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第壱話 はじまり

 

 この世界には不思議なモノが多い。

神様とか幽霊とか、人々は勝手に信じて、勝手に恐れて、勝手に利用する。

人間なんてそんなものだ。

俺、つまり犬神悟(いぬがみさとる)はそれらを信じていない。

現実はそれらに対して冷たくて、俺はその冷たさを知っている。全てはこの一年にあると言っても過言ではない。

不思議で、衝撃的な出会いだったと思う。

人間は本当に気まぐれで、

ちょっとだけ切ない。


俺は今、母と共に合格発表の場にいる。定番の、前に番号が張り出されるヤツだ。もう四月だというのに多くの雪が残り、未だに俺たちを迎えてくれる桜は顔を見せる気配がない。

周りには番号を見つけて喜んでいる奴もいれば、見つからずに沈んでいる奴もいる。

俺はというと、受験の手ごたえを感じていたのであまり焦ってはいなかった。当の本人よりも親の方が、「大丈夫よね?」とか「落ちても私立があるからね?」とかうるさかったくらいだ。

掲示板を見まわす。俺は1593番。

(1589、1591………あった)

早くも俺の番号が見つかる。母もそれを見つけたようで、


「合格おめでとう!さとちゃ~ん!!」

「母さん、公衆でさとちゃんはやめてくれって。あと、いい加減にその抱きつき癖、直せよな。恥ずかしいから」


会話を聞いてわかる通り、かなり陽気な(厄介な)母親だ。見る人は見た目は二十代に見えないこともないと言うが、実年齢を知っている俺にしてみれば理解できない。肩まである髪がベージュのスーツの静電気で浮いたり張りついたりして間抜けに見える。実際間抜けな親であることには違いない。ここにはいないが、父親はもっとひどい。まあ、それは後々に。


「合格祝いは何がいい?オードブル?寿司?もうフランスとかイタリア料理とか行っちゃう?」

「いいよ。いつも通りで。そんなに豪華にしたら家破産するし。それに知ってるだろ?昔から祝い事って苦手なんだよ」


祝い事と言われるとめでたい感じがするのは当たり前だが、俺はそれが苦手だった。誕生日とか、クリスマスとか、良い日だという理由で何でもかんでも祝いたがる人々。なんだか、その中に入るのがためらわれた。冷めている、とはよく言われる。


「ああ~そういうんだもんな~さとちゃんはいつもそう!たまには祝わせてよ~寿司た~べ~た~い~」

「結局自分が食べたいんだろ?ならそうすればいいじゃねぇか。ただし俺の入学祝いっていうのは禁止な」

「むぅ~さとちゃんのいけずぅ~」


もう一度言っておくが、これは俺の母親だ。決してすごく若いわけじゃないし、知的障害を持っているわけでもない。少し頭のネジがぶっ飛んでるか、成長したのは身体だけで頭は置いてきてしまったのか。


「食えるんだから文句言うなよな………お」


掲示板の前に人が群れる中、ひと際目立つ女子が一人。彼女が着ている白いワイシャツの上に黒をベースにしたベストの姿は俺が通おうとしている高校の制服で、少なくとも誰かの付き添いのお姉さんということはなさそうだ。漆黒の髪の隙間から言える顔は可愛いと綺麗の中間な感じで俺の感覚から言えば美人に分類される。


「あ~さとちゃん、やらしぃ~んだぁ~。女の子見てにやにやしてるぅ~」

「バカ。見てはいたけどにやにやはしてない。よってやらしい気持ちなんて微塵もありません」


俺だって思春期なわけで、綺麗な人がいたりして目を奪われるくらいは許してほしいものだ。やましいことなんて一つもないとは言い切れないが、まあ、少しこの高校に通うのが楽しみになってきたくらいはいいだろ?


(あれ?もう帰っちまったのか)


少し目を離した間に少女はいなくなってしまっていた。まるで最初からいなかったかのように。空しく冬の寒さが俺を包む。


(読み違いがなければ同じ高校のはずだし、初登校までの楽しみにしておくことにするかな)


俺は枝だけの桜の木を見つめて、来るであろう学校生活を思い浮かべた。


合格発表から二週間。ようやく入学式。雪は少しずつ融け、春の陽気が漂い始めている。


「んじゃ、行ってきま~す」

「「いってらっしゃい!!!!」」


朝7時、ハイテンションな両親だった。本当にどこからその元気が出てきているのか、全くもって理解不能だ。

我が家は二階建てでそこそこ大きい家だ。三人には広すぎる気がしないでもない。

携帯を取り出し、マナーモードに切り替える。いきなり校則違反というのもイメージ悪いだろうし、注意しなければ。

ふと、あのときの少女の姿が目に浮かぶ。もしかしたら、同じクラスになれたりするのかもしれない。そう思うと少しだけ足取りが軽い。


「今年は気楽に過ごしたいもんだな。去年みたいな学校はごめんだ」


俺が去年いた学校はこの朱上(しゅじょう)市内ではかなり優秀な方で、周りには世間一般で言うがり勉とかがゴロゴロいる。その中で中間くらいの位置にいた俺は、やはり勉強について行くのに必死で、鬱になりかけて、と中学校生活は中々に散々だった。

