西風舘温冬はライブに行く
授業が終われば…多くの生徒が部活や帰路に付くのが当たり前。
でも、今日はいつもよりも教室に残っている生徒が多いように感じるのは気の所為じゃないと思う。その原因は明らかで……軽音楽部のライブが行われるからだ。皆、楽しみなようで側に居るだけでウキウキが伝わって来る。
僕も今回は長谷川さんから誘われたこともあって、見に行く予定。すごい人気らしいし、早い内に行っておこうかなぁと思って体育館に移動すると…そこはコンサート会場となっていた。
壇上の一番近くには…お揃いの半被を着てペンライトを持っている人たちが並んでいた。多分、長谷川さんのファンクラブの人たちかな。それにしても体育館がここまで様変わりするなんて……。
別に中の外観がすごい変わっているとかではない。でも、体育館で今か今かと待っている人たちと…照明を暗くしているところから雰囲気が作られている。
僕は体育館の一番後ろの方で眺めることにした。
そしてそれから時間が流れて、ライブが始まる時間になった。
スポットライトに照らされて…姿を現したのは長谷川さん。学校での長谷川さんとは違って衣装なのか、私服なのかは定かではないがとても美しい服に身をまとっている。
長谷川さんが歌い始めると…多くの人が食い入るように見えている。
少なくともこの瞬間は…この体育館にいる全ての人が長谷川さんに視線を奪われている。それは僕も同じで彼女から視線を動かせない。
ステージ上で輝いている彼女。多くの人がファンになるのも分かるほどの歌声、普段の長谷川さんは可愛いが…ステージ上の長谷川さんはとてもカッコいいよく映った。
1時間のコンサートはあっという間に終わりを告げた。
終わっても体育館に残っている者も少なくない。それはライブの余韻を感じているのだろう。とってもいいライブだったし…。僕も余韻を感じつつも腕時計を確認して少し焦る気持ちが生まれる。
「や、やばいなぁ……」
うちの家はかなりお堅い家。門限なども厳しくて…6時までに帰らないと叱られる。別に叱られる訳はいいんだけど…母さんを心配を掛けるのは避けたいしね。
少し名残惜しくも僕は体育館を後にしようとした瞬間、誰かに腕を掴まれて体育館裏まで連れていかれた。正直、僕は混乱してしまって何も言えなかった。なぜかと言うと僕の腕を掴んできたのは、フードを目深に被った人物だったから。
「な、なんですか!?」
「…わ、わたし…」
そう言ってフードを脱ぐと…綺麗な黒髪が露になる。
「は、はせがわ…さん?」
「うん…急にごめんなさい、腕痛かったよね…」
「別に僕は大丈夫だけど…どうしたの?」
「ほ、ほんとうに見にくれたんだね…」
「もちろん、長谷川さんから直々にお誘い頂いたんだもん。行かないなんてことはないよ」
「そ、そっか……」
折角、長谷川さんが目の前にいるわけだし、しっかりとライブの感想を伝えることにした。
「ライブ、とっても良かったです。初めて長谷川さんの歌声を聞いたのですが、とっても素敵な声ですね。他にも色々とライブの感想はあるんだけど……何よりも…素敵なライブでした!誘ってくれてありがとう!!」
なんか本人を目の前にしたらなんて…言ったらいいのか分からなくなる。
長谷川さんはなぜか顔を赤く染めていた。
「……あ、ありがとう……///」
「なんでお礼?僕の方こそ『ありがとう』ですよ。長谷川さんのお陰でとっても素晴らしいライブを見ることが出来たんですから」
僕はあまりライブとかに行くようなタイプではないので…誰かが歌っているのを生で聞いたのは初めてだった。初めてのライブがこんなにもすごいと一生記憶に残る。
「で、でも、ありがとう…」
「だからお礼はこっちのセリフですよ。あ、あと長谷川さんに申し訳ないんですが、そろそろ帰らないといけないんです。本当はもっと長谷川さんとライブの余韻に浸っていたいんですけど…」
「ご、ごめんね!!私が西風舘くんのことを連れてきちゃったから。西風舘くんだって色々と予定があるだろうに…」
「そんなことないですよ、長谷川さんと話せてとても楽しいですよ」
「ほ、ほんと?」
「本当ですよ。だからこれからもよろしくお願いしますね。次のライブが決まったら、今度も絶対に見に行くので!」
「うん!!一番に知らせるよ!!」
「いや、そこまでしてくれなくても…」
さすがにそんなことされたら他の生徒の人たちから反感を買っちゃいしますしね。そして長谷川さんに別れの挨拶を告げて足早に去ろうとした時…そういえばまだ言ってないことに気付いた。
「長谷川さん」
「…?」
「今日の衣装、全部とっても似合っていましたよ。カッコよくて可愛くて、本当に長谷川さんはすごいですね」
言いたいことが言えたので僕は急いで自宅への帰路に付いた。




