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常識  作者: Noa.
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第2章 反芻

次の日も俺は千賀郷高校へ出勤し、日中の仕事を淡々とこなした


授業の合間を縫って2年3組へ赴き、高田と岡本の様子を見に行く


昨日とは打って変わり、大きな声で騒ぐ素振りはなく、ずいぶん大人しくなっている


昨日の清掃が相当こたえたのだろう


俺は1つ達成感を覚えながらも、この後の事について思いを巡らせた


今日は残りの女子生徒二人、西村理沙と鴨田真由美を指導せねばならない


彼女たちが2年1組の生徒であることは分かっている


昨日と同様、放課後になるのを待って教室に出向き、地下教室の清掃をさせようと思っていた


ところが、事態は思わぬ展開を迎えた


いつも校内の食堂で昼食を済ます事にしている俺は、その日の昼休みもそこへ向かっていた


しかしその道中、偶然廊下で耳にした会話が俺の足を止めた


「だからさぁ、さっさとよこしなって言ってんの」


「アンタ、またこないだみたいな事されたいの?」


気になって声のする方を覗き、俺はその状況に舌を巻く


そこにいたのは指導予定の西村と鴨田、そして下を向いて俯く、大人しそうな女子生徒だった


彼女らが何をしているのかは瞬時に理解できた


イジメである


「ほら!さっさと1000円出しなさいよ。アンタのせいで私たちが餓死しちゃったらどうすんの?責任取れんの?」


「で、でも...一昨日も1000円渡したし、もうお金が...」


「金ないなら親の財布から取ってこいってこないだ言ったよね?」


「そ、そんな事できるわけ...」


イジメを受けている女子生徒が言い終わる間もなく、西村が彼女を蹴り上げた


「いったっ...」


女子生徒が床に倒れ込む


「あーあ、金ないなら売店で万引きしてきなよ」


西村が意地悪く笑う


「ねぇ、まゆ、こいつのメガネ取り上げちゃおうよ」


「え?あ、うん。いいね」


一瞬躊躇うような様子を見せながらも、鴨田が女子生徒の顔に手を伸ばす


「や、やめて...もうやめてよ!」


「うるさい!」


西村が女子生徒の髪を掴み、壁に押し付ける


「返して欲しかったら、万引きしてきなさいよ」


「そ、そんな...」


「無理って言うなら、今すぐメガネ叩き割るよ?どうする?」


女子生徒の顔がみるみる青ざめる


二人は心底楽しそうに笑い、女子生徒はただ俯いて耐えている


俺の中で、「怒り」が臨界点を超えようとしていた


あれ以来、一度も自分の「常識」を疑ったことはない


まるで時間が止まったかのように、俺の脳裏に高校時代の光景が蘇った


=====


「もーりもーとく〜ん!守本真人く〜ん!おっは〜待ってたよ〜」


一人のクラスメイトが、俺が登校するのを見つけるや否や、薄汚い笑みを浮かべながら近付いてくる


谷口俊輔、イジメの主犯格だ


そして、間髪を入れず蹴りを入れた


俺は地面にうずくまるしかない


周囲にゾロゾロとコイツの仲間が集まってくる


「お前さ、昨日俺より早く登校してミルクティー買っとけって言ったよな?」


脅しに返事せずにいると、谷口は容赦なく追加の蹴りを入れる


「無視してじゃねぇよカスが!」


それに乗じて仲間も一斉に俺の身体を蹴った


この時の俺には、もうミルクティーの1本も買う余裕はなかった


もうコイツらに何万円取られたか分からない


何度も親の財布から金も取ったし、万引きもさせられた


そうこうしている内に、校内のチャイムが鳴り響いた


「チッ、また昼休みに遊ぼうぜ。処刑はそん時だ」


奴らがゾロゾロと去っていく


俺はヨロヨロと立ち上がり、ゆっくり教室へ向かった


明らかにボロボロの俺が教室に入り、席についても、誰も何も言おうとはしなかった


周囲のクラスメイトはもちろん、教師たちでさえもそれを無視した


きっと俺がひどいイジメに遭っている事など、誰もが勘付いていたはずだ


それでも、何もしない


何も言わない


谷口は生徒からも、教師からも恐れられているように見えた


彼には誰も逆らえない


今思えば、クラスは平和だったのだ


俺という一人の生贄を、谷口という悪魔に捧げることによって


こんな状況が卒業までずっと、いや、一生続くのではないかと本気で思っていた


しかし、現実はそうではなかった


「非常識」な人間に、突如として天罰が下ったのだ


その日の4時間目、化学の実験講義


これが終われば昼休みだ


どんな仕打ちが待ってるのかと震えながら、俺は窓際の席で、一人で実験道具を準備していた


皆、誰も俺とグループになりたがらない


「えぇ今日の実験は、硫黄と金属の反応について観察します」


化学教師の村田先生が説明する


「実験手順をしっかり守れよ。絶対に指示以外の混合は行わないこと!」


しかし実験が始まって間もなく、俺の背後から不穏な気配を感じた


「守本く〜ん、せっかくだから特別な実験しようぜ」


振り返ると谷口が不気味な笑みを浮かべていた