そんな様子を見かねた両親が俺に生き抜きをさせようと試行錯誤していたのを覚えている。恐らく俺にはばれないように、と思っていたんだろうが、変にテンションを上げている親を見れば、いくら鈍い俺でも不自然だと気付いていた。

思い出すと自然と笑みがこぼれる。先ほどとは違う嬉しさに胸が満たされる。


「昔爺さん言ってたよな。結局は本人の頑張り次第。幸福も不幸も身から出るモノ、何かに頼っちゃあいけねぇってか」


4年前に他界した祖父は両親にも引けをとらない曲者で、生きている間に俺の人生の教訓となっている言葉をいくつも残している人だ。大雑把で気が短い。でも、その行動の一つ一つに筋が通っている、そんな人だった。そんな祖父を俺は尊敬している。

考えながら道を歩いていると、いつの間にか記憶にない道に出てきていた。


「道には自身あったんだけどな。戻ろうか」


首をかしげつつ踵を返し、元来た道をたどろうとしたとき、肩に衝撃が走る。


「ちょっと!何やってんだよ、間に合わないだろうが!!」

「は?ぇええええええええええええ!!?」


腕を掴まれたと気付くまで二秒。掴まれたまま走っていると気付くのに一秒。そして、走っている状態で自分の足が地面に付いていないと気付くのに一分。

流れていく景色を見て、何かに引っ張られて宙に浮いていることがわかる。ようやく春らしさを見せていた大気も、このスピードの前では冬も同然の温度となって俺を襲う。


「ああ、寒い。けど、鳥ってこんな気分なのかな、って違う!!あり得ねえあり得ねえあり得ねえあり得ねえええええ!!!!」

「うるせぇなっとぉ!!」


ごっ

強い衝撃と共に頭に鈍い痛みが走る。そのまま俺の意識は闇の中へと融けていった。



『おお、悟。なんと情けない。この世はいつこういうことが起こるか分からないと忠告をしたはずだぞ?』


爺さん?なんで川の向こうで喋ってんだ?


『怪獣っぽい、緑色をした中身の人間がしょっちゅう変わるヤツは手ごわいと言ったろう』


知らねぇよ!!そしてそれはアレなのか?あのガチャ……


『控えろ!ヤツは著作権で身を固めている。下手に口を出せばお前はモザイク加工され、一生周りの人に、こいつ誰?とか言われながら過ごすことになるだろう』


名前を出すだけでその扱い!?というかモザイクが3Dデビュー!?


『まあ、そんなことはどうでもいい。本題に入るが、今年、お前は運命の出会いをするだろう』


運命って、もしかして彼女とか出来んのか俺!?


『焦るな、人とは限らん。ただ、その出会いはお前を大きく変えるだろう』


大きく変えるって、どんな風に?


『それはだな…………おっと、三十秒クッキングの時間だな。じゃあな、精々気をつけな』


いや、聞かせろよ!!そして三十秒で何ができるんだよおお!!!!



「はっ!夢オチ?にしては妙にリアルな夢だったな」


気が付けば俺はベッドに寝かされていた。周りはカーテンで白一色。

起き上がると後頭部が少し痛んだ。どこかにぶつけたような、じわじわとした痛み。

氷嚢(ひょうのう)で冷やされているために少しマシになっているのがわかる。窓の外からは何人かの声が聞こえる。それと、走っているような音。周りを見回す。ベッドを囲む白いカーテンを開け、隙間から外を覗き込む。そこには白衣を着たショートカットの女性がコーヒーを飲んで椅子に座っていた。


「あら、起きたのね。気分はどうかしら」

「はい、大丈夫です。あの、ここは?」


まあ、なんとなくどこかの学校の保健室だということはわかる。しかし、そのどこかがわからない。


「ここは貴方の通う学校の保健室よ。霧識高校のね。今日は入学式だったっていうのに大変だったわね~。あ、私は結崎風香(ゆうざきふうか)っていうの。この学校の保険医やってるからよろしくね」


「俺は犬神悟です。こちらこそよろしくお願いします」


さっぱりとした雰囲気の人だ。話していてすがすがしい。

「あの、俺、なんでここに寝てるんですか?」


初めに一番気になることから訊いてみることにした。なんとなく、なんだか宙に浮いたり、電柱に叩きつけられたりしたような気がしないでもない、なんて非現実的な話だけに下手にこちらからは迂闊に訊けない。


「覚えてないの?そっか、ま、あれだけの速度でぶつけられたら当たり前か。簡単に言うと、貴方はすごい速度で引っ張り回されて、挙句、何かに頭を強打した、とそんなところかしらね。よくその怪我で済んだものよ」

「ああ、夢じゃなかったんだ」

「なに?」

「いえ、こっちの話で」

「そう?とにかく、それが原因で気絶。そのままウチの生徒が運んできたわけ」


結崎先生は説明終わり~と人差し指をくるくる回した。

今説明された限りでは俺の記憶と違いはない。ということは、だ。


「あの、物凄いスピードって、人が浮いたりするレベルだったりしますか?」

「あはは、そんなわけないでしょう?冗談上手いのね。そんなスピードが出ていたら、今頃はあの世で川を渡っているところかしらね」


先生は声を上げて笑う。笑い事ではない。先生は気にせず悪戯っぽい顔で続ける。


「出ないことはないけどね」

「んなバカな!!人の力で出せるわけ………」

「何も人の力なんて言ってないわよ?」

「あ、そ、そうですよね」


結崎先生はくすっと笑った後に机から何かの袋を取り出した。袋には〈鎮痛剤〉と印刷されている。


「はい、これ。痛みが出てきたときに使いなさい。今日は入学式以外に何もないけど、もう終わってしまったのよね。だから、本格的に学校に通うのは明日からね。家まで車を出しましょうか?もしくは調子が良ければ、校内を見て回るのもいいかもしれないわね」

