残像
祖母の葬儀の日、私は住道駅で降りた。十一月の空は薄い錫みたいな色。電車に乗っている間に雨が降ったのか、駅前のロータリーを歩く人たちは畳んだままの傘から水滴を落として歩いている。
昔ながらの商店と新しいマンションが互いに遠慮し合うでもなく並ぶ。古いものが退くでもなく、新しいものが勝つでもなく、同じ景色の中で黙って息をしている。
祖母の家までは母に言わせれば「駅からすぐ」だったけれど、初めて歩く葬儀場への道は妙に他人行儀でドキドキする。駅前を抜けて、小さな橋を渡った。川面は鈍く光り、風が吹くたびに細かな皺が寄る。今日のためにされた喪の気配が、町のあちこちに滲んでいる気がした。
私は祖母とは決して不仲ではなかったけれど、ものすごく親しかったわけでもなかった。お盆に会えば果物を剥いてくれて、私の髪を見て「伸びたな」と言い、帰り際には千円札を半ば強引に握らせる。そういう祖母だった。
祖母について知ってることは思い返せばあんまりない。リンドウの花が好きだったこと。若い頃は裁縫が早かったこと。テレビの音量が大きすぎたこと。その程度だ。
葬儀場へ向かう途中、私は気づかずに一度、道を間違えた。今いる角を右に曲がるのか、次の信号までまっすぐ行くのか。分からなくなってスマホを取り出そうとしたところで、声をかけられた。
「お葬式でしょう」
顔を上げると、少し年上らしい女性が立っていた。年上といっても母よりは若く見える。三十代の終わりか、四十代の始めか、その辺りの曖昧な年齢。
彼女は黒に近い紺のコートを着て、髪は後ろでひとつに結んでいる。顔立ちは地味に整っていて、目元がやわらかかった。どこかで会ったことがあるような気がした。親戚の誰かに似ているのかもしれない、あるいは同じ葬儀場に向かうあまり知らない親戚。その時はそう思った。
「あ、えっと、祖母が亡くなって」
「そうやろうと思った。駅からくる子は、よう迷うから」
彼女の関西弁はなんだか優しくて、言葉の端が古い木綿みたいに馴染んでくる。
「葬儀場ならこの道やで。けど、まだ時間あるんやったら、ちょっと向こう見ていけへん?」
彼女の指差した先には、広い道路と大型店、それから駐車場があるだけだった。特別に見どころのある場所には思えなかったけれど、まだ時間があるのは事実だったので彼女と並んで歩き出した。日頃付き合いのない親戚からの質問攻めにあいたくなかったのだ。
「ここら辺、昔は工場やってん。鐘紡住道工場。知っとる?」
「名前だけ、たぶん。祖母が昔ここで働いてたって母から聞きました」
「大きかったよ。ほんまに大きかった。今みたいにマンションや店があるんやなくてなぁ。煉瓦の壁、長い窓、煙突、鉄の門。朝になったら人がどっと入って、夕方になったらまたどっと出てきた。女の人が多かった。若い子も、子供産んで戻ってきた人も、お姉さんみたいに世話してくれる人も、ようけおった」
彼女の声を聞いていると、見えないはずのものに輪郭ができていくような気がした。大きな工場があった頃の、この辺りの景色。
「工場って、なんか無機質なイメージでした。女の人のイメージもなくて」
私がそう言うと、彼女は少し笑った。
「そら機械は冷たいよ。でも人はあったかい。糸の匂い、湯気、油、昼休みの弁当の匂い、休憩中の笑い声。女が多い職場って、やかましいくらい生きてんねんな。しんどいことも多かったけどな」
歩道橋の下で、彼女は足を止めた。
「ここから見えてた。工場の屋根も、窓も。夕方になったら西日が当たって、薄赤くなって」
彼女の視線の先を見る。そこにあるのは見慣れた景色と変わらない今の町だ。車が行き交い、信号が点滅し、自転車の学生が通りすぎていく。だけどその景色の上に、何かが薄く重なり始めていた。
最初はガラスに映る影みたいなもの。道路の向こうにありえない長さの壁が立ち上がる。赤茶けた煉瓦。煤でくすんだ窓。何列も続く鋸屋根。空へ突き刺さる細い煙突。
消えかけた写真を光に透かして見るように、町の上に工場群の残像が浮かんでくる。
私は思わず息を止めた。
門から女の人たちが一斉に出てくる。白いエプロンの人、地味なスカートの人、大きな鞄を提げた人。誰かが笑い、誰かが肩をすくめ、誰かが急ぎ足で駅のほうへ向かう。声は聞こえないのに話し声のざわめきだけが空気の粒として満ちていた。
鐘紡住道工場。一九七五年に閉鎖されたはずの紡績工場。
閉鎖という言葉はいつも書類の上だけにある話で、現実にはぴたりと閉まって終わることなんてなかなかない。今、私の目の前に現れたのは、閉じる直前まで確かにそこにあり、そこで働き、笑い、疲れ、帰っていった人たちの時間だった。
