。

言うまでもなく夫婦仲は円満で、テンションが妙に高いことを除けばいい両親である。


「今行くよ」


布団をたたみ、手早く着替えを済ませ、寝ぼけて落ちない程度に階段をゆっくりと下りる。


「父さん、何やってんだよ」

「ん?なんだ起きたのか。残念だな」


なにやらネギを握り締めている父さんは拗ねたように口をとがらせている。何するつもりだったんだろうな、ホント。


「昔から言うだろ。ケツにネギぶち込むといいって」

「風邪ひいた時だろそれは。あと、迷信は信じない主義だから」


困った父親だ。知識は中学生以下、と言いたいところだが、音楽家として少し売れていたり、音大を出ていたりする。この幼稚さを除けばエリートと呼べなくもない、らしい。

意外なものというのは結構多いものだ。

ほら、アインシュタインだって数学ばかり勉強する変人だったのに、今では偉大な人とされているわけだし。


「あなた~駄目よそれは~~さとちゃんは初心者なんだから、もっと小さいのから始めないと~~~~ね?」

「確かに………一理あるな。よし、キュウリを」

「やめてくれ!俺はそういう趣味はないし、自分の親のそういう会話を聞きたくない!!」


朝の会話とは思えない、と思うのが常人の反応だが、俺はというと、さすがに毎朝同じようなものを見せられ&聞かされていればいやでも慣れるというものだ。

二人でくねくねと何やらふざけ合っているが、一応大人、のはずだ。

そんな二人を無視してテーブルにつき、テレビのチャンネルを変える。いつも通りのニュースキャスターが六時を知らせる。


「昨日は中々大変だったけど、今日から本格的に学校だな。楽しみ、と言いたいけど」


昨日がアレで今日が安全である保証はない。自身の直感がそう告げていた。というより、誰だってそう予想できるだろう。

同じ学校なんだからそれくらいの覚悟は持っていないと困る。


「な~に独り言言ってんの~?」

「おう!悟ぅ!!悩みなら俺に話してみろぉおおぃ!!」


いつの間にか戻ってきた両親が俺の両サイドを固める。


「なんでもねえよ。あと、テーブルの上に精力剤を置くな。俺は飲まないからな」


絶倫のススメってなんだろう。朝に飲むものではないことは確かだ。少なくとも学生には必要ない。

俺に朝から叫びながらこの市内を走り回ってくれとでも?

ふざけるな。


「はっするよ~~」

「ハッスルだ!!!」


ガッツポーズを決める両親。そんなにこやかに言われても困る。


「顔、洗ってくるよ」


結局何も食べないまま席を立つ。落ち着かないのは外に限ったことではない、ということか。

洗面所に立つと鏡にニヤけているのか不安なのかハッキリしない顔が映っていた。

両親がやけに絡んできた理由はこれか。


「このまま行ったら気持ち悪いだろうな。まったく………」


冷水が手を冷やす。そのまま顔に持ってくると、手で感じた冷たさとはまた違う感覚が残った眠気を覚ます。

夢のことがなんとなく思い出される。

久々に感じた爺さんの温かさ、大きさ、厳しさ、やさしさ。その全てが懐かしかった。

夢のお告げとかは半信半疑だけど、死んだ爺さんに会うことができるのは素直に嬉しかった。

両手で頬を張る。


「よし、行きますか」


気持ちを切り替え、ポケットにしまってあった腕時計をはめる。見ると時刻は六時十五分をまわったところだった。ちなみに、俺は三十分には出ないと間に合わないわけだが。


「うわ、ちょっと急ぐか。いきなり遅刻なんて御免だぞ、おい」


小走りで居間へ戻り、食パンを口に詰め込む。両親はニュースを見て大笑いしていた。

何を見ているかといえば…………………………


『えー、最近はさく、桜の開花が全国各地で――――――』

「あははは、この人噛んでるぅ~~~~」

「仕事だろー?あっはっはっは!!」


やめてあげて!!そこは微笑ましく見守るところだろ!?