「じゃあ、見て回って帰ります。さすがに来ただけ、というのは癪なので」


ベッドから起き、立ち上がると軽い頭痛がまとわりつく。痛む部分に触れるとこぶのような感触がある。


「失礼しました」

「ええ、お大事に」


保健室の引き戸を閉め、廊下を見回す。自分以外には誰もいないようだ。

とりあえず一通り回ってみますか。



「見学で来たことはあったけど、改めてみると広いもんだな」


校舎は四階まであり、保健室は二階にあった。そこから近い順に職員室、講義室、化学実験室、音楽室、調理室その他諸々を回ったが、全体図を覚えるのは骨が折れそうだ。歩いていれば気がまぎれると思っていた頭痛は思惑空しく、歩を進める度にズキズキと痛んだ。


「こんなことなら意地張らないで送ってもらえばよかったか。ま、後悔先に立たずとも言うし、今さらか」


ため息をつくと廊下にその音が響いた。回ってみてわかったが、今日は部活等は休みのようだ。閑散とした様子がさらに俺の気力を萎えさせる。見回り始めて二十分。早くも飽きが来た俺だった。そもそも学校見て面白い奴なんているんだろうか。


「あ~あ、帰るかな。なんか身体もだるくなってきたし、ここにいた所で何か得があるわけでもなさそうだからな。せめてこの前に見た娘と会えたら良かったんだけどな。爺さんの夢もあてにならないもんだ。人とは限らないってのは気になるけど」


所詮夢だ、と言ってしまえれば楽なんだが、今まで祖父が夢の中で話すことは大体同じような形で俺の身に起こるのだ。今回を含めて計六回。祖父の死後、つまり俺がちょうど小六の時に唐突にあらわれた奇怪なこの現象は、家族の中でどうやら俺だけに起こっているらしく、両親はお告げだのなんだの騒がしかったが、俺は偶然ということにしていた。

気まぐれに起こる日常の事柄全てがそれ一つで決まってしまうようなことがあるのなら、てるてる坊主で一生天気を操作することも夢じゃないだろう。そう考えたのだ。

しかし、これまでの的中率はほぼ百パーセント。これは偶然なんだろうか。


「ん、そういやクラス分けはまだ見てなかったな。それ見たらさっさと帰ろう」


一階の掲示板に向かう。階段を下りた所にすぐ、それは見つかった。クラス分けと一緒に教員の紹介などが書かれたプリントが貼ってある。


「え~と―――――あった。一年D組か。全体的に女子が多めだな」


この学校は毎年女子の受験率が高い。十人いたとすれば七人は女子くらいの割合、というのは言いすぎかもしれないが、男子と比べると極端に多いのがわかる。抜きんでて学力が高いわけでもないここに集まる原因の全ては恐らくこの学校の女子に対する待遇にあると俺は考えている。というのも、この学校は料理や家事、テーブルマナー、果ては男を落とす心理学等々。それらを全て女子にのみ無償で提供するという、平等権も真っ青なぶっとんだサービスがあるのだ。何故そんなものがあるのかはわかりかねる所だが、これだけはわかる。ここに来る男子は皆、その差別に苦しむであろうという現実だ。しかし、今まで真面目な空気の中を過ごしていた俺には、こんな馬鹿げた学校が面白そうに見えた。楽しいとか、悲しいとか、そんな当たり前の感情すら感じることが出来なかった、色あせた中学校生活と比べればいい生活を送れることだろう。


「さっきの先生は良い人そうだし、この前の娘もいるかもしれないし、今回は大丈夫だよな。なあ、爺さん」


当然返事はない。代わりにどこかで扉の開く音がした。続いて廊下に響く足音。その音はどんどん近付き、俺の右斜め後ろ当たりの位置で止まった。


「ん、まだ生徒が残っていたのか。下校時刻はとっくに過ぎているぞ」

「あ、いや、俺は保健室で休んでいて―――――」


振り向いた方向にいたのはこの学校の制服をまとった女子だった。思わず敬語になってしまうほどの大人びた雰囲気、意志の強そうな瞳に細いまゆ毛、紫がかった長髪からはほのかに女子特有のいい香りがする。綺麗な人というのが第一印象。


「保健室?ふむ…………そう言えば新入生が登校初日からいきなり保健室行きになったとチハヤから聞いていたな。君がそうなのか?」

「はい、まあ、その通りで」

「それは災難だったな。それで校内を見て回っていたと。なるほど、合点がいった。いきなり怒鳴って悪かった」


古風というか男っぽいというか、独特な喋り方をする人だ。それにしても、爺さんの夢も信じるしかなくなってきたな。これは運命の出会いってやつじゃないか?ようやくツキが回ってきたかもしれない。


