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第2章

 老魔道士に連れられて、俺は薄暗い石の廊下を歩いている。

 壁の松明が揺れるたびに、俺たちの影が巨大になったり小さくなったりして、なんだか落ち着かない。

 自分の足音だけがカツ、カツとやけに大きく響いている。


「こっちじゃ、勇者殿。さあ、遠慮なさらずに」

「はあ……」


 それにしても、このじいさん、足腰がやけにしっかりしている。

 見た目は相当な年寄りだが、俺よりスタスタと先に進んでいく。

 異世界の高齢者はみんなこうなのか? それとも、ただの健脚じいさんなのか。


 やがて、巨大な両開きの扉の前で老魔道士は立ち止まった。

 扉には複雑な彫刻が施されている。

 たぶん、神話の一場面か何かだろう。

 勇者っぽい男が悪魔っぽい何かを倒している。ベタだな。


「ここが、我がブラッシュ王国の武器庫。歴代の王に仕えた名だたる武具たちが、新たなる主を待ちわびておりますぞ」


 老魔道士が重々しく扉を開けると、ひんやりとした金属の匂いと、微かな油の匂いが鼻をくすぐった。


 中は、想像を絶する空間だった。


 ドーム状の高い天井から吊り下げられた巨大なシャンデリアが、無数の武具をキラキラと照らし出している。

 壁という壁には、磨き上げられた剣や巨大な斧、鋭い穂先を持つ槍がずらりと掛けられている。

 ガラスケースの中には、見るからに魔力を秘めていそうな杖や、宝石が埋め込まれた短剣なんかが厳重に保管されていた。


「おお……」


 思わず声が漏れる。

 完全に男のロマンを具現化したような場所だ。

 一つ一つの武具が、歴史と物語を秘めているのが伝わってくる。

 これはすごい。博物館も真っ青のコレクションだ。


「ふふふ。驚かれましたかな。しかし、あなた様にふさわしい武器は、このようなありふれたものではありませぬ」


 老魔道士は得意げに笑い、俺をさらに奥へと誘う。

 武器庫の中央には、ひときわ大きな台座が置かれ、その上には紫色のビロードの布が掛けられていた。

 どうやら、あそこに俺の「伝説の武器」とやらがあるらしい。


「さあ、勇者殿。心の準備はよろしいかな」


 老魔道士は芝居がかった仕草で、ゆっくりと布に手をかける。


「これこそが、300年の長きにわたり、あなた様だけを待ち続けた聖遺物。魔王カリエスを浄化し、世界に光を取り戻すための、唯一無二の希望……!」


 ごくり、と喉が鳴る。

 どんなすごい剣が出てくるんだ?

 それとも、どんな強力な杖なんだろうか。

 俺に使いこなせる自信はまったくないが、期待が高まるのは仕方ない。


「いざ、その目に焼き付けられよ! これが伝説の――『浄化の歯ブラシ』じゃ!」


 バサッ、と布が払われる。


「……歯ブラシですね、これ」


 俺の口から、我ながら冷静すぎるツッコミが飛び出した。


 いや、どう見ても歯ブラシだ。

 俺がさっきコンビニで買おうとしていたのと、ほとんど同じ形状。

 透明なプラスチックの持ち手、青と白のナイロン毛。

 うん、歯ブラシだ。間違いない。


「その通り! これこそが、伝説の『浄化の歯ブラシ』! なんと美しいフォルムじゃろう!」


 老魔道士はうっとりとした表情で、台座の上の歯ブラシを眺めている。

 いやいや、おかしいだろ。

 なんで武器庫のど真ん中に、こんな厳重に歯ブラシが保管されてるんだ。


「あの、魔道士さん。俺、魔王と戦えって言われましたよね? 歯磨きは確かに大事ですけど、これで敵を殴るんですか? それとも、毛先で突くとか?」

「何を言うか! この歯ブラシの真価は、そんな野蛮な使い方にあるのではない! 遥か300年前、この世界に迷い込んだ一人の『歯磨き職人』が、その生涯の全てをかけて作り上げ、未来の勇者のために遺したという、奇跡の逸品なのじゃ!」


 歯磨き職人て。

 そんなニッチな職業の人が迷い込んできたのか、300年前に。

 というか、その人、元の世界に帰りたかっただろうな。お気の毒に。


「まあ、その職人さんのご苦労は察しますけど。それで、どうやって戦えと?」

「それは、勇者殿であるあなた様ご自身が見つけ出すのです。この『浄化の歯ブラシ』は、選ばれし勇者にしか、その真の力を解放せぬと言われておりますゆえ」

「はあ……」


 なんだか、すごく面倒なことになってきた。

 俺は台座に近づき、その歯ブラシをまじまじと観察する。


「なるほど。毛先は丁寧にラウンド毛加工が施されている。これなら歯茎を傷つけにくい。毛の密度も悪くないし、ヘッドの大きさも標準的。ネックに適度なしなりがあるのも、ブラッシング圧をコントロールする上で評価できるポイントだ。……うん、わりと良い毛質ですね」

「おお! さすがは勇者殿! 一目見ただけで、この歯ブラシの持つポテンシャルを見抜かれるとは!」


 いや、歯科的観点でコメントしただけなんだが。

 

「きっとあなた様にしか使えぬはず! さあ、手に取ってみてくだされ!」

「いや、誰でも使えますよ、これ。歯を磨くために」


 俺のツッコミも虚しく、老魔道士は有無を言わさぬ勢いで歯ブラシを俺の手に押し付けてきた。

 仕方なく、それを受け取る。

 プラスチックのひんやりとした感触が手のひらに伝わる。


 その瞬間。


 チカッ。


 歯ブラシが、一瞬だけ淡い光を放ったような気がした。

 手のひらが、ほんのりと温かくなる。

 だが、それも一瞬のこと。

 すぐに元の、ただの歯ブラシに戻ってしまった。


「……気のせいか」

「どうなされましたかな?」

「いえ、なんでも。で、本当にこれで戦え、と?」


 俺が改めて疑問を口にすると、老魔道士は「ふむ」と顎髭を撫で、意味深に微笑んだ。


「その答えは、あるいはすぐに見つかるやもしれませぬな。……勇者殿、あなた様の旅を助ける、頼もしき仲間を紹介しましょう」

「仲間?」

「うむ。我が王国が誇る、最優秀の若き女騎士じゃ。あなた様の護衛役として、王が直々に任命されました」


 護衛? 俺が勇者で、魔王を倒すんじゃなかったのか? なんで俺が守られる側になってるんだ。


「明朝、城門にて待っておるはずです。彼女に会えば、この歯ブラシの真の力もわかるかもしれん……。ワシには、そんな予感がするのですよ」


 老魔道士は、それだけ言うと「ささ、今宵はゆっくりお休みくだされ」と俺を客室へと案内し始めた。


 若き女騎士。歯ブラシの真の力。


 頭の中は疑問符でいっぱいだ。

 コンビニで床に頭を打って、まだ夢でも見ているんじゃないだろうか。


「まあ、いいか……」


 俺は手に握らされた「浄化の歯ブラシ」を眺め、ため息をついた。

 

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