「……………行ってきます」

「「いってらっしゃい!!!!」」


やっぱり、ハイテンションな俺の両親だった。




玄関を出ると、見覚えのある顔があった。後ろで束ねた茶色っ気のある髪と小柄な体躯。

昨日のキズが疼くような気がした。


「おはよう!」

「おはようって、なんでここにいるんだ?日向」

「友達なんだから、近所なら迎えに行くのが道理でしょ?」

「道理、ねえ。俺だったら面倒だけどな」


得意げに話す日向。こうして話していると昨日も悪いことばかりではなかったと改めて思う。

まあ、もう一つの人格の脅威が去ったわけではないけど。目下最大の悩みだ。

日向は下から俺の顔を覗き込んで続ける。


「面倒じゃないよ!あたしの高校の友達一号だからね!!」

「わあったよ。ほら、昨日みたいな事態にならないようにさっさと行こうぜ」

「わかってるよ!!」


日向は俺の横をトコトコ歩く。傍から見れば兄弟に見えたりするんじゃないだろうか。主に身長的な理由で。

太陽がベストの黒を焼く。部分的に寒かったり暑かったりして厄介なことこの上ない。

今日の気温はいつもより少しだけ高く、春っぽい天気だった。気持ち良さげに宙を舞う小鳥が俺たちを追い越していく。

しばらく歩くと見覚えのない信号につきあたる。


「あれ、昨日ここ通ったっけ」

「通ってないと思うよ。今日は皆が通って来る道を来てるから」


なるほど、これなら日向の方向音痴も関係ないだろう。人について行けばいいのだ。

さっそく、同じ高校の生徒らしき人を見つける。これで一安心だ。


(今日は無事に着けそうだな)

