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常識  作者: Noa.
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第4章 実像

西村の死を伝えてくれたのは、正田だった


放課後、正田に呼び出された俺は、校舎の屋上で二人佇んでいた


夕暮れの空が赤く染まり、その光が屋上のフェンスに影を落としている


風は冷たく、時折強まっては彼女の短く綺麗に整えられた髪を乱暴に揺らす


遠くには街の灯りが点り始め、日常の風景が広がっているというのに、なぜかこの場所だけが現実から切り離されたように感じられた


西村の死を告げた彼女の目には、涙が浮かんでいる


全く理解できなかった


彼女の両親や鴨田ならともかく、なぜイジメを受けていた正田がここまで悲しんでいるのか


これで彼女はもう金輪際、西村にこき使われることはないというのに


「説明してください!どうして...どうして西村さんを...」


彼女は声を張り上げた


申し訳なさそうにボソボソ話す昨日までとはまるで違う


別人と話しているようにさえ感じられる


「どうして、というのは?俺が西村を殺したと言いたいのか?」


「そうとしか考えられません!あなたが清掃をさせた後から、西村さんも、鴨田さんもおかしくなった...あなたは...」


彼女はそこで言い淀むと、俯き大粒の涙を流した


その涙が一粒一粒夕日に照らされ、キラキラと輝いて見えた


俺は何も言葉を発さずにいた


彼女の泣き顔を、ただ見つめている


すると、彼女は絞り出したような声で言った


「自首...してください。お願いします...」


「どうして俺がそんな事をする必要がある?昨日も言ったが...」


「しらばっくれても無駄です。多分私は...もう全部分かっています」


「...」


「私...化学が好きなんです。一番の...得意科目なんです」


そう言うと、彼女は自らの推理を語り始めた


「西村さんの死因は...彼女が生まれつき持っていた重度の化学物質アレルギーによるアナフィラキシーショックです。おそらくあなたは、清掃用だと言って特定の化学物質が発生する洗剤を使わせた。そしてそれを多量に吸引した西村さんは、アレルギー反応を起こして...」


すると正田は鞄から小さなノートを取り出した


夕暮れの光の中、彼女の表情は冷静さを取り戻していた


「その化学物質は...塩素ガスですね?」


「...なぜそう言い切れるんだ?」


「一昨日...放課後あなたにお礼を言いに行った時、あなたの体から、微かにツンとしたような刺激臭がしました。プールみたいな匂いです。あれは、塩素ガスの匂いだった。私...鼻が効くんです」


俺の顔を一点に見つめた後、彼女は続けた


「おそらくあなたは、二人の一方には酸性の強いカビ取りクレンザー、もう一方には次亜塩素酸ナトリウムを含むブリーチ液を渡した。これら二つが混ざると何が起こるか...いわゆる『混ぜるな危険』というやつです。化学が得意な人なら誰でも知っています」


俺は黙ったまま、ただ彼女を見つめた


「塩素ガスが発生するんです。どこか換気の悪く、ある程度狭い場所で、二人に別々の洗剤を使わせれば、必然的に混ざる。そして徐々に塩素ガスが充満していく...西村さんのような重度のアレルギー持ちなら、その程度でもショックを起こす可能性は十分にある。そして...彼女たちに清掃をさせ帰らせた後、あなたはガスを処理するために現場を換気をする必要があった。その時についた匂いが残っていたんだと思います」


俺は目を瞑って俯いた


強い風が止んだのを感じ、口を開く


「確かにそれなら不可能ではないかも知れない。でもそれだけで...」


「まだ話は終わってません」


正田が遮るように言い放った


「あなたは昨日、西村さんたちにトイレ清掃をさせたと言いました。具体的には、どこのトイレですか?」


「...」


「答えられませんか?当然です、嘘なんですから」


「...何を根拠に?」


「この学校では、生徒が校内全てのトイレに清掃当番として割り当てられています。あなたなら当然知っているはずです。その日も、すべてのトイレは当番の生徒たちによって既に清掃済みでした」


夕日が建物の影に隠れ始め、屋上に薄暗さが広がっていく


「もし本当にあなたが、放課後彼女たちにトイレ清掃をさせたなら、他の清掃当番の生徒たちが目撃しているはず。でも...誰も見ていない。私、その日の掃除当番の生徒たちに全て聞いて回りました」


俺は彼女の顔をもう一度見つめた


まさかここまで本気だったとは思いもしなかった


やはり理解できない


自分をイジメていた人間の死の真相を解明するために、なぜそこまでできる?


