長谷川冷夏は席替えに全てを掛ける
今日は席替えの日。
もっと前から今日が席替えだと分かっていたらパワーストーンだったり、おまじないをしたりと色々としていたのに…
まさか西風舘くんから聞いた席替えが今日行われるなんて。
なので、付け焼刃程度のことだけど、私はネットで調べた。
『好きな人と近くの席になるには?』と。検索結果として出てきたのは本当に効果があるのか、ないのか分からないようなものばかり。でも、今はこういう系に頼る他ない。
どんな手段を用いたとしても西風舘くんと近くの席になれるのなら…
私が検索結果の中から採用したのは…心の中で好きな人の名前を10回唱えるというもの。これならすぐに出来ると思って採用したのはいいけど、いざ心の中でも西風舘くんの名前を呼ぶと思うと緊張してくる。
西風舘くんの名前は…温冬。
温冬くん。
やばい、どんどん顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
体温が上がっていく。
でも、やらないわけにはいかないので覚悟を決めて10回唱えることにした。
温冬くん
温冬くん
温冬くん
温冬くん
温冬くん
温冬くん
温冬くん
温冬くん
温冬くん
温冬くん
唱える終わると…自然と隣の席になれるんじゃないかという気持ちがどんどん大きくなっていく。
ただ唱えただけなのに西風舘くんの名前を呼ぶだけで自然と大丈夫かもしれないという気持ちが強くなるのは…大好きな人だからなのかな。
そして先生が入ってきて、そろそろ席替えが始まるので、最後にこの席から大好きな人を見ておく。
この席から見る西風舘くんは今日が最後だし。しっかりとこの景色を目に刻んでおかないと。西風舘くんと私の席が変わらないという奇跡が起こらない限りは景色が変わるんだから。
西風舘くんの席に視線を向けるとそこには周りの席の人たちと楽しそうに会話を楽しんでいる姿があった。
私も彼とあんな風に話したい。
多分、現実に近くになったら緊張してあんまり話せないんだろうけど。それでも少しぐらいは…話したい。
だからこそ、彼の隣の席か近くの席になりたい。
席が近くになれば話しかけやすくなるだろうし。
なので、私は絶対に西風舘くんの近くの席にならないといけない。次の席替えがいつ頃になるのか分からないのでこのチャンスを逃せないんだ。彼と近くの席になれるのならどんな手段を用いても良い。
「これから席替えを行うぞ」
先生がそれを言うと教室中から歓喜のような悲鳴が飛び交う。私も嬉しさはあるが言葉には出さない。静かに祈るのみ。
「それじゃあ…廊下側からくじ箱を回していくから一つ取って後ろに回していけ」
すると…なぜか私の周りにはたくさんの人たちが集まって来る。
「ねぇねぇ…長谷川さんはどの席だったらいいの?」
「わ、わたしは…どこでもいいかなぁ…」
そんなことない。本当は西風舘くんの近くの席がいい。でも、そんなことを言ったら西風舘くんに迷惑を掛けるのは分かっているので、私は誰にも言わない。
「そうなの!?私は絶対に後ろの席がいいな~」
「オレは長谷川さんと一緒の席になりたい!そしたらいつも長谷川さんと話せるし!!」
「俺もそれがいい!!!」
私はキミたちなんかよりも…西風舘くんと席が近くになりたい。皆が囲むようにいるから彼の席はあんまり見せないけど、隣の席と楽しそうに話している姿は辛うじて見える。
私も隣の席になったらあんな風に話せるのかなぁなんて妄想をしながら順番を待つことにした。
そして私の番になり、くじを引くとそこに書かれていたのは30番だった。どこかは分からないけど…たぶん後ろの方。私としては彼が何番を引いたのかが気になる。まだ番号と座席表が黒板に張られていないから分からないけど番号が近ければ可能性はある。
全員が引き終わるまで私は皆の話を適当に聞き流しながら…心の中でずっと祈っていた。
『彼と近くの席になれますように』
現実はとても非情で私は窓側の一番後ろの席になった。そして彼は窓側の一番前の席。遠いし、全然話し掛けられるような距離じゃない。それだけならまだ良かったが、私の隣の男は…ずっと私のことを見て来る。
「長谷川さん、よろしく~~」
「あ、うん…、よろしくね」
さっき私の席を取り囲んでいたうちの一人で私と隣の席になりたいと言っていた。なんでこいつの望みが叶って私の望みは叶わない…。
それに追い打ちを掛けるように…私は見てしまった。彼が隣の席の人と楽しそうに話しているところを。私も隣になれていたら……。
「全員移動したな。これが席替えで決まった席だ。これからはこの席で暫く過ごしてもらう」
最悪だけど…私の席替えは幕を閉じた。