「いえ、気にしてないですよ。いたら駄目って時間帯にいた俺が悪いんですから」

「私は気にするよ。聞いた話では時速80㎞くらいで頭を電柱に叩きつけられた、とかなんとか。生死の境から戻ってきた矢先にいきなり怒声を浴びせられては気分が悪いだろう」

「それ、マジですか」

「マジだ。ホントによく生きていたものだ。車にはねられたにしてはキズが浅い気がするし、いったい何があったんだか。覚えてないのか」

「ええ、全く。ただ、車にはひかれなかったように思いますよ。たぶん」


かろうじて思い出せるのは、腕に感じた衝撃ととてつもない浮遊感。頭に走った鈍い痛みに、それから…………誰かの声を聞いたような気がする。


「まあいい。ここで会ったのも何かの縁だ。この学校の一押しスポットを案内してやろうじゃないか」


いいだろう?と首かしげて俺を見る。ヤバい、ツボかもしれない。

不意にまだ名前を聞いていないことに気付く。


「あの、名前、聞いてもいいですか?」

「おお、そう言えばそうだな。失敬。私は紅崎玲(あかさきれい)、二年生だ。字を書くとよく「あきら」と間違われるのが悩みだよ」

「犬神悟です。よろしくお願いします紅崎先輩」

「犬神君か、変わった名だな。こちらこそよろしく。では、参ろうか」


そうして俺と紅崎先輩は、先輩の一押しスポットとやらに向かった。早くも高校生活が楽しみになってきたなぁ。爺さん、ありがとう。


~~~~三時間後~~~~

「あの、え~と、先輩?」

「ん?どうした、犬神君」


先輩の一押しスポットめぐりは未だに果てを見せない。あれ、一押しってどういう意味だけ?(一押し=まず第一に推薦、推奨すべきものであること。また、そのもの)一押しどころかもう六十一押しくらいはされてると思うんだけど。ああ、頭痛がぶり返してきた。


「そろそろ日が暮れてきそうじゃないですか。帰った方がいいかな~なんて」

「確かにそうだな。では、最後に一つ見せて終わりにしようじゃないか」


そう言うと先輩は、俺よりいくらか速いペースで歩き始めた。ハイヒールを履いていたらさぞかしいい音を立てるだろう。俺は半分走って後をついていった。

確かに、先輩は美人だ。声も綺麗だし、艶のある髪が日の光に反射している様子には、思わず見とれてしまうほどだ。それに気さくで話しやすい。でも、たまに何を考えてるかわからなくなる。先輩と回った場所の中に何故か女子更衣室が入っていたり、校長室に入ってみたり(校長はもちろん外出中)、掃除用具の入ったロッカーに収まってみたり。人って見かけによらない。俺が身を持って知った瞬間だった。


「どうした、こっちだぞ」


いつの間にか方向を変えた先輩は階段の上から話しかけていた。先輩は気配がない、というか足音をあまり立てない。そのせいでぼうとしていると見失ってしまいそうなほど距離がひらいてしまう。


「待ってください、歩くの速いですよ。一応怪我人ですからね」

「ふふ、弱音を吐くんじゃない。男だろ」

「男女差別は良くないですよ!」

「ん、違いない」


先輩を追って階段を上る。最上階まで登ると、立ち入り禁止の札がかかった階段が姿を現した。すると、先輩はおもむろに札を外し、そのまま階段を登りはじめた。


「ちょっ、いいんですか?立ち入り禁止なんでしょう」

「いいんだよ、私が許す。ほら、急げ。日が暮れるんだろう?」


仕方なく俺も先輩に習い、立ち入り禁止の階段を速足で登った。

階段を登り切った先には扉があった。先輩はその扉の鍵らしきものを取り出し、しばらくかちゃかちゃと音が鳴ったあと、きぃ、と扉が開く。


「さあ、開いたぞ。刮目(かつもく)して見るといい。私のお気に入りの場所だ」

「屋上?…………………すげぇ」


暗い校舎から外へ。俺の視界に跳び込んで来たのは、今まで見たことがない見事な夕焼けだった。鮮やかに、鮮明に、その神々しいまでの光は俺たちを温かく包む。


「梅雨の時期は湿気があるからもっと鮮やかな橙色になる。しかし、君を歓迎しているのかな。いつも以上に綺麗に見えるよ」

「それは光栄ですね。最後の最後ですっげぇ得した感じです」

「ほう、私の案内はつまらなかったかな?」

「いえ、先輩に会えたことは今日一番の思い出(色んな意味で)です」

「言い回しが少々気になるところだが、まあいい。満足してもらえたようでよかったよ」


そう言うと先輩は俺に背を向け、夕日と向かい合う。俺はそれを見て、何かが足りない、と思った。人として当たり前にあるはずの何かが欠けているような、そんな感覚。しかし、何が欠けているかは具体的にわからなくて、今は少しでも長くこの美しい風景に集中したかった。


「なあ、犬神君」


不意に先輩が沈黙を破る。この景色には不釣り合いな、何か思いつめたような顔で俺を見つめている。次の瞬間、予想外の言葉が飛び出す。


「君は幽霊、というものを信じるか?」

「…………へ?」


素っ頓狂な声が自然と口から洩れる。

徐々に頭を整理をして言葉を選ぶ。俺は正直に答えた。


