1-5 そもそも「美味しいお茶」を淹れるのは難しい
そして私たちは道具屋に到着した。
思ったよりも時間がかかったため、すでに周囲は暗くなっている。
「ただいま、ルチナ」
「おかえり、お姉ちゃん!」
いつものようにルチナは私に向かってタックルするように抱き着いてくる。
これは『甘えさせて!』のサインだ。私がルチナの頭をよしよしと撫でると、嬉しそうに顔を緩ませる。
私は、このひと時が何よりも好きだ。
店内を見回すと、もう閉店時間ということもありお客さんはいない。
ただ、アデルはまだ帰ってきていないようだ。
「うん、ただいま、ルチナ! 遅くなってごめんね?」
「それで、泥棒さんは捕まえてくれた?」
「あ……その件なんだけどね?」
そういうと、私はベルトラン隊長を紹介した。
彼を見ると、ルチナは少し不思議な表情をしながら尋ねる。
「あ、は、はじめまして……だっけ?」
「いや、君が小さい時に一度だけ顔を合わせているよ、ルチナさん」
彼は幼い少女相手を「さん」づけで呼ぶところが、少し驚いた。
この世界ではまだ『子どもを一人の人間として扱う』という意識が低いからだ。
「そ、そうだったっけ……?」
「ああ。アデルとはちょくちょく顔を合わせていたんだが、君とは会う機会がなかったからな。最後に会ったのは君が幼い時だったから、記憶も曖昧か」
なるほど、彼はアデルと友人だったのか。
ルチナは嘘をつけない子だ。恐らく彼の言っていることは事実なのだろう。
そう思うと私は少しだけ彼に対する警戒心を緩め、ベルトラン隊長に笑いかける。
「とりあえず、お茶を用意しますので、リビングで待っていてください」
「ああ、ありがとう。私も手伝おうか?」
そう、にこやかに笑う彼の姿を見て、私は少し赤面した。
……本当にカッコいいな、彼は。
「あ、いいんです! その、これはお礼なので……ルチナも、折角だから一緒にお茶飲まない?」
「いいの!? ありがと、お姉ちゃん! ……じゃ、ベルトランさん! こっちにおいで!」
そういいながらルチナはベルトラン隊長の手を引きながらずんずんと奥に進んでいく。
まったく、あの子は本当に物おじしない子だ。そう思いながらも私は店先に置いていた茶葉を手に取り、必要分の代金を籠に入れた後拝借した。
「はいどうぞ、ベルトラン隊長」
私はいつもより気を遣って紅茶を淹れ、それをベルトラン隊長に差し出した。
「ありがとう……ああ、美味しいな、サラ殿はお茶を淹れるのがうまいんだな」
「……まあ、慣れてましたので……」
まったく、元の世界で勤めていた会社で、さんざんやらされた『お茶くみ』がこんなところ役に立つなんて皮肉な話だ。
「…………」
「どうしました、ベルトラン隊長?」
ベルトラン隊長は、私のほうを少しちらりと見た後、すぐに目をそらした。
心なしか顔が紅潮している。
「そ、その……私のことはベルトランで構わない」
「分かった! それじゃ宜しくね、ベルトラン! あたしも呼び捨てでいいからね!」
「え? ああ……ははは、ありがとう、ルチナ」
横からルチナは嬉しそうに叫ぶ。
……多分今のはあなたに言ったんじゃないと思うけどね、と思いながらも私とベルトランは思わず顔を合わせて笑った。
そして私は、公園での顛末を解説した。
その話を聞いて、まるで騎士物語を聞いたような表情でルチナは驚きの顔を見せる。
「へえ……そんなことがあったんだ? ベルトランって、強いんだ!? 意外~! 見た感じひょろいのに?」
ルチナは話を聞いて、無邪気にそんな風に答える。
彼女は自覚こそないが、自分の兄であるアデルのような、たくましいタイプの男性を好む傾向がある。そのため、一見華奢なベルトランは好みではないようだ。
「アハハ、まあ実際、私は軍ではそんなに強くはないからな。アデルとは力比べではいつも勝てなかったよ」
「お兄ちゃん、力だけは強いからね。頭は悪いし、ガサツだし、口は悪いけど……」