「ほら、何ボケっと突っ立ってるの!行くよ!」

「はいはい」


無駄に張り切っている日向について行く。見失ってしまえば完全に遅刻だ。

日向はやや早歩き、俺は普通に歩く。しかし、歩幅の関係でスピードは同じ。

それから十数分、ひょこひょこ揺れる日向の束ねた髪を眺めながら「また掴んだら怒るのかな」とか考えたりして過ごしたわけだが、


「甘かったか」

「…………………えへへ」


見事にそこは学校ではなく、商店街らしきところに到着していた。ちなみに商店街の位置だが………学校から西に3kmほど離れた場所だ。

たまにはこんなこともあるさ。二回目だけどな。


「………日向」

「え、あ~、え~っと、あ!ほら、まだ間に合うよ!急いで!!」


日向の腕をがっしり掴む。少し涙目な日向。

そして一言、


「東に行ってどうする」

「……………え?」


そこから自分の記憶を頼りに走ること十五分、なんとか遅刻ギリギリで校門をくぐり抜けることに成功した。

先生たちの視線が痛い…………。




「それでは、ホームルームを始めます。起立」


担任教師の号令でクラス全員が一斉に立ち上がる。


「礼、着席」


一通りの挨拶を終えると、自己紹介らしきものが始まった。

日向は違うクラスで一人もわからない状態だったので、中々ありがたかった。

皆、一人一人が多様に自己アピールなんかも織り交ぜながら、緊張半分、ふざけ半分で紹介を終えていく。

周りを見回すと既に打ち解けあっているところもあれば、一人で緊張したような面持ちをした人もいる。

よく見る光景だ。

入学したんだな、と今更ながら実感できる。

そうやって見ていると、一人だけふてぶてしく机に頭を転がしているヤツが一名、目に入る。というか俺の隣だ。

髪は赤っぽく、なんとなく不良というイメージを受けた。中学校では見ない人種だっただけにまじまじと見てしまう。都会に出た田舎人はこんな気分なんだろうか。


「おい」


赤毛の不良は俺を睨みつける。どうやら起きていたようだ。

このような状況になったのは初めてで、少しだけうろたえる。


「なんだよ」


強気な態度を崩さぬように相対する。こういった状況では先になめられたが最後だ。でも、困ったな。俺は運動が出来ない。喧嘩になったら生きていられるかどうか。

睨み合いが続く。脂汗が顔を滴り、ぽつりと床に落ちる。

すると、赤毛の不良が突然破顔した。俺は何が起こったのか飲み込めず、茫然と彼の顔を見る。


「面白い奴だな、ホント。弱いくせして見栄張ってやんの!!」


げらげら笑う不良に少しだけ苛立ちを覚える。


「んだよ、やってみなきゃわかんねえだろ?」

「筋肉見りゃわかるっての。そんなひょろい腕で人なんて殴れねえよ」


不良は上腕を叩きながらまた豪快に笑った。


「いきなりガンつけて悪かったよ。俺は川瀬俊也(かわせとしや)ってんだ。よろしくな」

「犬神悟。こちらこそ」


こうして話してみると、自分の想像している不良像とは少し違ってくる。髪の色こそアレだが、人の本質はわからないものだ。


「次、犬神君。自己紹介を」


担任に呼ばれ、席を立つ。

教壇の前に来ると、心臓がいつもより速いリズムを刻む。

軽い自己紹介とはいえ、人の前でものを喋るのは慣れないものだ。


「えと、名前は犬神悟です。出身中学は燈火学校、です」


ざわっ

周りからは驚きの声が聞こえた。それもそのはずだ。

燈火学校。

この市内で最優秀の学力を収めている学校に通っていた生徒が、中の上くらいのこの学校にいるんだから。

好奇の視線が俺を貫く。全身を串ざしにされながら、今更に喋らなければよかったと後悔する。こうなるって、気付いていたはずなのに。

あの学校なら頭がいいんだろう。

あの学校なら真面目なんだろう。

あの学校なら、あの学校なら、あの学校なら……………。

不意にあの頃の光景がフラッシュバックする。

生徒一人一人に表情はなく、まるでロボット。なんだって皆そんな顔をしているのか、訊いてみたことがあった。すると、無表情な顔に恐怖の色が浮かぶ。


「だって、そうしていないとマトモで居られない」


そう言ったのだ。

馬鹿だった。勉強は出来た彼らだったが、人間という生物においては欠陥品もいいところだったのだ。

マトモな人間なんて、‘人間’なんて俺くらいのものだ。

この事実を、この大勢の前で喋ってやればどんな反応をするんだろう。

一瞬、暗い好奇心に口が開きそうになる。そのとき、


「おい!くだらねえこと言ってねぇでさっさと次の話しろよ。好きな女のタイプとかさあ!」