「いえ、全く信じてません。なんだかデタラメっていうか、なんでこっちからは触れないのにあっちは物理的に干渉してくるのかとか、色々考えてしまって」

「そうか、それは、少し残念かもしれないな」


そうか、とうつ向き気味に言った後、先輩は再び俺に背を向け夕陽を見つめる。


「ああ、もう日が沈む。春とはいえ、まだ冬のような日の短さだな。そろそろ帰った方がいいかな?」

「そうですね。でも、先輩の話はいいんですか?信じてなくても話とかを聞くのも嫌だってわけではないから、別にいいですよ」


話を聞くのは純粋に面白いと思う。ただ、怖いとは思わないから物語の類と同じような感覚だ。もし、先輩が怪談好きだっていうなら一時間ぐらいなら付き合ってもいいと思う。

しかし、先輩は首を横に振って、


「いや、いいんだ。ほら、明日に向けて早く帰って寝たまえ。学校でまた明日、だよ」


人差し指で俺の額を小突いてそう言った。俺たちは屋上を後にした。玄関に着くまでの間、俺たちは一言も言葉を交わさなかった。もしかしたら、先輩の触れてはいけない部分だったのかもしれない。

玄関を出ようと踏み出した時、先輩がいないことに気づく。先輩は靴を履くそぶりを見せずに俺の背後で佇んでいた。


「先輩、帰らないんですか?」


先輩は困ったように俺を見る。


「私は帰れない。まだ、もう少し残らなければいけなくてね。また、明日会おう」


気にならない、と言えば嘘になる。しかし、先輩の言う「また明日」という言葉は、追求を許さない強制力があった。


「はい、それじゃあまた明日」


名残惜しくはあったが、そのまま踵を返し、学校を後にした。



学校から数歩歩いた所で重要なことに気付いた。

「そういえば俺、道わかんないよな」

というわけで道の真ん中で立ち往生。勘に任せて進んでみようか、それとも戻って先輩に訊いてみようか。


「あの、」


プライドが邪魔して後者を選ぶのは(はばか)られる。


「あの~すいません」


すると残るのは、


「仕方ねえか。ま、歩いてればなんとかなるだろ。迷ったら迷ったで………」

「あのぉ!!!」

「はい?」


声のした方を見る。そこには、俺と同じ高校の制服を身につけた少女が立っていた。

小柄な体躯にくりっとした目は小動物を連想させる。後ろで束ねている茶色っ気のある髪は自毛なんだろうか。

とりあえず少女と向きあう。


「えっと、なに?」

「あ、あ、あ、あのね、道に迷っているようなので助けてあげようかと………いや!その前に…………」

「落ち着いて話そうか。つまり、俺をまともに帰れる道に案内してくれる、とそういうことなんだな?」

「うん、それはそうなんだけど、私は、その」

「よかった。ありがとうな」


少し頼りないけど親切な娘だ。ともあれ、これで家に帰れそうだ。


「ううぅぅ………」


何か言いたげに俺の方を見ている。それにしても、うん、可愛いな。


「んじゃ、案内よろしくな」

「………わかった。こっちだよ」


少女の後をついて行く。地味にそれが俺の運命の分かれ道、というやつだったのかもしれない。プライドなんて捨ててしまえばよかったのに。



「え~と、あれ?こっちだよね?」

「俺に訊かないでくれ」


彼女、あれだな。方向音痴ってやつ?とにかくあっちにトコトコこっちにトコトコ。

右に曲がって更に右に曲がって、もう一度右に曲がったら元の場所に戻るに決まっているだろうに。彼女のメンツを立たせるために黙っていたが、そろそろか。


「なあ、たまには左にも曲がってみたらどうかと思うんだが………」

「え、あ、そ、そうね!そうしましょうかしら~」


さりげなく誘導作戦、ひとまず成功。

彼女に見えないように小さくガッツポーズを決める。


「ほら、行くよ!迷わないように付いてきてよ」

「はいはい」


どっちが迷うのか気になるところだけど。再びトコトコと俺の前を歩きだす。歩くたびに揺れる髪の束がなんとも愛らしい。

むんず


「ひゃっ!!なにしてんの、ひっぱんないでよ!!」

「おお、悪い。なんというか、ついやってしまったというか」


少女はこぶしを握り締め、顔を真っ赤にして怒っている。正直怖くない。


「お前の髪が俺の手を誘惑したんだよ。こう、「触れ~ひっぱれ~」って」

「んなわけないでしょ!そして、お前じゃなくて、私には小暮日向(こぐれひなた)っていう立派な名前があってねぇ!!」

「悪かった悪かった。許してくれ、ひなちゃん」

「ひなちゃん言うな!!」


なんともからかいがいのあるヤツだな。今日の災難も忘れてしまいそうだ。


「まったくもう………」

「だから悪かったって。あと、俺は犬神悟だよ。改めてよろしく」

「………わかった、よろしく」


むくれながらも、遅めの自己紹介に日向は付き合ってくれた。少しだけ興味が湧いた俺は、日向の横に移動する。


「な、なに?」

「いや、なんとなく。そういえばさ、俺を案内してくれるのは嬉しいんだけどさ、なんでこんなことしてくれるんだ?普通、見知らぬ人が迷って困ってる人がいても、地図書くぐらいだろ。もしかして、俺に惚れたとか?」


