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第3話 解かれた鎖、目覚める根

 「温かいお茶」


 私は薄暗い地下牢の中で、欠けた琺瑯ほうろうのカップを手に立っていた。


 茶葉などあるはずもない。これはただボイラー室から密かにんできた湯で、道端で摘んだ薄荷ハッカの葉を二枚浸ひたしただけのものだ。これが私が差し出せる全ての誠意だった。


 シャルアはその欠けたカップを見つめ、金色の縦に裂けた瞳孔どうこうわずかに収縮した。


 私は彼女がカップを叩き落とし、これが亡国の王女の接待かと嘲笑ちょうしょうするのではないかと思った。


 しかし彼女はそうしなかった。


 彼女は水かきと鋭い爪を持つ手を伸ばし、まるで宮殿でクリスタルグラスを受け取るかのように優雅な動作で、その欠けた琺瑯カップを受け取った。そして軽く湯気を吹き飛ばし、一口啜すすった。


 「まあ、口には入るわね」


 彼女は目を閉じ、その二枚の薄荷の葉に宿る微かな生命力を味わっているようだった。


 「湯温は少し熱すぎるけれど、でもちょうど貴女の憎悪ぞうおで凍りついた頭を溶かすには良いかもしれないわ」


 彼女はカップをこけむした石台の上に置き、鉄鎖がジャラリと音を立てた。


 「さて——それでは貴女のその愚かな自殺計画について話しましょうか」


 「あれが唯一の機会きかいなのよ」


 私は歯を食いしばって反論した。


 「カール皇子の側には三個魔導機兵連隊さんこまどうきへいれんたいがいる。彼が演説している時だけ……」


 「彼が演説している時だけ、風向きが北西から南東に変わる」


 シャルアは私の言葉を遮り、まるで教科書を読むかのように平静な口調で言った。


 「貴女は演壇えんだん下の通風口から『腐骨花ふこつか』の花粉を放出し、風力を借りて皇子を毒殺するつもりね。聞こえはいいわ。そうでしょう?」


 彼女は目を開き、馬鹿を見るような眼差しで私を見た。


 「でも貴女は忘れているわ。今日は『静謐せいひつの記念日』よ。帝国の最新技術を披露するため、カール皇子は最新の『エーテル濾過ろかマスク』を着用して演説するの。貴女の花粉は彼の鼻毛にすら触れられず、風に乗って下層区かそうく貧民窟ひんみんくつに吹き込み、そこにいる三千人の帝国平民――つまり貴女の未来の潜在的臣民せんざいてきしんみんを全員毒殺することになるわ」


 私は呆然ぼうぜんとした。


 寒気が足元から頭頂まで駆け上がる。


 濾過マスク? 情報にはそんなものは一切なかった……。


 「情報は死んでいるけれど、人間は生きているのよ」


 シャルアは私の心を見透かしたように言った。


 「あの皇子は命を惜しむ臆病者おくびょうものよ。屋外では絶対にマスクを外さない。貴女はもう少しで『復讐者』から単なる『虐殺者』に成り下がるところだったわ。おめでとう、帝国の貧民窟清掃予算を節約する手伝いをするところだったわね」


 私は拳を握りしめ、爪がてのひらに食い込んだ。恥辱ちじょくを感じ、そして恐怖を感じた。もし彼女がいなければ——私は……。


 「じゃあ貴女はどうすればいいと言うの?」


 私は顔を上げ、彼女をにらみつけた。


 「あの男にそこで威張り散らさせて、そのまま悠々《ゆうゆう》と立ち去らせろと?」


 「もちろん違うわ」


 シャルアの口角が残酷な笑みを刻んだ。彼女は天井を指差した――そこからは重い軍靴ぐんかの足音と蒸気機関の轟音ごうおんが伝わってくる。


 「皇子一人を殺すなんて、最も安い勝利よ。帝国には何十人もの皇子がいるわ。カールが一人死んだところで、明日にはルートヴィヒが、ヴィルヘルムが取って代わるだけ」


 彼女の指が空中で軽く描かれ、まるで見えない交響楽を指揮しているかのようだった。


 「彼を最も誇らしい瞬間に、最もみじめに転落させるの。帝国が誇る鋼鉄の秩序を、全大陸の前で笑い者に変えるのよ」


 彼女は手を私に向かって伸ばし、目は燃えるように輝いていた。


 「妾のこの鎖を解きなさい。鍵ではなく、貴女の『根』で。見せてもらいましょう、貴女が本当に森の魔女の種なのかどうか」


 私は深く息を吸い込み、手をその冷たい秘銀ミスリルの鎖の上に置いた。


 秘銀ミスリル対魔金属たいまきんぞくだ。触れた瞬間、指先が火で焼かれるような刺すような痛みが走った。しかし私は手を引かなかった。


 この土壌の深く、ラインハルト学院の地盤の下、切り倒され、焼き払われ、コンクリートの下に押し潰されたいにしえの木のきのねたち……私の呼びかけを聞いた。


 目覚めなさい。


 お腹が空いたでしょう? ここには鋼鉄が食べられるわよ。


 カラ、カラ、カラ。


 地下牢の壁が震動し始めた。細かい亀裂きれつが石煉瓦の上に広がり、続いて無数の蒼白く細長い根が亀裂から這い出してきた。それらは植物というより白い血管のようで、貪欲どんよくに秘銀の鎖に絡みついていく。


 金属が耐えきれず歪む音が響いた。


 「おお……」


 シャルアはこの光景を見つめ、目の輝きがますます強くなった。


 「蛮力ばんりょくで破壊するのではなく、根が分泌する酸で金属構造を腐食ふしょくさせる……賢いわね。貴女は火球を投げるだけの祖先たちよりも、よほど柔軟な発想を持っているわ」


 パシン!


 最初の鎖が断裂した。続いて二本目、三本目。


 シャルアは自由を取り戻した。彼女は水槽から立ち上がり、濡れた長髪が身体に貼りつき、その鹿角が薄暗い灯りの下で妖しい微光を放っている。


 彼女は手首を動かし、満足げな吐息を漏らした。


 「それでは、あの一杯の湯の報酬として」


 彼女は私の側に歩み寄り、耳元にささやいた。彼女の体温は氷のように低いが、吐息は海の湿った気配を帯びている。


 「今から、妾が貴女に戦略の第一課を教えてあげるわ――『力の逆用ぎゃくよう』よ」


 「上にいるあの阿呆あほうどもは今、蒸気配管に加圧しているわ。暖房システムを極限まで稼働させて、屋外で演説する皇子殿下が春のような暖かさを感じられるようにとね。あれは帝国が最も誇る『永久蒸気回路エターナル・スチーム・サーキット』よ」


 彼女は一本の指を伸ばし、上方を指差した。


 「人間を攻撃しようとするのはやめなさい。その植物の根に、第3号と第7号の減圧弁げんあつべんを塞がせるの。たった五分間だけでいいわ」


 私は目を見開き、瞬時に彼女の意図を理解した。


 もし減圧しなければ、あの巨大な蒸気ボイラーは……


 「爆弾になるわ」


 シャルアは愉悦ゆえつに満ちた笑みを浮かべた。


 「帝国自らの手で作り、自分たちの顔面を吹き飛ばすための——超大型爆弾にね」

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