約一名、空気の読めない馬鹿がいた。

いや、逆に一番読めていたのは彼だったのか。

とにかく、その馬鹿の存在で今は救われた。それだけは事実だ。


「え~、中学校の頃は…………」


その後は他愛もないこと(血液型とか誕生日とか)を話して俺の自己紹介は終了した。

二カッと笑う俊也を小突く。


「おいおい、話したくなさそうだからフォローしてやったんだぜ?礼くらい言ったらどうなんだ?」

「うっせ、助かりはしたけど、なんか癪なんだよ。ったく」


こいつの前では素直になれそうにない。

なんとなく、そう思う今日この頃。


「次、川瀬君」

「あいよ」


だるそうに返事をして歩いていく。

話していなかったら完璧に不良だよな、あいつ。


「川瀬俊也。詩倉高校から来た。よろしく」


淡白に自己紹介を終え、最後ににらみを利かせる。これでは寄りつく人もいないだろう。


「お前、そんなんでいいのか?」

「いいんだよ、ダチならお前がいるし、女は今のところ考えてねぇし、先生の印象なんてクソ喰らえだ」

「はは、自分主義だな」


こうして、女子の比率が高いこの学校で初の男友達が出来たわけだが、まだこの馬鹿が親友になるなんて思いもしなかったわけだ。




所変わって食堂。

この学校は中々に料理に熱が入っている。メニューは三百はあるだろうし、その一つ一つがとてつもなくおいしい、という噂だ。

そういうわけで弁当を作って来る人も少なく、食堂はどこぞのテーマパークを連想させる混み様だった。俺と俊也も、例に漏れずその列の中にいる。


「これは、酔うな」

「俊也、お前からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ」

「どういう意味だよ、それ」


どういう意味も何も、意味なんて一つしかない。

でも、確かに気持ちはわからないでもない。正に人の波といった感じだ。

男が少ないのがせめてもの救いだった。

女子が多くても困ることは困るけれど。

とんとん

肩を小突く手が背後から伸びている。


「犬神君、私だよ」

「あ、こんにちは、紅崎先輩」

「うむ、こんにちはだな」


人ごみから紅崎先輩が顔を出す。


「こちらに来ないか?空いているんだが」

「マジですか!?おい、俊也。空いてるってよ――――――――すいません、こいつ、いいですか?」

「なんだよ、人をゴミのように」

「ふふ、構わない。ほら、行くぞ」


手を引かれ、人の波からようやく抜け出す。俊也が多少苦戦しているが、面白いので傍観に徹してみる。

抜け出した俊也は何やら不満がありそうな目をしていたが、当然無視。


「さあ、先輩、行きましょうか」

「うむ、こっちだ。迷うなよ」

「悟、ちょっと待て」


待てと言われて待つ人がいたら見てみたいものだ。

先輩について行くと、なるほど、テーブル一つに椅子四つが空いているのが見えた。

空いている、というより空けられているような感じだ。不自然なのだ。


「先輩、ここって空いてたんですか?」

「ああ、空けてあるんだよ。生徒会用にね」

「生徒会って、先輩って生徒会役員なんですか」

「うむ、副会長だな」


しれっと新事実を明かす先輩。

ここは、驚いておいた方がいいだろうか。よし。


「ええええええええええ!!!!!!マジッすか!?」

「おお!マジだとも!!ははは、過剰な反応ありがとう!」

「お前ら、何やってんだ?」


俊也が冷静に突っ込む。

予想外の展開だ。

一息ついたところで席に着く。人が並んでいる中で、座っているという状況は中々に優越感を感じる。

飛行機から下を見下ろす感覚に似ているだろうか。


「でも、良かったんですか?生徒会の席なんでしょう」

「いいんだ。皆、私とは座らないさ」


一瞬、先輩の顔に昨日と同じような陰りが生じた。

何かわけがあるということはわかるが、それを追求して良いかどうかは正直なところ、微妙だ。

あまり深入りはしない方がいいのだろうか。


「先輩、なんかあったんすか?」


俊也は俺の考えなど構うことなく、先輩に問う。

心なしか目元がキリッしているように見える。

こいつ、さっきはあんなこと言っといて、ホントは興味津々じゃないか。


「いや、何もないよ。ただ、少し過労でね。そこまで働いているつもりはないんだが」

「休んだ方がいいっすよ、そういう時」

「そうですよ。昨日だって遅くまで残ってたじゃないですか」

「そ、それは違う理由なんだ。だから、心配するな」


そう言って先輩は爽やかに笑った。

そこにさっきのような暗い感情は見えなかった。


