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玩具の玩具

掲載日:2026/10/04

これをあなたは「庇護」と呼びますか?

それとも、人前では言えない「なにか」でしょうか。


心臓の裏側の辞書で、お調べください。

挿絵(By みてみん)


「——名無しちゃん、コドモにたくさん、愛してもらうのよ。」


「どんな素敵な名前が、あなたに与えられるのかしら。」


「きっと、楽しい遊びをしたり、いろいろな場所へ一緒にお出掛けするのよ。―――」





マザーの優しい声が、私の冷えてしまった詰め物の内側で、こだましていた。


いまの私が置かれた状況は、マザーが夢見るように話してくれたものとは、まるでかけ離れてしまっていたの。

ひとりぼっちで、窓際のチェストの上に座っているだけ。


…オンナノコに…気に入って、もらえなかったから。


ほんの少し。

私の頭の上に、埃が乗ったような気がする。

ほんの少し。

あのとき座らされた姿勢から、崩れてしまったような気がする。


でも、なんだか、埃を掃ったり、姿勢を直す、そういう気持ちになれなくて。

動けないまま、私はただそうしていた。




ああ、オンナノコが、部屋に入ってきた。

お気に入りの玩具たちは、集められて、オンナノコの遊びに付き合うことができる。

一番のお気に入りは、夢のような美人のお人形で、彼女はオンナノコの膝に乗っている。


絵本に出てくるお姫様よりも、もっとお姫様らしいお人形。

つやつやの長い髪に、お星さまが描かれた目。

きれいなハイヒールの似合う、すらりとしたお人形。


今日はみんなで、お茶会ごっこをするみたい。

私は少し高い位置に座っているから、そうして遊ぶ様子はよく見えてしまうの。

オンナノコは楽しそうにポットを傾けて、みんなにお茶を振舞っていた。


玩具たちがいろいろなお話をすると、オンナノコは自然に返してくれる。

コドモは玩具とのお話が得意なんだって、マザーが言っていた。

オトナに近づくと、だんだんと聞こえなくなっていくらしいけれど。


私が羨ましく思っていると、オンナノコは夕食に呼ばれて、部屋から出ていってしまった。

ドアが閉まって一呼吸置き、お茶会が解散になった玩具たちが自由に動き出した。

オンナノコが来たら、また元の位置へ急いで戻らないといけないけれど。


ぼんやりとその様子を眺めていると。

窓から見える夕焼けのなかの、一番暗い部分のような声が、私に向けられた。



「…こんにちは。…もう、こんばんは、かな?」



思わず見上げると、背の高い…男の人の玩具だった。

玩具、なんて呼び方でいいのか、迷ってしまうような。

そのときの私はまだ、ほかの呼び方を知らなかったの。


玩具のみんなが、いつも頼りにしているひと。

向かいの壁の、高い棚の上に、ゆったりと座っている。

玩具だけの時間には、棚を伝って降りてきて、あちらこちらへ。

ニンゲンの前では特別なときにだけ、オジイサンが動かして、

それはすごいものが、見られるって…。



「……ダニエルさん、こんばんは。」



私がそう返すと、

彼の整った口元が少しだけ緩んで、

ガラス玉の眼が光った。



「私の名前を知ってくれていたんだね。…嬉しいよ。」


「…ところで、君の名前は?」



私は思わず、黙って俯いてしまった。

そう、私にはまだ、名前が無いのだから。



「もしかして…まだ名前が無い?」



私は詰め物を、きゅうっとつねられたような気持ちになった。

思わずまた見上げると、彼は心配したような、

でも、どこか、どうしようもなく幸福そうな様子にも見えた。



「…はい…そうです…。」



私がそう答えると、ダニエルさんはかがんで、ぐっと近づいた。

ふわっと、煙のような薬のような、苦くて甘い香りがした。



「…もし良ければ。私が名付けてあげようか。」



私には、予想もしていなかったこと。

まさか、ダニエルさんが、私に名前をくれるなんて。

ええと…でも…

ニンゲンじゃない人から…

名前をもらっても…いいのかしら…。



「…クラリス、はどうだろう?」



私がそうして戸惑っているあいだに…。

彼はなんとも素敵な名前を、私のために用意してしまった。

その響きは、私の冷え切った詰め物を、たちまち暖めてくれたのだった。



「ああ…とても…素敵です…。

 ありがとうございます…。」


「…気に入ってくれて良かった。

 きっと似合うと思っていたから。」



そしてダニエルさんは、私の手をそっと握った。

その美しすぎる、器用な五本の指で。私のミトンみたいな手を。



「クラリス、では…私との秘密を、守ってくれるかい?」


「秘密…?」



艶のある木の感触が、少しだけ。布と詰め物を握った。

…触れられて、いいのかしら。そんな気持ちになってしまった。



「君に名前をつけたのが、私だということは、ふたりきりの秘密にする。」



ダニエルさんは、落ち着いているはずなのに、どこか祈るような気持ちで言っている。

私はそんな気がした。



「はい…。守ります。私たちだけの、秘密。」



私が言い終わると、彼は私をしっかりと抱きしめた。

どうしたんだろう。彼のなかで、なにがあったんだろう。

私の頭のあたりに、ダニエルさんの詰まったような息が当たった。

背中にまわった五本指が、少し震えているような気がした。



「クラリス、良い子だね。これから大切にしてあげるよ。」





END

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