日向はびくっと震えてその場に立ち止まった。図星か?


「まさか、マジで俺に惚れてんのか?」

「そこは違う」


後に「絶対」と念を押して否定された。一瞬、俺もモテ期かな~とか思ってただけに少しダメージ。


「じゃあ、なんで」


日向は目を伏せて重い口を開く。


「なんだかんだで言いそびれたんだけど………ごめんなさい!!」

「……………え?なんだよいきなり」


急に謝られても、俺に危害が加わった覚えはない。というか、小柄な彼女が俺に危害を加えられるわけがない、迷いはしたが………まさか俺を叩きつけたとは言うまい。


「朝のアレ、やったのあたしです!!!」

「冗談はやめてくれ。そんなこと、犬に羽が生えてフライアウェイすることくらい不可能だぜ?まったく、HAHAHAHAHA」

とっさに出た言葉を混ぜたせいで奇妙な言葉遣いになった。冷静に考えようじゃないか。

1、俺は朝、何者かに電柱に叩きつけられた。

2、その速さは俺が宙に浮かぶほどの速度(時速80㎞)だった。

3、にもかかわらず、俺はたんこぶだけで済んだ。

4、1と2の状況は3により夢と判断。

5、しかし、1と2は結崎先生と紅崎先輩から聞いた情報。

6、じゃあ、1と2は嘘?

あれ!?なんか余計こんがらがったような………とにかく!!目の前の小柄な少女がそんなことするのは不可能だ。少なくとも、何かの勘違いで………


「ホントにホントなの!!信じられないかもしれないけど、あたし、二重人格ってやつなんだよね。それで、なんでか知らないけど、あたしじゃない人格の時に異常に身体能力が上がるらしくて」

「は~い、はいはいはい。ストップ。わかったよ。全部わかった」

「う、だから、ごめんなさい。自分じゃどうにも出来なくて」

「わかったって。つまり――――」


そう、俺の名門校でつちかわれた知識の出した結論は……これだ!!


「つまり、そういう設定がいいんだな!」

「は?」


それなら合点がいくじゃないか。先生と先輩の嘘は日向に合わせたからで、俺はそれに付き合わされたと。OK、許容範囲だ。俺は微笑ましく付き合ってやろうじゃないか。


「違うってば!ホントに二重人格なんだって」

「うん、わかってるわかってるよ(棒読み)」

「絶対わかってないでしょっ!犬神君の命に関わるんだよ!?」

「大丈夫、日向みたいな小柄な女子にやられるほどやわには出来ちゃいないよ」


趣味は人それぞれだ。それがなんであれ、俺は軽蔑したりしないし、むしろ尊重してやろう。うん、俺っていいヤツ。


「じゃあ、試してみよっか?」


目が据わったかと思えば、日向はいきなり俺の右腕を胸に抱いた。右腕が柔らかな感触と人肌の暖かさに包まれる。


(お、コイツ意外と胸あるな。着やせするタイプなのかな)


一瞬邪な考えが頭をよぎったが、この行動の意味はなんなんだ?


「あの~、日向さん?これは、あの」


日向の様子をうかがう。そこにはなんというか、真っ赤なリンゴと表現できそうな顔があった。微妙に震えているように見えるのも、気のせいではないだろう。


「―――――な」

「な?」


ふっ、と俺の腕から温もりが消える。日向はこぶしを握り締め、


「なにしてんだよっ!!」

「ごぐぅっ!!」


見事なアッパー(というか昇○拳)が俺の顎を打ち抜く。身長差がある分、さぞかし狙いやすかったことだろう。ちょうど急所にあたる部分にジャストヒットだ。普通なら脳震盪(のうしんとう)くらいはありそうだが、かろうじて意識を保つことに成功。


「いきなり何すんだよ!!危うく家じゃなくて病院に収容されるところだったぞ!!」

「へえ、女の乳触っといてそんなふてぶてしい態度でいいのか?くく、まだ足りねぇのかなぁ!」

「え、す、すいません………えっと、日向さん?」

「あん?どうしたんだよポチ」

「ポチ!?」


あまりの豹変ぶりに畏縮してしまう。演技、にしてはリアルすぎる。普通に怖い。

薄暗くなってきた道。さらに電線にとまったカラスが一斉に鳴き出す。


「あの~なんでポチなのかな~なんて訊いてみたりしてもよろしいでしょうか」

「あ?そりゃあ犬神だからだよ。犬から取ってポチだ。文句あんのかよ?」


日向(これからは裏日向と呼称する)は、足元にあった石を拾い、弄び、粉砕した。

それも指の間で。


「いえ、ないです。微塵も」


ああ、マジだ。これは稀にある本物ってやつですよ。まずったなぁ。


(さて、これからどうしよう。下手したら病院送りになりかねないな)


策を練る。選択肢は三つ。

1、逃げる

無理だ。走っても追いつかれるだろうし、そもそも俺は道わからんし。次。

2、謝り続ける

逆に怒らせそうだよな。解決方法にはなりえないだろう。次。

3、抱きしめる

何故そうなる!?今度は確実に意識狩られて終了だろうよ!生きていられるかどうかも危ういところだ。

駄目だ。これは詰んだな。もう少し生きたかったよ、爺さん。


「お~い、何急に黙ってんだよ。ほら、もう少し話そうぜ、ポチ」