「まあ、いいですけど、無理はしないで下さいよ」

「ああ、気をつけよう。しかし、そういう犬神君こそ昨日は大変だったじゃないか」

「なんだ?なんかあったのかよ」

「ふふ、それがな………………」


それからは食べながらの歓談で盛り上がった。

俺の昨日の参事や、先輩の思い出話、俊也の武勇伝(?)など。

初めて話したというのに、話題は果てを見せず、


「おい、悟。あれ、見てみろよ」

「あれ、って女じゃねえかよ。またお前は」


俊也のその声で一時中断される。

肩にのしかかる俊也に押され、渋々その方を見る。

すると、身体が反射的な運動で俊也を跳ね飛ばす。あれは―――――――


「あ………あの娘だ。おお!よくやった俊也!!」

「ん、どの娘だ?………ふむ、あれは色織さんだな」

「先輩、知ってるんですか?」

「一年生の名前は大体暗記している。色織雅(しきおりみやび)、本校でもトップクラスのお嬢様だな。」


色織雅。

無意識に小さく復唱する。

眼球が彼女を捉えて離さない。お嬢様、か。

確かに気品あふれる振る舞いに、柔らかい笑顔。礼儀正しく、勉学の方も優秀らしい。

自分の考えるお嬢様というものに寸分違わずにその姿はあった。

話しかけたい。親しくなりたい。

長らく感じたことのない感情が俺の中で暴れるのがわかる。

しかし、彼女の周りには沢山の女子生徒がいて、とてもではないが近づける雰囲気ではなかった。


「いや~いいよな。容姿端麗、頭脳明晰、おまけに天下のお嬢様。中々御目にはかかれないよなぁ」

「ああ…………………………」

「時に犬神君、君は彼女に好意を寄せていたりするのかな?」

「ああ…………………………え?いや、違いますよ!全っぜん違います!綺麗な人なら先輩もそうですし」

「そ、そうか」


先輩は何故か顔を隠している。どうしたんだろうか。

それよりも色織さんを………あれ?


「さっき歩いてあっちに行っちまったぞ」

「しまった!またか!!」

「「また?」」


俊也と先輩はハモって同じ疑問を口にした。

二人にはわからないだろう。

なんと言い表わせばいいのか、この喪失感。


「先輩、色織さんのクラスってわかります?」

「ああ、一通りは頭に入っているつもりだが、どうするつもりだ?」

「はは、先輩、アレっすよアレ。一目ぼれってごふっ」


俊也を黙らせた後、先輩から詳細を聞く。

クラスだけでよかったのに、彼女の噂やら家柄やら色々教えてくれる先輩。お約束ともいえるスリーサイズまでもが完璧に網羅されていた。先輩、何者なんだろう。


「ありがとうございますっ、あの、お礼に何か出来ることは…………?」

「礼なんていらないさ。ただ、たまにこうやって話してくれると嬉しいかもしれないな」

「たまにだなんて言わないで毎日でも話しますよ。先輩が昨日話したそうにしていた幽霊とかの話でも」


ぴくっと先輩の肩が震えたような気がした。

しかし、次の瞬間にはいつものような自信にあふれた笑顔を向ける。


「ああ、よろしく頼むぞ」

「よろこんで、それでは授業が始まりますから、失礼します」

「始業におくれるなよ」


俊也を引きずった状態で足早に教室を目指す。

食堂は一階、教室は四階。よし、俊也を見捨てよう。


「おい、誰を見捨てるって?」

「おわっ!なんだよ、起きてるなら自分で歩けよな」

「馬鹿言え、俺だって不穏な空気を感じて今起きたんだ。お前、そのひょろい腕からなんであんな力が…………」

「早く行くぞ。間に合わねえ」


階段を一段飛ばしで駆け上がる。

結局、ギリギリでセーフだったわけだが、それにしても先輩の忠告は中々に的を射ていたな。




キーン、コーン、カーン

お馴染のチャイムが授業の終了を告げる。

ざわざわ

既に話をするグループというのが出来始めている。俺が俊也と話しているように、多くの生徒は隣席からその勢力を広げているようだ。


「今日は楽で良かったよな。オリエンテーションってやつ?」

「まあ、そうだよな」


教材の説明は何処だってあるものだ。

しかし、楽であるということは退屈と捉えることも出来る。

正直、その時間はどうかと思う、というのが俺の意見だ。

まあ、今回は考える時間ができて、有意義に過ごせたと思う。

ちなみに考えていたことと言えば…………………。


(色織さんかぁ、どうやったらお近づきになれるかな)

「普通に話しかければいいだろ?確かに男女問わず人気は高いみたいだし、高嶺の花って感じはするけどな」


考えに話しかけてきやがった。

俊也、お前も先輩に続いて何者だ?


