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1-4 盗賊を改心させるのは暴力ではないはずだ

「見つけた……!」



しばらく走っていると、私は先ほど商品を盗んだ盗賊を見つけた。

どうやら、先ほどのお客さんの言った通り公園に向かっているようだ。



(そうか、公園の北は大通り……逃げ込まれたら、もう捕まえられない……!)



今日は謝肉祭ということもあり、人がいつもの何倍もごった返している。

ましてや、祭りも終了間際で、街道に向かう道でもある北の通りに入られたら、もう見つけることは出来ないだろう。



(くそ……ハンデがあるのに、なんて速さなの……!)



少年が盗み出した保存食は、乾燥しているとは言えど十分なカロリーが取れるようにずっしりと重い牛肉入りのビスケット(いわゆる軍用ビスケットなので、現代日本で食べられるものとは異なる)だ。



それを山ほど抱えているにも関わらず、少年との距離は一向に縮まらなかった。



(はあ……はあ……もう、間に合わない……?)



そう私が思っていると、その少年の前に一人のすらっとした軍服の男が現れた。

見たところ帝国の兵士で、身なりから察するに下士官階級だろう。



「くそ、どけよ!」



遠くからそんな少年の声が聞こえたが、


(え……)


その少年が放ったパンチに合わせる形で男は懐に飛び込むと、その少年の重心が乗っていないほうの足を思いっきり払う。



「うわ!」


そのまま態勢を崩した少年をふわり、と宙に舞わせる。

……だが、



「……え?」


少年は音もなく地面に落とされた。

よほど上手に決めたのだろう、ケガ一つないどころか、服がほつれた様子すらない。



(あの技……確か、テイラーが得意としていた技……そりゃそうか……)



その技を見て、私は思わず元婚約者の姿を思い出した。



よくよく考えたら、あいつは武官でしかも将軍だった。

少なくとも『戦うこと』その一点に関してだけは天性の素質があったし、教えるのも上手だったと評判だった。


帝国の下士官がその技を使っても何ら不思議なことではない。



(はあ……嫌な奴のこと、思い出しちゃったわね……しかも、間接的にとはいえ、あんな浮気野郎に助けられるなんてね……)



そう複雑な気持ちになりながらも、私はその男に近づく。



「あの……」


その男はどうやら、少年と二言三言話をしているようだった。

最初は明らかに敵意を持っていたその目だったが、次第にその表情は穏やかになり、最後には泣き崩れた。


そして男は、私に対して銀貨を何枚か取り出してこういう。



「すまない、あの少年はどうやら喰い詰めて盗みに手を染めたようだ。……代金は私がは払うから、どうか許してほしい」

「…………」



私はその男の顔を見て、思わず言葉を失った。

……いや、それは私だけではなく、周囲にいた女性たちも同様だったが。




先ほどまでは兜で顔を隠していたから気づかなかったが、少年を投げ飛ばした時に兜が落ちたのだろう、その素顔が今あらわになった。




……その男の姿は、まるでおとぎ話に出てくる勇者のような秀麗な容姿をしていたのだ。



「彼の非礼は私の方からも詫びさせてくれ。……すまなかった」

「……あ、はい……」



その男は、私の前で深々と頭を下げたのを見てようやく私は正気に戻った。



「そ、そうですね……。私も、代金をいただけるなら……それと、もう盗みなんてしないなら別に、いいですけど……」

「ありがとう、サラ殿。……だそうだ。もう、悪さはしないようにな。それと、明日待っているぞ?」


そういうと、その男は少年の方を見て、にこりと笑う。

その姿は、ある種のカリスマを感じさせるものだ。心を持たない吸血鬼であっても、恐らくは動揺させるほどの。



「はい……ありがとうございました……絶対に、明日来ますから……!」



そういうと、少年は去っていった。




「あの……ありがとうございました、泥棒を捕まえてくれて……」

「いや、私は捕まえていないよ。……彼の代金を払っただけだからな。それより……私のほうこそ、彼を許してくれてありがとう」

「え?」

「彼は10日も水しか飲んでいないそうだ。……人間は……腹が減ると、誰しもああなるからな」



そういわれて、私は思わず押し黙った。

少なくとも、私はこの年になるまで本当の『飢え』や『渇き』を経験したことがなかった。


……だが、この世界にはあんな子……いや、大人もか……が普通にいるのだろう、そう思ったためだ。



「それと……あなたは確かサラ殿で間違っていないか?」

「え?」


そういえば、さっきも私の名前を普通に呼んでいた。

私は名乗っていないはずなのに、なんで知っているのだろう? そう思っていると、彼は申し訳なさそうな表情をした。



「……おっと、すまない。私の方から名乗るべきだったな」


そういうと、彼はすっくと立ちあがり、改めて私に向き直った。




「私の名前はベルトラン。王国の……小隊長として働いている身だ。……あなたの評判を聞いて、道具屋に行く途中だったんだ」




「私の……?」



私はそんなに有名人だったのだろうか?

……いや、まあ将軍テイラーの元婚約者という意味では知る人がいてもおかしくはないのだろう。



「あ、なに、あの人……?」

「うわ、すご……なんか、かっこよすぎない?」

「凄かったのよ! さっきの投げ技! 音もなく、ケガもなく男の子を空に飛ばしたのよ!」



だが、周囲がそんな風にざわつきだしたのを見て、居心地が悪くなってきた気がする。

それに、彼に盗賊を捕えてくれたお礼もしないといけない。


そう思いながら、私は思わず呟いた。



「そ、そうだ! それなら私の店に来てください! お茶くらい出しますから!」

「いいのか? ……すまないな、それなら案内してもらおうかな」



私はそう言いながら、気恥ずかしさと照れくささで顔を真っ赤にしながら、彼と一緒に道具屋に向かった。

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