いや、待て。さっきから選択肢方式で考えているから突飛な発想が出来ないんじゃないか?ここは本能に従って、理性を取っ払ってしまった方が得策か―――――よし。


「ひ、日向ぁ(うわずり)!!」

「なんだよ、ポチ」

「い、石を砕くと破片で服が汚れるんじゃないかなぁ……………なんて」

「…………………………………………は?」


無理だった。


「なんだよ、いきなり呼び捨てにしたかと思えば急に下手に出やがって。変な奴だなお前」


さすがに裏日向も呆れたような目で俺を見ている。いや、怖いから。お願いだから無表情で俺を見ないでくれ。頼む。


「からかいやすそうで、変態でへたれで、お前なかなかの上物だよ」

「はあ、上物ですか。光栄ですが、光栄なんですがその、拳を下ろしてくれませんか!!」

「はは、殴ったりしねえよ。お前がさっきみたいに粗相をしない限り、だがな」

「尽力します」


人格が入れ替わるとここまで違うものなのか?さっきと立場逆転してるよな。


「お前、さっきからなんかよそよそしいけど、どうしたんだよ。今まで普通にオレのこと呼び捨てにしてたじゃねえかよ」

「え~と、その………殴られるのが怖い」


裏日向はきょとんとしている。そりゃあそうだろう。いきなり開き直る人間は珍しい(?)だろうしな。俺の場合は開き直ってるんじゃなくて、やけくそになってるだけだ。


「ぶっ、あっははははは!そんなこと気にしてたのかお前!!」


小さな身体のどこからその音量が出ているのか、裏日向は手を叩いてけらけら笑っている。

微かに目じりに涙が見える。そこまで面白いか?

まあ、楽しそうなので放っておく。下手に地雷を踏むつもりはない。

笑っている顔は結構可愛いのにな。もう少し大人しければ………多くは望まないようにしよう。

ひとしきり笑った後、裏日向は目じりをぬぐいながら俺と再び対峙する。


「いいよ、お前。なんか気に入った。ポチは撤回する。というわけでダチとしてよろしくな。タメ口使っても怒んねえから安心しな。オレも殴らないように気を付けるからさ」

「わかった、よろしく。んで、元の人格に戻すにはどうすればいい?」

「なんだよ、オレが嫌なのか?」


裏日向は少し拗ねたように俺を睨む。そして気付く。


(こいつも小暮日向なんだよな。ただ、少しだけ不器用なだけだ)


このままさっさと戻れっていうのも酷だよな。少し反省だ。


「いや、悪かった。別に今の日向が嫌なわけじゃないよ」

「ふん、いいけどな。とはいえ、もう暗くなってきたし、そろそろ戻るとするか」


すっ、と俺に近寄る裏日向。吐息がかかる距離、月の映る瞳が俺を射抜く。


「小暮」

「え?」

「だから、呼びにくいだろ。俺の時は、小暮って呼べ」

「ああ、わかった。そうする」


よし、と頷いた小暮はさらに俺に近づく。一歩、もう一歩。


「お、おい、どうしたんだよ」

「元に戻すんだよ。ちょっと、じっとしてろ」

「――――――――――――――――っ!!!!」


背中に腕が回る。次に感じたのは柔らかい感触と体温。

つまり、抱き締められている。

突然のことに動揺するのは人として別に特別なことではなく、当然俺も例外ではないわけだ。


(なんだろう、この状況。死亡フラグ?フラグ立ってるのか?)

「――――――――な」

「な?」


すっごいデジャヴ。ああ、いい思いをするとその分だけ損をするんだっけ。爺さんの口癖だったよなぁ。


「なにしてんのっ!!!」

「うごふぅっ!!!!」


本日二度目のアッパー(今度はちゃんとした)が、俺の顎を打ち抜いた。威力は大幅に劣るものの、見事な一撃だ。俺の意識は闇の中へ――――――――。



「ごめんなさい」

「いや、気にすんな。なんかもう慣れた」


今度こそ脳震盪は免れられなかったようだ。意識がとんで、気が付けば見知らぬ公園のベンチで日向の膝枕の上に頭をのせていた。空には薄く月が見え始めている。


「これでわかったでしょ。だから、朝はごめんなさい」


俺を見下ろしたまま、謝罪を繰り返す日向。

きっと俺が思っているよりも、日向にとっては重大な問題だったんだろう。


「ああ、すごかったな。死ななかっただけ運が良かったというか」

「ううぅぅ………」

「でも、お前が気にすることでもないだろ。確かに朝はびっくりしたけどさ、それはお前の意思じゃなかったわけだし、それにさっきは信じなかった俺が悪かった」

「でもっ!朝はあたしがもう少し早く登校していれば大丈夫だったわけだし…………」


意外と根に持つんだな。暗い状態から戻ってくれない。このままじゃ俺が悪いみたいだ。


「人格の変わるきっかけってさ。なんなんだ?」


話題変更、というか思いついたことを訊いてみた。


「え~と、それは、あの、ね?」


日向は急にばつが悪そうな顔になる。人差し指が虚空をくるくると彷徨う。


「…………わからないのか」

「そうじゃないの!わかるんだけど………えへへ」

「はははは、ごまかすなよ。俺は死活問題だぜ?」

「う、ん。でも、確実ではないから」