「お前、何者だ。心読んでんじゃねえぞ」


思い切って訊いて、注意してみた。


「お前、声に出てるから」

「マジか!?………………そりゃ、聞こえるよなぁ」

「なんなんだよ、さっきから。さっさと告れ。そして砕けろ」

「俺は告白なんてしないしそもそもなんで振られることが前提なんだよっていうか少しくらい応援しろ!!」


一息で疑問、不満、要望を吐きだす。

気恥かしさと息切れで顔が熱っぽくなっていて、きっとさぞかし滑稽な面構えだろう。


「おいおい、応援はするけどよ、相手はお嬢様だぜ?いくらなんでも一般庶民のお前がつり合うとは誰も思わないだろ」

「う……………それは、そうだけどさ。でも、もしかしたら、とか」

「俺がセレブなら、ない」

「だよなぁ…………はあ」


胸に風が吹き込む。

冷静になってみれば、先ほどからの俺の様子は、俗に言うストーカーというやつに近かったような気がする。

そもそも、なんで一度会っただけの女子がこんなに気になるんだろうか。

…………一目惚れってやつなのか?

昨日の爺さんの言葉を思い出す。

運命の出会い。まさか、本当に?

だとしたら、もしかしたら、あり得るんじゃないか!?


「俺、友達からいってみようと思う」

「無謀な勇気、痛みいる。俺はそういうの嫌いじゃないけどな――――で、いつ決行するんだ?」

「………………………明日」

「正気か、お前」


もちろん、正気(?)だった。

ただ、爺さん(夢)の言葉を信じるくらいに弱ってはいるけど。

俊也が驚いているのと同じで、実は俺も驚いていたりする。

明日。明日明日明日明日明日明日明日明日明日。

明日っていつだっけ?