「みんな、ここで働いて、生きとったよ」
彼女は残像のほうを見ながら言った。
「工場の機械みたいに同じ毎日の繰り返しみたいでもな、ちゃんと一人ひとりに別の朝があって、別の帰り道があった。若かった子も、年を取った人も、お金のために働いて、家族のために働いて、自分のためにちょっとええ口紅買うたりして。工場ゆうのは、建物の集まりやのうて時間の集まりやった」
その横顔に、私はどうしようもない懐かしさを感じた。映画の中で知らない田舎町の景色を見た時みたいな、近くて遠いノスタルジー。
「もしかして、祖母を知ってるんですか」
私がやっとそう訊くと、彼女はゆっくりこちらを向いた。
「うん。知ってるよ」
それだけ答えて彼女は少し目を細めた。笑ったのだと思う。その笑顔はなぜか泣きそうにも見えた。
「よう頑張った人やった」
その瞬間、風に吹かれて工場の残像が揺らいだ。煉瓦の壁がまた透けていき、窓の列が空に溶け、門から出てくる女たちの姿が白く霞む。
「あ……」
通りすぎたトラックの大きな音で視界が現実に引き戻される。振り返ると、女性はもういなかった。どこにも。
歩道には私だけ、ちょっと先に学生が二人、自転車を押しているくらいで、黒いコートの裾も、足音も、去っていく気配さえ残ってない。最初から誰もいなかったみたいに。
私はしばらく立ち尽くしてから慌てて葬儀場へ向かった。
式は静かに進んだ。焼香の煙が匂う部屋で、親戚たちが声を潜めて祖母のことを話す。働き者やったわ、気丈な人やった、若い頃はべっぴんやった。そういう死者を見送る時の定型句に混じって、工場のことを口にする叔母がいた。
「お母ちゃん、鐘紡の時代の話はあんまりせんかったなあ」
「せやけど住道の工場で働いてたんは誇りやったんちゃう」
「写真、ようけ残ってるで。寮の前とか、慰安会とか」
私はその言葉が引っかかったまま、黒い縁取りの中にいる祖母の顔を見た。
家に帰り、夜になって、母の古いアルバムを引っ張り出してきて居間で開く。透明なフィルムの下で時間が黄ばんでいる。七五三の写真、家族の集合写真、どこかの海、正月の座敷、まだ元気だった祖母がうちに遊びにきた時のもの。ページをめくる指が、ある一枚の白黒写真で止まった。
煉瓦の壁を背にして、若い女たちが五、六人並んでいる。みんな笑っていて誇らしげで、髪型やスカートの形に時代が見える。中央よりやや右端側に見覚えのある顔があった。昼間、住道で会った女性だ。同じ目元。同じ、少しだけ泣きそうな笑い方。
写真の裏に鉛筆書きがある。
――和子、住道工場、昭和三十八年、春。
和子は祖母の名前だった。
私はアルバムをぼんやり眺めたまま考える。
もしあの人が祖母の若い頃の姿だったのなら、どうしてあんな年齢で現れたのだろう。私が最後に会った姿でもない。生前のもっと若い頃でもない。私なんとなくついて行ってもいいと思える、なんとなく親しみを感じるぎりぎりのところで、あの人は立っていた。
もしかすると、祖母が一番自分らしかった年齢だったのかもしれない。あるいは私がそう思いたかっただけかもしれない。
窓の外、遠くを電車の音が通りすぎた。ずっと遠くの住道駅に向かって走っていく音。今も昔も、その繰り返しの中で、町は少しずつ形を変えてきたのだろう。
工場はなくなっても駅はある。働く場所が閉鎖されても、そこで働いた人たちの時間まで消えるわけではない。消えたように見えて、何かの拍子に光の角度が合えば、古い窓や門や笑い声が不意に景色の上へ戻ってくることがある。
あの残像が祖母の霊だったのか、葬儀の日の気持ちが作り出した想像だったのか、今でも分からないけれど。
ただ祖母には私の知らない朝が何千回もあり、私の知らない帰り道が何千回もあったのだと、自然と腑に落ちた。祖母は「祖母」になる前に、一人の若い女で、いつも工場の門をくぐり、誰かと笑い、夕陽を見ながら駅へ向かう人だった。
そのことを思うと、死者は完全にはいなくならないのかもしれない。アルバムの中に残るからじゃなくて、町のどこかにきっと今も薄く重なっているから。
次に住道駅へ降りることがあったら、私はちょっと遠回りをして町を歩こうと思う。小さな橋を渡って、あの歩道橋の下まで行ってみる。そして何も見えなくても、そこに見えなかったものの気配に思いを馳せるくらいはできるだろう。
たとえば風の匂いの奥に、糸と油と昼休みの弁当の匂いを想像したり。夕方の光が町を煉瓦の色に染めるのを見たり。
そして知らないはずの町角で、もしかしたらまた懐かしい人に出会うかもしれない。そういうことは、たぶん、ある。




