表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/8

第5章

「さあ、敵を殲滅しましょう!  口腔衛生の大切さを、その腐った身体に叩き込んであげます!」


 目の前の美少女が、満面の笑みで物騒なセリフを叫んだ。

 さっきまでの、自信なさげで儚げなフィリアさんはどこにもいない。

 そこにいるのは、全身からミントの香りがするオーラを立ち上らせる、自信満々の戦闘マシーンだ。


 俺が呆然と見ている前で、フィリアは地面を蹴った。

 速い! 目で追うのがやっとだ。


 彼女の身体は、まるで風になったかのように虫歯兵の群れに突っ込む。

 白銀の剣が閃き、その軌跡に沿って薄荷色の光が走る。


 シュパァン!


 光の斬撃が、一体の虫歯兵を袈裟懸けに切り裂いた。

 悲鳴を上げる間もなく、虫歯兵は浄化されるように光の粒子となって霧散していく。


 え、一撃?  さっきまであんなに苦戦していたのが嘘みたいだ。


「次、行きますよ!」


 フィリアは楽しそうに笑いながら、流れるような動きで次の獲物へと向かう。

 彼女の剣舞は、もはや芸術の域に達していた。

 ステップは軽やかで、剣筋は鋭い。

 虫歯兵たちの鈍重な攻撃など、ひらりひらりとかわしてしまう。


「そこです!《キャビティハンター》!」


 彼女が叫ぶと同時に、目にも留まらぬ速さの連続斬りが繰り出される。

 薄荷色の光が網の目のように走り、周囲の虫歯兵たちをまとめて光の塵に変えていく。


「まだまだ!《キャビティハンター》!」

「もう一丁!《キャビティハンター》!」


 フィリアは《キャビティハンター》を連発しながら、虫歯兵の群れを蹂躙していく。

 それはもはや戦闘ではなく、一方的な駆除、いや、お掃除だ。

 みるみるうちに、あれだけいた虫歯兵の数は減っていく。


 俺はその場で立ち尽くし、口を半開きにしながら、現実離れした光景を眺めることしかできない。


(なんだこれ……なんだこれ……)


 頭の中で、同じ言葉がぐるぐると回り続ける。

 さっきまで、俺たちは絶体絶命のピンチだったはずだ。

 それがどうだ。俺が歯を磨いてあげただけで、この無双っぷり。


 つまり、なんだ?

 

『浄化の歯ブラシ』で、フィリアさんの歯を磨く。

 ↓

 フィリアさんが、なんかすごいパワーアップする。

 ↓

 性格も、根暗から陽キャに変わる。


 ……。

 ……理解不能だ。俺の常識が、この異世界のぶっ飛んだ法則についていけない。


 そうこうしているうちに、最後の一体の虫歯兵が、フィリアの振り下ろした剣によって浄化された。


 あたりには、静寂が戻る。

 地面には、敵がいた痕跡すらない。

 ただ、空気中に漂う爽やかなミントの香りと、キラキラと舞う光の粒子だけが、さっきまでの激戦を物語っていた。


「やったー! 歯磨きって素晴らしい!」


 フィリアは剣を天に突き上げ、子どものように無邪気に勝利を喜んでいる。

 そして、くるりと俺の方を振り返った。

 その顔には、一点の曇りもない、満開の笑顔が咲いている。


 俺は、ようやく我に返った。


「え……えっと……フィリアさん、なんか性格変わりました?」


 俺の口から出たのは、そんな間抜けな質問だった。


 すると彼女は、きょとんと小首を傾げる。

 その仕草が、反則的に可愛い。


「え? そうですか? でも、今すごく調子いいです! 体も軽いし、なんだか無敵な気分!」


 彼女は屈託なく、ケラケラと笑う。


 その笑顔は、俺が今まで見たどんな笑顔よりも、まぶしくて、素直で、綺麗だった。

 さっきまでの、影のある表情とはまるで違う。

 心の底から、今の状況を楽しんでいるのが伝わってくる。


 その笑顔を見ていると、なんだかこっちまで毒気を抜かれてしまう。


(うわ……)


 思わず、心臓がドキッと跳ねた。


(笑うと、こんなに可愛いのか……)


 自分の顔が、少し熱くなるのを感じる。

 いかんいかん、何を考えてるんだ俺は。

 今はそれどころじゃない。この謎のパワーアップ現象を、きっちり解明しないと。


 そう頭では分かっているのに、俺の目は、太陽のように笑う彼女から、しばらく離すことができなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