独身を辞めたいと思った瞬間
セバスチャンとショーンは同じ会社に勤める同期の同僚で、それなりに親しくしていた。
美形ではなかったものの、セバスチャンは清潔感があって明るくて優しい、『ああ、コイツは間違いなく女からモテるだろうな』とショーンにも思わせるような男だった。
ある日の会社。
だから、ショーンはセバスチャンから『結婚式に来て欲しい』と招待状を渡された時もそれほど不思議に感じなかった。
「へえー、めでたいな。 セブもとうとう独身を卒業か。 先を越されちまったな」
出世では負けないぜ、と笑いながらショーンが言うと、セブことセバスチャンははにかんで、
「本当に素敵な女性と出逢えたんだ。 でもショーンだって大事な人がいるんだろう?」
「まあな。 付き合ってもう二年だ、そろそろとは思っているんだが……」
それとなくショーンの彼女からも迫られているのに、何となく煮え切らないままなのだ。
少し気まずくなったショーンは話題を切り替えた。
「それよりセブ、誰を呼ぶんだ? 家族と同僚と……あまり大きな式だと色々と手配するのも大変じゃないか?」
「ああ、実は彼女がイベント企画の会社に務めていて。 そう言うのが凄く得意で、本人も張り切っているんだ。 披露宴を予定している時期は気候も良いし、雨もあまり降らないし、彼女の伝手でガーデンパーティーになりそうなんだよ」
へえ、と相づちを打ったショーンは、ぼんやりと己も結婚する姿を思い浮かべたが、何も想像できなかった。
◆
気持ちの良い青空の下。
セブの披露宴は、元々、貴族が所有していた立派な館とその隣の庭園を借り切っての楽しいガーデンパーティーになるはずだった。
他の参加者と同じ頃に会場に到着してすぐに、ショーンも違和感に気付いた。
セブとセブの妻の挙式は、予定では正に今頃、この庭園の隣にある小さなチャペルで、家族だけが参列して行われていることになっている。
そのはずなのだが、どうもそのチャペル近隣から悲鳴や騒音のような音が聞こえるのだ。
スタッフ達も慌てふためいていることから、全くの予定外の何かが起きているらしい。
もしかすれば不審者が侵入したのかも――。
咄嗟にショーン達は、着飾った女性達を後にして、チャペルへと走った。
チャペルに近付くにつれて、女性の悲鳴と騒音がはっきりと聞こえる。
何が起きているんだ。
まさか、まさか。
嫌な予感が彼らの背筋を寒くする。
ショーン達はチャペルの扉をたたき壊すようにして、その中に飛び込んだ。
「どうしたんだ、セブ!」
と怒鳴ったショーン達は、呆気にとられた。
目の前で花嫁の白いドレスを着た女二人が取っ組み合っているのだ。
だが、片方の女が圧倒的に強い。
「よくも! よくもこの人を侮辱したな! 殺してやる!」
「やめて! 冗談だったのよ!? きゃあ! 痛い!」
もう片方の女が泣き叫んでいるのを一方的にボコボコにしている。
あの重たそうな花嫁のドレスを着ているのに、こんなにも動けるのかとショーンは驚いた。
その近くで腰を抜かしたセブの側には、カツラが転がっていた。
今までショーンも気付かなかったが、セブは見事なまでの禿頭だった。
「あ、ああ……」
と言いながらセブは尻餅をついて呆然としている。
「やってしまえメナ!」
「ええ、徹底的にやっておしまいなさい!」
そうやって強い女を応援しているのは車椅子の紳士と夫人。
逆にけたたましい悲鳴をずっと上げている夫人は、「もう止めて」とか「何をするの」としか言っていない。
神父は争いを止めさせようとしているが、何せよぼよぼのお爺ちゃんなので徒労である。
ひとまず一番先に我に返った部長の指示で、ショーン達は二人の若い女を引き離した。
次いで、ズタボロにされて泣きじゃくる女と喚いていた夫人を医療室に案内して、親族らしい他の婦人を呼んで任せた。