そう言うと日向は何かを思い出すように話し始めた。


「動揺した時とか、緊張した時とか、とにかく結構頻繁に起こるかな。今朝も遅刻しそうになって起こったし」

「つまり、自分ではコントロールできない?」

「うん」

(空手でも習おうか、それとも柔道?いや、そもそも俺を浮かせたまま走れるくらいなんだから気やすめにもならないか)


はあ、とため息が出る。

登校初日から波乱万丈だな、と一瞬他人事のように考えてしまう。これだけ冷静でいられているのだから、現実逃避くらいは許してほしい。


「じゃあ、お前をそういう状況に置かなきゃいいんだな」

「へ?………嫌がったりしないの?」

「嫌だよ。俺はMじゃない。殴られるのも蹴られるのもごめんだ」


日向の顔に陰りが生じる。恐らく、この体質のせいで苦労したんだろう。いきなり男口調で乱暴になったら誰でも気味悪く思うだろう。俺だってそうだ。でも、


「だからと言って、同じ学校で生活する以上、関わらないというのはなんだか負けた気がする」

「負けた気がする?」

「ああ、お前にも、もう一人のお前にも」


身体を起こし、しっかりと腰掛ける。春といえど夜の空気は冬のそれとほとんど変わらない。少しだけ身を縮める。


「昔、爺さんに言われたことがあってさ。女には絶対負けんなよってな。だから、お前の別の人格にも、負けてやるわけにはいかないよ」


言った後に軽く後悔する。我ながらキザな台詞を吐いたものだ。

日向の方を横眼で見る。


「そうなんだ………うん、そっか」


先ほどよりいくらか明るい顔をして何か呟いている。そして、いきなり立ち上がったかと思うとくるりと一回転して俺の方を向く。


「じゃあ、あたしたち、友達なんだよね?」

「まあ、そうなるかな」

「んふふふ、そっかそっかぁ~」


日向は両手を広げてくるくる回っている。UFOを呼び出そうとする儀式めいたものに見えなくもない。


「何やってんだ?」

「喜びを表わしてるんだ~。あたし、男の子の友達って中々出来ないから」

「………そうか。でも、俺、つまんない奴だぞ」

「そんなことないよ。さと君は優しいよ。あたしが出会った人の中で一番かも」


顔が熱くなる。鏡があれば顔の色の変化に驚いたかもしれない。日向には悟られまいと顔をそむける。それを見た日向はくすっと笑って、


「じゃあ、そろそろ帰るよ。またね!」


俺に踵を返して、走り去って行った。急な出来事に呆気にとられる。

駆けていく日向の背を眺めて、思う。


(俺、どうやって帰ろうかな……………)



十分後、親に来てもらい、何とか帰宅した俺だが、どうやらあの公園は家に中々近かったらしい。母親に多少笑われたが頭にチョップを落として制裁。

しかし、重要なのはそこではなく、公園で別れた日向は意外と近所に住んでいるのではないか、ということだ。それはつまり、


「……………………筋トレ、始めるか」


さっきはなんかいい感じのことを言って格好つけたけど、

日向ごめん。俺、あの暴力から生き残る自信ないよ。爺さん、俺に力を。

とりあえず、腕立てを始める。一回、二回、三回…………。


「痛った!腕つった!!」


慣れないことをしたせいなのか、それとも今日の疲れが出たのか。腕に独特の痛みが走る。


「はあ、でもまあ、悪いことばかりではなかったよな」


今日あったことを思い返す。

道に迷って、日向に引っ張られて、気絶して、結崎先生は綺麗で、紅崎先輩は美人だけどずれていて、日向の別の人格はそれほど悪いやつではなくて―――――――。


「楽しかった、よな。普通に」


俺が過ごした灰色の中学校生活と比べれば、ボランティアだって楽しめるけれど、それを抜きにしたって今日の出来事は刺激的でデタラメで。

楽しかった

なにより、その感情を感じられたことが嬉しかった。


(このまま寝てしまおうかな)


そう考えると一気に瞼が重くなった。特別何かすることもないので、それに抗う理由もない。徐々に暗幕が落ちる、落ちる、おちる―――――――――――。



どうも、間藤ヤスヒラです。

もう一つ、作品を並行して投稿中です。気分を一新したかった、というところです。

正直、現実的にラブってコメったことはありません。皆無です。

というわけで100パーセント想像で書いています。ご了承ください。

この作品の案は学校での授業中ですね。パッと浮かびました。

内容は曖昧だったので少々まとめるのに苦労しましたが、なんとかなりました。

話は変わりますが、冬ですね。

雪が降っています。山は真っ白です。手も真っ白です。

まだ積ってはいないものの、時間の問題ですね。

寒いの嫌いです。インドア派なので。

この冬から春にかけての間、厳しい生活が待っているんでしょうね。主に通行手段が。

この作品の中に、この感じを織り交ぜていけたらと思います。

それでは、感想お待ちしております。

ご意見等も是非。

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