「俺って今、血迷ってるか?」

「ああ、相当な」

「そうか」


考えていても埒が明かない、ということで帰宅。

階段を下りていくと見知ったポニーテール、もとい小暮日向の姿を確認した。

ぼう、と水道の前で立ち尽くしている。というより、壁にある鏡を見ているようだ。


「よう、どうしたんだよ」

「んあ?ああ、犬神か。いや、困ったことになってな」

「なんだ、知り合いか?」


どうやら日向ではなく小暮の人格らしい。

機嫌を損ねないように気をつけなければ。

俊也は知らないから、説明が必要だろうか。

簡潔に説明する。見た目は不良な俊也だが、何故か物事を理解するスピードが速い。

心得た、というように頷く俊也。


「で、何に困ってるって?」

「………………わからないんだ」

「は?」

「だから!なんで俺が出てきたのかわからないんだ」


意味のわからないことを言う。

人格の交代については本人が一番知っていることではなかったのか。

つまりは動揺する何かがあったということだ。


「なんか覚えてないのか?最後になんかされたとかさ」

「わからない……………いや、確か何か尋ねられたような気がするな。そう、あれは……………」


小暮は鏡を見つめて眉間にしわを寄せている。

そして、何かに気付いたように手を打ち鳴らす。


「思い出した!そうだよ、確かお前のことを訊かれたんだよ。そうしたらすうっと移り変わってな。ごまかすの大変だったぜ」

「へえ、俺のことか」

「悟、お前ってモテる方だったのか?つまり、その人格交代が起こるってことは動揺したってことなんだろ?なら、そいつはごふぅっ」


俊也の身体が宙を舞う。

銃弾のように横回転の加わった見事なスタイルだ。

もちろん、殴ったのは小暮だ。

俊也は7mほど飛んで廊下に叩きつけられながら着陸した。いや、墜落かな。

一応、合掌。


「な、なな、な~にを言っているのかにゃっ!」

「落ち着け。っていうか戻ったな」

「あ、ホントだ」


何がきっかけかはわからないが、何とか人格は戻ったようだ。

戻る瞬間はいつも攻撃が来るな。覚えておいた方がいいかもしれない。

日向はきょとんとして立ちつくしている。


「え~っと、なんで殴っちゃったの?あたし」

「さあ、本人にわからないことを俺が知ってるわけないだろう」

「う~ん、だよね」


俊也に目をやったり、自分の手を見たりして今の状況を理解しようとしているようだが、たぶん、俊也が殴られて吹っ飛んだことくらいしかわからないだろう。

やがて、日向はため息をついてこちらに向く。


「もういいや、一緒に帰ろう!」

「それはいいんだけど、そいつを起こさないことはな」


そう言ってさっきから同じ体勢のまま固まっている俊也を指さす。

どうやればエビぞりで固まるのか教えてほしいところだが、多分、それどころではないダメージだろう。

それを無視して帰るというのは、道徳的にどうかと思う。

俊也を寝かせ、頬を何度か張ってみる。


「おい、起きろ。さっさと帰るぞ」

「あ?川はどこに……………悟、金持ってないか。川が渡れなくてな」

「その川は渡ったら多分帰れないぞ」


渡る前に起こしてよかった。

それにしても、その川は実在するんだろうか。そういった意味ではコイツ、貴重な経験をしたのかもしれない。

なんて冗談言ってる俺もそのチャンスはあるわけだが。


「帰るぞ。寝ぼけて川を渡るんなら先に帰る」

「ねえ、川ってなに?どこにあるの?」


加害者は間抜けたことをぬかしやがっている。

別の人格だったから仕方ないのかもしれないけど、‘仕方ない’で人生を終わらせられてはたまらない。

一つため息をついて、ふらふらと足がおぼつかない俊也と、何が起こったのか把握しきれていない日向を後ろに引き連れて俺は玄関に向かった。




「そうなんだよね~、そこで塩と砂糖間違っちゃって大変だったんだよ~」

「おいおい、そんな古典的な間違いは意外と起きないもんだぞ?俺はフランベに使う酒の分量とか……………ん?どうした悟、さっきから静かだけどよ」

「いや、別に」


なんだろう。俺には入り込めない世界がある。

話の経緯を説明すると、俺以外の二人が実は一人暮らしで、当然自炊だよね~となって、そうだよな、となり、料理の話が必然的に展開されて、俺は置いていかれているというわけだ。

俊也が自炊できると聞いた時、ミミズが空を飛んだくらいの衝撃を受けたが、

なるほど、話を聞いている限りではなかなか長い経歴を持っているように聞こえなくもない。

フランベってあの、火が出るやつだよな。


「おい、悟。大丈夫か?顔色悪いぞ」

「え!?大丈夫?もしかして歩くペースとか速かった?あとは…………お腹すいたとか」

「大丈夫、気にしないでくれ」


ついていけなかったのは話の内容だ。気付いてくれ。

そんな思いも空しく、二人は再び料理話に花を咲かせていた。

カラスが一羽、電線の上から俺を見下ろし、かぁ、と鳴いた。

馬鹿にしてるのか?感電して死ね。


「あ~少し腹減ってきたな。悟、なんか買っていかねえ?」

「私も私も!行こうよさと君!」

「手持ちの金は少ないから、安いやつで頼むよ」

「まかせろ、三百円で収めてやる」


俊也と日向はなにやら小声で相談し始め、やがて二人してガッツポーズを決める。

日向は辺りを見回して、


「よ~し、確か今日はタイ焼きのおじさんがこの辺りまわってたはずだよね?」

「そういえばそうだな…………捕まえるぞ!」

「おお~~~!!」


今にもタイ焼きのおじさん探しの旅に出ていきそうな二人。

行動力が有り余っているのはいいことだが、世界レベルで走り出していきそうな勢いは止めた方がいいのかもしれない。

念のため財布を確認する…………ってあれ?