ひょっとして...彼女は...


「まだあります。私はあなたが塩素ガスで生徒を痛めつけたのが、今回が初めてだとは思えなかった。だから各担任の先生に聞いて回りました。ここ最近、妙に大人しくなったり、元気がなくなった生徒はいないかって...」


「...それで?」


「いました、かなりの数が...。体調不良で休んだ生徒も...でも亡くなるケースにまでなったのは、今回が初めてだった。そうですね?」


俺は何も言わないでいると、彼女が続けた


「あなたに清掃をさせられた生徒にも話を聞きました。でも...何も答えてくれませんでした。よほどあなたに口止めされたんでしょうか...? 清掃の事をバラせば進学に響くなどと言って...。私を助けに入って、西村さんたちに注意する時も言ってましたよね?指導を無視すれば進学に響くって。ウチはそこそこの進学校ですから、それなりの効果はあるでしょう。仮にバラされても、生徒たちが『混ぜるな危険』の忠告を無視したとでも説明すれば大事にはならない...そう踏んでたんですね?」


気付けば夕日は完全に沈み、辺りはすっかり暗くなっていた


「あと...担任の沖本先生からも指導を行うよう任されたって言ってましたけど、きっとそれも嘘...」


「もういい」


俺は彼女の話を遮った


「もういい...とは...?罪を...認めてくれるんですか...?」


「罪?俺が一体、何の罪を犯したと言うんだ」


俺を見つめる正田の目が見開いたのが分かった


「この期に及んで...何を...?あなたは、西村さんを殺し、多くの生徒を痛めつけてきたんですよ?絶対に許される事じゃない!」


彼女の言葉は、俺に響かない


体に当たる夜風が肌寒かった


夏が近いと言えど、夜はまだ少し冷える


俺は夜空を見上げ、大きく深呼吸をした


そして、ゆっくりと、しっかりと言葉を紡いだ


「正田さん、俺がこれまで指導してきたのは、全て『非常識』な生徒たちだ。いいか、この世の人間は2種類に綺麗に分かれている。1つは善良で『常識』のある人間。そしてもう1つはその善良な人間の優しさに漬け込み全て収奪しようとする『非常識』な人間のクズ共だ。自分の利益のためなら人を平気で傷つける!こういう連中は浄化されなければならない。いや...浄化されるべき運命なのさ」


彼女の見開いた目が、少しずつ怯えたものに変わっていく


「俺は、高校生の時イジメに遭ってた。一昨日までの君と同じようにね。理不尽に殴られ、蹴られ、金を毟り取られた。周囲はそれを知っていたが、誰も助けてくれない。地獄だった。俺は一生コイツらにこき使われるのだと本気で思ってた。君だってそうだったろ?もう諦めてたんだ、全てを。でも違った...天罰が下ったんだよ。ある日、俺をイジメていた主犯格は死んだ。西村と同じ、アナフィラキシーショックでね。化学の実験中の事故だった。その主犯格の取り巻きも、それ以来めっきり大人しくなったよ。その時俺は悟った。『非常識』な人間は皆、浄化される。人は正しい『常識』を持って生きていかねばならないってね。だから俺は決めたんだ。指導者になってこの世から『非常識』を抹殺しようと。現に俺はこうして立派な指導者になり、数多もの『非常識』を消してきた。この学校の秩序は、俺の浄化によって守られてるんだよ!」


「指導...者?」


「そうだ。俺が()()()()()()()()として、『非常識』な生徒たちの浄化を...」


「あなたは指導者じゃない!」


彼女は突き刺すように声を張り上げた


「あなたは...この学校のただの清掃員なんですよ!?そんな勝手な理由で生徒を指導する権利なんか、あなたにはありません!」

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