口ではそういうが、一種の照れ隠しなのはすぐわかる。
実際、ルチナはどこか嬉しそうに答えており、ベルトラン隊長も同じように思ったようだ。
「そういえばアデルは今日はいないのかな?」
「そういえば……。お兄ちゃんいつ帰ってくるかなあ……」
そんな風に話をしていると、表のドアがギイ……と開く音がした。
「あ、帰ってきた! おかえり、お兄ちゃん!」
そういうなり、ルチナはドアの前にすっ飛んでいったと思うと、ドス……と、彼の胸に飛び込む音が聞こえた。
……まったく、憎まれ口を叩いていたけど本当はブラコンなことが分かりやすい。
「お兄ちゃん、お客さん来ているよ?」
「お客さん? ……あ! ベルトランじゃねえか!」
そう叫ぶなり、アデルは彼の後ろに周り、腕を回して顔を見合わせる。
「久しぶりじゃんか! 仕事のほうはどうだよ!」
「ははは、軍内の改革が激しくてな。まったく私も翻弄されっぱなしだよ」
「だよなあ! だってお前はさ……」
そこでベルトランは何か目くばせをするような表情を見せてきた。
それを見てアデルは一瞬慌てたような表情を見せたが、すぐにいつもの明るい表情に戻った。
「……あ、いや。それにしてもさ。隊長なんかやってると大変なんだな」
「そうだな。お前と一緒にバカやってた時が懐かしいよ」
「だよなあ……そこの裏口でよく騎士団ごっこやったよな?」
「そうそう。それでお前の母さんに怒られたな?」
「『ケガするような遊びするんじゃない!』ってな! けど、楽しかったな」
そんな風に思い出話に花を咲かせる二人。
タイプが違うイケメンの二人が、昔からの悪友のような距離感で肩を組んで話す姿は、まるで映画のワンシーンのようだった。
「へえ……お兄ちゃん、あんな王子様みたいな人と知り合いだったなんてね。ちょっと驚いたなあ……」
ルチナはその様子を見て、少しつまらなそうな表情を見せていた。
まあ、今日の謝肉祭では色々あったから、その話をアデルにしたかったのだろう。
そう思いながら、私の膝の上に子猫のように乗ってきたルチナを抱えながら思う。
それでしばらく話をした後、アデルは尋ねてきた。
「それでさ、今日はお前、サラに用があったんだろ?」
あれ、そういえば私、ベルトランが元々私の店に来るために来ていたことって話したっけ?
そう少し疑問に思ったが、ベルトランは『そうだった』と言ってこちらに向き直る。
「すまない、サラ殿」
やっぱり、ベルトランは顔もいいし、どこか気品がある。
そんな彼が私に照れてくれたのは、正直嬉しかった。
「それで早速なんだけど……あなたに頼みがあるんだ」
「頼み?」
そういうとベルトランの目つきが真剣なものになった。
なるほど、仕事の話なのだろう。
「実はあなたに、今度行われる兵装の改修をやってほしいんだ」
「改修?」
私が尋ねると横からアデルがなるほど、とうなづいた。
「ああ、あれのことか……。今度兵士の鎧を一新するって話だろ? 店に来ていた兵たちが話してたぜ?」
そういわれて、ベルトランもうなづく。
「そうだ。終戦によって余裕が出来たからな。今のうちに兵士のために鎧を揃えないとならないからな。……そこでルチナ、あなたの力を借りたいんだ」
はあ?
と、思わず私は思った。
私は元の世界でもマーケティングの勉強はしていたが、はっきり言ってデザインの仕事は門外漢だ。
それが兵士の鎧であれば猶更だ。
(……ゲームの知識でも使えればいいんだけどなあ……)
そう私は思ったが、残念ながらこの世界は『ゲームの世界』ではないためいわゆる『ゲーム知識』がこの世界で役に立ったことはない。
この世界で役に立ったのは、元の世界で学んだ『マーケティングスキル』のほうだった。
「けど、私なんて……ただの道具屋の店員ですよ?」
「そんなことはない。……私は、あなたの道具屋を繁盛させた手腕を買っている。ちょっと来てほしい」
「きゃあ!」
そういうと、王子はやにわに立ち上がり、私の手を取ると店先に引っ張っていった。