「財布、忘れてきたみたいだ」

「はあ!?何やってんだよ。これから出陣って時だぜ~?」

「奢ってあげようか?その代わり、今度たくさん奢ってもらうけどね」

「いや、二人で食ってくれ。俺はまた今度ってことで。それじゃ、財布取って来るよ」


踵を返して駆けだす。

影が薄らいでいくのに気付き、空を見上げると、昨日見たような夕日が少しずつ沈んでいくのが見えた。


(これは急いだ方がいいな)


更に加速し、俺は学校へ続く道を急いだ。




「はあ、はあ、は――――何とか着いたけど、暗いな」


辺りはとっぷりと闇につかり、学校はその特有の雰囲気を醸し出していた。

体力のなさを計算に入れていなかった俺のミスだ。

とにかく中に入ろうと扉に手をかける――――――開かない。


「しまった!この時間に閉まってるのは当然だよな………あれ?」


一応全てを確認すると、四つある扉のうち、一つだけ開いているようだった。

不思議に思いつつ、学校に踏み込むとやはり、人の気配は感じられない。

もっとも、俺には探知能力なんてものはないのでまだなんとも言えないのが正直なところ。


「誰か~、なんて。誰かいたら困るけどな」


声が反響する。

昼間より広く感じるのは少なからず恐怖心がある証拠だろうか。

幽霊とか、そういう類は信じてないんだけどなあ。

雰囲気で自然と連想してしまうのだろうか。

何故か忍び足で階段を上がる。

たどり着いた廊下は月明りに照らされていて、暗くて道がわからなくなることはなさそうだった。

神秘的というか逆に不気味というか、夜の学校はなにか味わい深いものだと廊下を歩いていると、

―――――――――――かたっ


「え……………なんだ?」


しかし、相変わらず廊下は俺の声を繰り返すばかりでそっけない。

どうやら必要以上に音に敏感になっているようだ。

速足で教室までの道を急ぐ。


(D組は…………ここか)


慣れない道だというのに随分早く来れたなと自画自賛して教室に入る。

――――――かたっ


「…………………!!」


今度は確かに聞こえた。

音源はこの教室らしい。

嫌な想像を振り払う。いないぞ、たぶんいないぞ。うん。


「よし、行くぞ」


気合いを入れて、扉に手をかける。

一気に右にスライド!!!!


「……………………クリア」


一人サバイバルゲームの気分だ。変な緊張感がある。

長居は無用。

早々に退散するために目的の財布を捜す。机を漁ってみると奥に堅い手ごたえがあった。

掴んで取り出すと、やはり自分の財布が顔を出す。


「よかった。大体予想通りの場所にあったな」


かたっ

身を固める。なにせ音はすぐ後ろから聞こえたのだ。

近い。

心臓が激しく脈打つ。

どくん、どくん、どくん、どくん、どくん、どくん、どくん


「だ、誰だ!!」


後ろを振り向く。そこには誰もいない。

安堵する、その瞬間。

扉から伸びる影が俺の前に陰る。明らかに人型をした影だ。

ひ、と情けない悲鳴を上げて反射的に扉へ向き直る。そこには、


「え?―――――――君は、色織さん?」

「そうね。そしてあなたは犬神君よね?」


月明かりに照らされて、天女さながらに微笑む。

俺が追い求めていた女性。

明日と言ってしり込みをしていたというのに、今、この時、この瞬間。

目の前に存在していたのは、

色織雅、その人だった。



どうぞ、意見・感想等ありましたらよろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