その頃になると、やっと正気を取り戻したセブが立ち上がった。
「あ、有難う」
未だにいきり立っている、勝った花嫁を抱きしめてセブは少しだけ泣いた。
「僕の尊厳を守ろうと戦ってくれて、メナ、有難う」
「セブは私の人生の伴侶なのよ。 このくらい当たり前よ?」
「でも、本当に嬉しかった……有難う」
そこでセブは我に返って、花嫁に言う。
「ごめん。 お客様を待たせたままだった。 僕が説明しなきゃ」
「分かったわ。 お色直しのドレスに着替えてくるわね。 着替えたらすぐに行くわね」
◆
「皆様、この度は僕達の披露宴に来ていただいて本当に有難うございます。 こちらの不手際で、お待たせしてしまって本当に申し訳ございませんでした」
招待客達はざわめいた。
あのセブがつるっぱげで登場したからである。
だが、当のセブはとても爽やかな、むしろ晴れやかな顔をしていた。
「セブ坊、何があったんじゃ」
思わず、セブの伯父らしい老人が訊ねた。
「伯父さん、僕は今さっき、僕の人生における最大の味方を得ました。 まだまだ至らぬところが多々ありますが、僕は最愛の人と手を取り合って人生を歩んでいきます。
母と妹とは二度と会いません。 僕の人生には全く要らないと分かりましたから」
セブの伯父がそれを聞いて大笑いを始めた。
「そうか! そいつは良かった! こりゃあ世界一めでたいぞ!」
◆
三十分遅れでガーデンパーティーが開かれると、新郎新婦が一緒になって招待客に謝って回った。
「隠していて悪かった。 僕はこの通りにつるっぱげだったんだ」
ショーンだって気まずかったが、ここで黙っているのも逆に居心地が悪い気がしたので訊ねた。
「いや……良いんだ。 だが、どうしてあんなことに?」
挙式で花嫁が乱闘沙汰になった理由を知りたい。
セブは少し黙ってから、話し出した。
「うん……離婚してから、僕の母と妹はちょっとおかしくてね。 でも、今までは我慢していたんだ。 僕だけが我慢していれば良かったから。
でも、二人して新婚旅行に連れて行けとか、披露宴で母娘おそろいの白いドレスを着たいとか、散々にあり得ないワガママを言ってね。 その都度断っていたんだが、とうとう不満が爆発したらしく、挙式の時に妹が僕のカツラを剥ぎ取って指を差して馬鹿にしたんだ」
聞いているだけでショーンも腹が立ってきた。
恐らく男性における『カツラ』の問題というのは、女性における『毛深い』問題と似ている。
「そうしたらメナが本気で怒ってくれて。 妹に飛びかかって戦ってくれたんだ。 僕は腰を抜かして呆然としていることしか出来なかった。 でも嬉しかった。 上手く言えないけれど、僕の尊厳が守られた気がしたんだ……」
セブの隣でメナが微笑んだ。
「当たり前よ。 私の大事な人だもの。 誰だって馬鹿にするのは許さないわ。
ああ、でも折角の式が滅茶苦茶になっちゃったのは残念ね。 張り切って良い場所を借りたのに……」
「いや、とても良い式だよセブ君。 ずっと幸せにな」
すかさず部長が言って、ショーンも頷いた。
「そうだな、これ以上無く良い式だ。 もっと幸せになれよ、セブ」
◆
披露宴が終わった帰り道。
公衆電話から、ショーンは恋人ベニーに電話した。
「なあ、ベニー。 結婚しようぜ」
電話口の女の声が甲高く引っ繰り返った。
『え? ――えっ!? 結婚!? ど、どうしたのいきなり!? ねえ、ショーン!? 一体何があったの!?』
「今まで待たせて悪かったな。 来月、ベニーの誕生日だろう? 良いレストランを予約する。 そこでちゃんとプロポーズする。 その後で一緒に指輪を選ぼう。 だから、待っていてくれ」
そこで返事も聞かずにショーンは電話を切って、呟いた。
「一緒に幸せになろうぜ、ベニー。 独身なんて辞めちまおう」