その手には、実験室の裏の薬品庫から持ち出したらしい茶色の液体が入った試験管があった


「こ、これ何...」


「おもしれぇもんだよ。教室の裏からパクってきたんだ」


「...」


「ビビってんのか?お前みたいな根暗は科学者にでもなりたいんだろ?少しくらい冒険しろよ」


すると谷口は、その液体を俺の実験台の硫黄に向かって注ぎ込んだ


その瞬間だった


激しい音と閃光


予想外の化学反応が起きたのだ


爆発...とまではいかないが、強烈な発熱反応と有毒ガスの発生


「うっ...何だよこれ...」


谷口が真っ先に吸い込んでしまったらしく、顔を覆って後ずさる


すると顔が赤く腫れ上がり始めた


吸い込んだガスのせいか、咳き込み、喉を押さえる


「ぐっ....が....苦しい...息が...」


「おいそこ!何やってる!」


村田先生が叫ぶ


「救急車を呼んで!窓を開けて換気しろ!」


教室が騒然となる


俺はただ呆然と立ち尽くしていた


教室から避難させられる生徒たち


担架で運び出される谷口


その日の夕方、谷口がアナフィラキシーショックで亡くなったという知らせが学校に入った


彼が持っていた重度の化学物質アレルギーが、あの有毒ガスによって引き起こされたという


教室は悲しみに包まれていた


しかし、それはうわべだけのものだったと思う


いや、正確にはどうかわからないが、少なくとも俺はそう感じた


心の奥では、誰もが谷口を忌み嫌っていたのかも知れない


そう思えてならなかった


現にそれ以来、主犯格を失ったイジメのグループは、見違えるほど大人しくなった


俺に理不尽を吹っかけてくる事もなくなった


「非常識」な人間は皆、浄化される


人は正しい「常識」を持って生きていかねばならない


この時、俺はそう確信した


ハリボテの悲しみに包まれる教室の中で、俺は一人、静かに笑っていた


=====


「お前ら!いい加減にしないか!」


俺は我を忘れて彼女たちに凄んだ


西村は一瞬見られたと言わんばかりの表情を浮かべながらも、すぐにシラを切ってきた


「え〜何ですかぁ?私たち、ただ遊んでるだけですよぉ」


「誤魔化そうとしても無駄だ。君らがイジメているのをこの目でハッキリ見た。それに昨日、朝の電車で騒いでいたとの報告が入っている。俺もその現場を目撃した。君らは『常識』というものをまるで理解していないようだな」


一息で言い終わると、俺は倒れこんでいる女子生徒に目をやった


汚れた制服


今にも泣き出しそうな表情


しかし、イジメている彼女たちに敵意や反抗心を向けているようには見えない


諦めているのだ


もう何をしてもこの状況には抗えないと


自分は一生この人たちに虐げられ続けるのだと


女子生徒と過去の自分が重なる


一呼吸置いた後、俺は続けた


「放課後、職員室前に来なさい。君らには反省の意味を込めて特別指導を受けてもらう」


「はぁ?そんなのいく訳ないじゃん!大体何で...」


「昨日の電車の件で、2年1組担任の沖本先生からも指導を行うよう任されている。約束通り来てしっかり心を入れ替えれば、イジメの件を今回だけは見逃してやる。下手な抵抗はしない方が今後の為だぞ。進学にも響くだろう」


俺がそう言い切ると、彼女らは流石にバツが悪くなったのか、顔を合わせてその場を後にした


すると倒れていた女子生徒も勢い良く立ち上がり、俺に一瞥もなく走り去ってしまった


放課後、職員室前には西村と鴨田の姿があった


約束を守ったことを少し意外に思いつつ、余程イジメをチクられたくないのだなと思った


人を平気で傷付ける癖に、自らの保身となると必死になる


イジメの加害者というのは、いつの時代もクズばかりだ


俺は今にも怒鳴りつけたい気持ちを懸命に抑えつつ、例の地下教室に彼女らを案内した


「あの...これって本当に沖本先生の指示なんですか?」


階段を降りる間、西村がしきりに弁解を始めた


「私たち、本当に悪くないんですよ。元はと言えばあの子が...」


「黙りなさい」


俺は冷たく言い放った


「ここ、どこですか?授業でも来たことないし」


鴨田が不安げに尋ねる


「かつての教室だ。今は使われていないから、しばらく掃除していない」


そう言いながら俺は扉を開け、清掃用具を渡す


「床に汚れが多くあるだろ?この洗剤を蒔いて、モップをかけるんだ。床一面をやり終えたら帰っていい。途中で投げ出したり、適当にやればイジメの件を報告する。いいな?」


彼女たちは渋々用具を受け取りながらも、相変わらずブツブツ文句を垂れている


「マジ最悪...汚すぎでしょ...」


「使ってない場所を何で掃除するわけ?」


俺はそれを無視し、後ろ手に扉をしっかり閉めた


向かいの壁にもたれかかり、中の様子を小さな窓から見る


今回は、前回よりも時間はかからない


少し目を閉じると、谷口の顔が脳裏に浮かんだ


フーッと長い息を吐いた


「非常識」な者には、「常識」を教えなければならない


それが俺の使命だ


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